第619話、竜とロボと、ダンジョンコア


 氷獄洞窟の最深部。

 ベルさんとリーレが、氷の竜と戦っている。十メートルを超える氷の柱を、身をくねらせながら浮遊する蛇型のドラゴン。


 暗黒騎士(魔王)と、眼帯の不死身の戦士は、浮遊魔法で飛びながら、果敢に攻撃を仕掛けている。遠くから見ると、大型の蛇に小人が挑んでいるようだ。


 一方、悪役フェイスの人型ロボもどきの氷メカは、ユナとサキリスが相手をしている。シェイプシフター装備で飛び回るサキリス。ユナは地上から魔法攻撃を繰り返すが、敵メカは攻撃魔法を防いでいるようだった。


 俺とディーシー、橿原かしはら、そしてヴィスタは、ダンジョンコアが安置されているピラミッドの頂上を目指す。


「この階段を駆け上がるんですか!?」


 橿原が叫んだ。

 頂上まで二〇〇段くらい軽くありそうだ。普通に登るのはしんどいだろう。


「浮遊を使う」


 彼女に補助魔法をかけてやり、俺はエアブーツで飛び上がる。後ろでディーシーが声を張り上げた。


あるじ! 気をつけろ。反応増大、何かが大量に出てきたぞ!」


 何か、とは何だ? その答えはすぐに出た。

 ゴマ粒のような点が無数に現れたかと思うと、たちまち視界いっぱいに大群となって立ち塞がったのだ。

 浮遊する単眼の球形。いわゆるアイ・ボール。ビーチボールのような大きさの目玉の化け物が、軽く一〇〇体を超えているのではないか――!?

 ヴィスタがギル・クを放つ。無数に分かれた電撃矢がアイ・ボールを十数体まとめて撃ち抜くが、まだまだ敵は多い。


「多過ぎだろが……!」


 アイ・ボールの目玉が一斉に白く光る。ビームが何かか? とっさに俺は自分も含め、仲間たちを守る障壁を展開。同時に反射リフレクトの魔法も張る。魔法攻撃を跳ね返す魔法だ。


 直感だった。深く考えるより早く展開した防御と反射。次の瞬間、アイ・ボールから光弾が放たれた。


 さながら光の壁が押し寄せてくるかのような圧倒的光量に、目がくらむ。光のシャワーは、しかし反射魔法によって跳ね返る。魔法しか反射しない魔法は、アイ・ボールたちの半数以上をたちまち貫きかえした。


 残った数十のアイ・ボールが動きながら、俺たちの接近を阻止しようとさらに光弾を浴びせてくる。だが反射によって、アイ・ボールは自らの光弾でその数をすり減らしていく。さらにヴィスタが確実に残りを削る。


「このまま頂上まで駆け上がるぞ! ヴィスタ、援護を頼む!」

「了解だ!」


 俺は階段を数段飛ばしで進んだ。橿原が俺に続きながら言った。


「いったい何をやったんです、ジンさん? どうして敵は自滅してるんです!?」

「反射だ」


 とっさに身体が反応していた。大帝国と戦っていた頃、大量の魔法の杖を向けられたことがあったが、おそらくその時と似たことになると予感がしたんだろうな。経験の勝利ってやつよ。


 アイ・ボールの迎撃網を突破し、ピラミッドの頂上に到着する。

 そこには光り輝く宝玉――ダンジョンコアとそれの置かれた台座。そしてサキリスに任せた氷装甲の人型ロボもどきが一体。おそらく護衛とおぼしきそれは、サキリスと戦っているのと同型の胴体ながら、腕が肥大化しており、別の機体だとわかる。


 一見すると、重装甲型かパワー型っぽい。……あまり時間をかけたくないんでね。


 俺はライトスーツ、その右腕のガントレットに、魔力を集中する。エアブーツの加速で、一気に距離を詰めて、凝縮魔力を電撃の拳に変換、叩きつける構え!


 と、氷メカも動いた。巨大な盾にもなりそうなその腕を広げ、俺の突進を迎え撃つ。踏み込んだところを左右からプレスするつもりってか?


 そうは問屋が卸さないってな! 俺は大ジャンプ、敵の上方へと飛ぶ。氷メカの頭が上を向き、俺を追う。……残念、よそ見はいかんよ?


「橿原!」


 俺の後から来た橿原が、氷メカの隙のできた正面に踏み込む。


鉄砕てっさい!」


 猪股いのまた流攻魔格闘術の神髄。正面打撃に特化した一撃は、岩はおろか金属さえ砕く!

 戦闘鎧、翠角すいかくをまとった橿原の拳が炸裂。氷メカの胴体がバラバラに吹き飛んだ。お見事!


 俺は、ダンジョンコアのある台座のそばに着地する。

 薄い水色の球体。まるで氷のようなコアだった。大きさはサフィロ、グラナテと同じ。……同じ?


 これも、人工のコアかもしれない。



  ・  ・  ・



 案の定、人工のダンジョンコアだった。

 サフィロを中継してアクセスしたら、あっさりこちらに制御権を手放してきた。


 アグアマリナ・タイプ3。それがこの人工コアの名前だった。


 氷獄洞窟内の抵抗は、ただちに収まった。

 サキリスとユナが当たっていた氷メカは、機能を停止。ベルさんとリーレが相手をしていた氷竜は――すでに退治されていた。


「ま、オレ様とリーレにかかれば、こんなもんよ」

「いや、殴りに行ったら凍っちまうのは勘弁だったけどな。……アタシらじゃなかったら死んでたぞ」


 リーレは、バリバリに凍っているシェイプシフターマントを扇ぐが、はためくことはなかった。俺は問うた。


「どうやって倒したんだ?」

「首を落としてやったんだ」


 さらりとベルさんは答えるのである。あの竜の首を? 言うは簡単だけど、魔王様くらいだろうな、そんな芸当がやれるのは。


「ちょっと本気出した?」

「少しだけ」


 ああ、そう。


「これで大竜を倒したのは何体目だ?」

「さあな、覚えてねえよ」


 そこへ、サキリスとユナが合流した。


「見たところ怪我はなさそうだな」

「ご心配をお掛けしました、ご主人様」


 バトルドレスからいつものメイド服形態に変わるシェイプシフター装備。サキリスの横でユナが口を開いた。


「仕留め切れませんでした。あのゴーレム、非常に強力です。解析したいです」

「アグアマリナが譲ってくれるさ」


 俺は視線を台座の上の人工コアへやった。

 台座のまわりにコンピューター端末の台がせり上がり、さらに青いホログラムがモニター状に浮かんだ。


「さて、説明してくれ、アグアマリナ」

『はい、指揮官様』


 人工コアであるサフィロ同様、女性音声が流れる。


 彼女――便宜的にそう呼ぶが――語り出した。自分の置かれた目的と、現在の行動、そして『敵』について。

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