第612話、戦場の空気
人智をこえた戦い。
ジョゼフ・クレニエール侯爵は、城から見た戦闘をそう評した。
鉄の乗り物が空を飛び、地を駆ける車や鎧が魔法の弾を撃ち合う戦場。
当然ながらクレニエール侯爵の四十六年の人生において、このような目まぐるしく、何もかも早まわしのような戦いなど見たことがなかった。
「エクリーン」
「はい、お父様」
控えていた愛娘が、一歩近づいた。
「お前も見たであろう? 率直な感想を聞いてもよいか?」
「
そう前置きした上で、エクリーンは答えた。
「想像を絶します。目の当たりにしなければ、戯れ言と笑い飛ばしたでしょう」
今でも信じられない。クレニエール侯爵は頷いた。
「私は拠点や部隊に念話の使える魔術師を配して、即時、連絡がとれる体制を作った」
「慧眼でした。事実、お父様の領内において、素早い報告と連絡により救われた命もありましょう」
「……フム。十分な数の魔術師を用意し、このヴェリラルド王国でも革新的な軍を編成しているという自負があった」
だが――
「目の前で見たものは、そんなレベルの話ではなかった。より強き武器! より強い暴力が支配する世界だったのだ!」
クレニエール侯爵の表情が険しくなる。
「ジン・トキトモ……やはり只者ではないな。王が気にいるはずだ。あれだけの兵力を準備するのに、どれだけの時間をかけた?」
「お父様……」
わずか数カ月前のことだ。それまでは、一魔法騎士生に過ぎず、多少名のしれた冒険者だった。
「賢者というのは本当なのだろうな。こんなものを見せられれば」
「一つはっきりしているのは」
エクリーンが事実を告げるような声を出した。
「もしジン君――トキトモ候が来てくださらなければ、わたくしたちは今頃無事には済みませんでしたわ」
城は破壊され、騎士や魔術師たちもおそらく全滅していただろう。ジン・トキトモと彼の軍勢が間に合わなければ。
「そうだな……。しかし、彼は危険だ」
侯爵は、その青い瞳を戦闘の跡が生々しく残る雪原で後始末をしているジンとジャルジーの背中に向く。
「その気になれば、彼は武力でこの国を制圧することができるだろう」
「まさか……」
父親であるクレニエール侯爵の言葉が信じられず、エクリーンは声を失う。
「今は味方である。今後もそう願いたいね」
はっきりと告げる侯爵。
「彼の力がなければ、この情勢をくぐり抜けられないだろう。今は、目の前の敵を倒してくれればそれでいい」
今は。
味方である限りは、これほど頼もしいものもないのは間違いなかった。
・ ・ ・
敵は退けた。
雪原には赤黒い血の跡や、身体の一部と思われる部位、武器などが散らばっている。
血と臓物のニオイに鼻が曲がる。肉の焦げた臭気に混じり、兵器の残骸から立ち上る黒煙に咽せている兵もいた。
俺は、破壊された『六本足』ことアンバンサー・スパイダーの前に立っていた。隣にはベルさんを抱えたディーシーがいて、その逆にライトスーツ姿のジャルジーがいる。
「これが戦車だとはな……」
そのジャルジーは髪をかいた。
「これにあのドクロ頭が乗り込んで動かしていたか。兄貴、これがその……何て言ったか――」
「アンバンサー」
「そう、そのアンバンサー。古代文明時代に人類と戦っていたという敵か」
多脚型兵器の残骸は回収中ではあるが、資料として撮影したものを軽巡アンバルを経由して、ディアマンテに送った。倒れていた敵兵の情報も含め、敵が正式に『アンバンサー』であると断定された。
「しかし兄貴よ。アンバンサーと人類が戦ったのは、はるか昔のことだろう? 何故、今になってアンバンサーが現れたんだ?」
「そいつが謎だな」
太古に滅んだ古代機械文明。その頃の敵がここにいるということ。タイムスリップでもしてきたのか、あるいは、その侵略者があらためてこの世界の侵略に現れたのか。
……前者だったら不幸な事故で済むが、後者だったらこの世界も終わったな。
「それで兄貴、損害は?」
「トロヴァオンが二機、ワスプⅡが一機撃墜。ヴィジランティが二機、スクラップになった」
他に損傷七機、フライングボードは五両が被弾、修理が必要だった。それでも全体からみれば、まだ軽い損害と言える。
ジャルジーは首を振った。
「あの乱戦だ。無傷でいくとは思っていなかったが、まさか無敵のトロヴァオンがやられたとは……」
「無敵ではないさ」
そんなわけがない。俺は自然と眉間にしわが寄るのを感じた。
実際、一名の戦死者が出た。やられたのはトントと言う名のアーリィーの近衛隊員だった。俺は直接は話したことはなかったが、性格は非常に前向きで評価はよかった。
トロヴァオンのパイロットとしてはルーキーだった。経験不足。初航空戦の相手がアンバンサーだったのは気の毒だが――
「戦場では相手は選べない」
むしろ、大帝国との本格衝突前に戦死者が出たのは、他のパイロットを含めて教訓になっただろう。トロヴァオンやその他戦闘機とて無敵ではないということを。
死者が出たばかりなのに冷たいと思うか? こちとら英雄時代にどれだけ敵を人を殺し、そして味方を失ってきたと思う? 思い出したくないくらい、たくさん――
「ジン」
ベルさんの声に我に返る。同じ戦場を見てきた黒猫の姿をした魔王と目が合い、小さく頷いた。
「大丈夫だ」
「……とりあえずだ、兄貴」
何かを察したか、ジャルジーは空を見上げた。雲が増えていた。
「城は守った。敵は引き上げたが、これからどうする?」
「いま偵察隊が、敵の動向を探っている」
「連中がどこから来て、どこに拠点を置いているのか突き止めないことには、この件は解決しない」
「確かにな。……しかし、面倒ではある」
「そう感じていられる間は実は幸せなんだよ、ジャルジー」
俺は、シェイプシフター兵に六本足の回収を命じると、その場を離れる。後ろについてきたジャルジーがベルさんに「どういう意味だ?」と問う声が聞こえた。
ベルさんは答えた。
「愚痴を言える状況ってことは、まだ最悪じゃねぇってことさ」
本当にヤバイ時は愚痴すらでないからな。
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