第620話、アグアマリナ


 氷獄洞窟の主、人工コアのアグアマリナによると、彼女は、テラ・フィデリティア――つまり古代機械文明時代に作られたらしい。


 とは言っても、戦中に活動したことはなく、現在に至るまで休眠状態にあったらしい。

 彼女の存在理由は、『人類に害なす存在』が現れた際の攻撃、排除である。その時が来るまで地下深くに、その身を隠していた。


 だが、そのスリープモードから彼女は目覚めた。存在理由、すなわち、アンバンサーの出現である。 


 古代機械文明時代に、この世界は異星人の侵略を受け、それと戦ったテラ・フィデリティア。この辺りは、うちのディアマンテから聞いている。


 さて、先の文明人によって設置されたアグアマリナだが、休眠状態とはいえ、まったく活動していなかったわけではなかった。補助であるコピーコアによる拠点である洞窟の維持とその兵力の整備、そして偵察活動。


 テラ・フィデリティアの敵であるアンバンサーの出現を感知したアグアマリナは、与えられたプロトコルに従い、本格起動。ただちに戦闘状態に移行した。

 それが今回の氷のゴーレム――GG-50型改の集団を二度に渡り出撃させたことに繋がる。


「アンバンサーは冷気に弱いのか……?」

「あれだけの冷気なら、アンバンサーとか関係なく凍るだろ」


 ベルさんが適当な調子で突っ込んだ。


「ま、その第一陣は、俺が潰してしまったが」

「文字通り、ぺしゃんこだったな」


 俺たちが邪魔をしなければ、戦闘ゴーレム集団はアンバンサー地上軍と交戦し、これを殲滅せんめつするはずだった。


「それにしても、アグアマリナは番人だったんだな……」


 俺は思わずにいられない。


「文明が滅びた後も、次に生まれる文明のために遺された兵器」

「ディアマンテの時もそうだけど、案外残ってるもんだなぁ」


 ベルさんは感慨深げに頷いた。

 人は滅んでも、彼らの意志を継いだ兵器たちは、新たな人類のために戦う。機械文明人の後継者たちのために。プログラムなのに、健気に感じてしまうのは、おそらく味方だったからだろうな。

 ベルさんが、この世界の住人であるユナやサキリスを見た。俺も、リーレも、橿原かしはらも同様に。


「こういうのを、ロマンと言うんですかね?」


 橿原の言葉に、リーレは自身の頬をかいた。


「どうだろな。ただ、なんか凄いことなんじゃないかって、気にはなるよな」

「確かに」


 ヴィスタがすっと天井を見上げ目を伏せた。そんなしんみりムードに、ユナはいつもの淡々とした調子で水を差す。


「なにやら感傷に浸っているようですが、いまはそのアンバンサーをどうにかするのが先では?」


 ごもっとも。それではお仕事に戻りましょうかね。

 アグアマリナは俺の制御下にある。その能力、戦力はこちらの思うがままだ。同時に、アンバンサーの行動も把握している。


「今回のアンバンサーは機械文明時代の生き残りのようだ」


 観測によると、旧キャスリング領に落下した隕石が、その生き残りたちを再び活動させたらしい。

 今ではクレーターとなっている隕石落下地点のさらに地下にて、アンバンサーの拠点が観測された。例の隕石にひっついてきたとかそういうわけではないようだ。


 おそらくコールドスリープか、それに類する技術で、現代まで生き延びたと思われる。


「コールドスリープ?」

「冷凍睡眠。生き物を仮死状態にして、老化を防ぐんだよ」


 SFではよく出てくるよな。ワープとか空間跳躍技術がない世界で、惑星間を航行しようって船や、あるいは世界滅亡の際に、未来に種を残すとか何とかで。


「そんな技術が……!?」


 ユナが目を見開く。リーレが自身を抱きしめる仕草をとった。


「それって寒くねえのか?」


 思わずニヤリとする俺。ベルさんが鼻を鳴らした。


「ふん、そのまま氷漬けで眠ってればよかったのによ」

「まったくだ」


 大丈夫ですか、と橿原の声。眼鏡の女子高生は、メイド衣装のサキリスを心配げに見ていた。


「……大丈夫です」


 そう答える割には深刻そうな顔をしているぞ。大方、自分の家の下に、古代文明時代のバケモノが眠っていたことを気にしているんだろう。お前には何の責任もないぞ、サキリス。


「敵は、クレーターのさらに深いところに本拠地がある。現状、この周辺にいる連中以外にアンバンサーはいない」

「つまり、こいつらを全滅させれば、それで解決ってことだな」


 ベルさんが腕を組む。俺は頷いた。


「そういうこと。これが今のところ、最大のいい話」

「悪い話があるのか?」

「例のツギハギ兵だ」


 顔をしかめる。


「テラ・フィデリティアの保持するアンバンサー情報によると、連中は薬物と改造によって、人間を洗脳して兵士として使う。薬物は、アンバンサー施設で比較的簡単に量産が可能な代物だ。連中が人間狩りをすれば、その手駒がどんどん増えていく」


 パンデミックとまでは言わないが、アンバンサーに対抗できずにその侵攻を許せば、敵の数が増える。現地で人間を調達して改造していけばいいわけだから。


「フレッサー領、トレーム領、そしてここクレニエール領の人間も、少なからず、奴らに改造されて兵士となっている」


 攻勢に出て他領へ侵略することになれば、その被害は拡大する。奴らは死体からでも改造兵士を作っているかもしれないしな。


「早急にアンバンサーを全滅させないと、王国どころの騒ぎではなくなる」


 人類の存亡が掛かっている、といっても過言でもないかもしれない。たった一部隊とはいえ、機械文明時代にいた悪しき生き残りが世界を飲み込む。悪夢としかいいようがない。早期発見、早期治療。なるほどね、これもそれに該当するな。



  ・  ・  ・



 俺たちはアグアマリナを回収、氷獄洞窟を後にした。

 通信で、まずは航空艦隊にコンタクトをとる。アーリィーは俺たちの無事を喜び、現在の状況を報告した。


『こちらは四度の航空攻撃を仕掛けて、アンバンサーの兵力を減少させてる。でも地上攻撃で、撃墜はされていないけど、トロヴァオンとファルケが一機ずつ損傷した』

「壊れた戦闘機は、また直せばいいさ」


 搭乗員が無事ならいい。

 シズネ艇はクレニエール城を目指して飛行する。アーリィーはよく指揮官を務め、航空隊は働いたようだった。


『偵察機の報告によると、敵に動きがあるよ。どうも戦力を一カ所に集めているみたいなんだ。集結地点の座標を送るよ』


 軽巡『アンバル』からデータが送られてくる。通信席のシェイプシフター兵が転送された地図データをパネルに表示させた。

 俺はそれを見やり、眉をひそめる。


「旧キャスリング領……」


 そしてここは、例の隕石落下地点――


「敵は本拠地に戦力を集中させたということか」


 一網打尽のチャンスか、あるいは何かの行動の前触れか。

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