第613話、非道なる兵器


 戦場の後片付けは続いている。

 ウィリディス、ケーニゲン、クレニエール各軍の兵たちが、敵の死体を一カ所に集めていた。死体は放置しておくと腐敗し、疫病のもとにあるので処理しておく必要があるのだ。


 うちのシェイプシフター兵たちは平然とこなしていたが、他の軍の兵たちは、得体の知れない化け物兵の死体を運ぶのが苦痛なのが表情に出ていた。人型を留めていない死体も多いからな……。


 俺は、敵兵から回収した武器などが集められている場所に向かった。そこでは斧と槍を併せたような形状の独特の武器、剣、さらに光弾を放つ銃などがあった。


 仮設の机の上にあるアンバンサーの銃を手に取ってみる。


 ずいぶんと曲線が多いそれは、銃身が短めで、カービンライフルのように取り回しに優れているようだった。プラスチックを思わせる手触り。握りが大きめなのは、人間よりやや体格に勝るアンバンサーのサイズのせいか。


 銃身の下についている円柱状のパーツは、エネルギーパックだろうか? 半透明のケースの中には、赤い液体が入っていた。

 ディーシーが「ふむ」と、その液体の入ったケースを覗き込んだ。


「これまた瑞々しい魔力だな」


 魔力……?


「まるで生き物から絞り出した魔力のようだ」


 妙に生々しいな、それは。俺が思っていると、ベルさんが硬質な声を出した。


「ジン、そいつにあんまり触らないほうがよさそうだぞ」

「どうしたんだ、ベルさん?」

「そのニオイ……大帝国の魔器に似てる」

「……」

「マキ、だと」


 ジャルジーが近づいてきた。


「マキとは、大帝国の躍進を支えた強力な魔法武器の魔器のことか?」


 知っていたのか、ジャルジーは。まあ、武器好きな男だからな。彼なら名前くらいは知っていて当然かもしれない。


「古代文明時代の技術を使った武器だと聞いているが……。これもその魔器だと言うのか?」


 しかし、公爵の目は冷めていた。


「もっと凄い威力があるものだと思っていたが……これも魔器だというなら案外大したことないな。ウィリディスの魔法武器のほうがよっぽど上だ」

「ジャルジー、これはそんな単純な話じゃない」


 俺は同じく冷めた調子で言った。というより、心の底から指先まで冷え切っていくような感覚だった。


「これは魔器ではないが、魔器と同じ……いや逆だな。おそらく魔器がこれを元にした武器かもしれない。だとしたら、この赤い液体の正体は、生きた人間だ」

「え……?」


 ジャルジーは絶句した。俺は口の中に苦いものが広がるのを感じる。


「ただ魔力を吸うとか、そういうものじゃない。生きた人間の魔力を搾り出して、兵器のエネルギーにしてしまったんだ」

「これが……人だというのか……」


 愕然がくぜんとするジャルジー。そうだろうな、まともな人間なら、これには大なり小なりショックを受ける。


「村人かもしれない。騎士かもしれないし、魔術師や、どこかの貴族だったかもしれない……。これはそういう武器かもしれないということだ」


 大帝国が使っている魔器とはそういう武器だ。俺も、ベルさんに会わなければそうなっていた。魔力の多い異世界人は、格好の素材だった。


 アンバンサーの武器はそこまで威力はないが、だからこそ、一般人が材料に使われた可能性が大きくなる。そうであってほしくはないのだが……。


「この敵に負けたらどうなる……?」


 怒りのこもった目を向けてくるジャルジー。俺は淡々と返した。


「生きて捕まったら、武器の糧にされるんだろうな。ろくなものじゃないのは確かだ」

「絶対に負けられない敵だな」

「そうなるな」


 頷いた俺は、ふとアンバンサー兵の死体を積み上げていたクレニエールの兵たちが、ざわついているのに気づいた。


「何だ?」


 ベルさんもそれに気づいたようだ。ちょっと様子を見に行こう。俺はジャルジーに合図して、兵たちのもとへ足を向ける。


「――いや、間違いない。コイツの顔、見覚えがある」

「こんなバケモノの知り合いなんていないぞ」


 ざわついている兵士たち。俺は声をかけた。


「何かあったのか?」

「!? ト、トキトモ侯爵! ケーニゲン公爵!」


 俺たちが揃ってやってきたので、クレニエールの兵士たちはビシッと気をつけ。


「うん。で、何を話していたんだ?」


 緊張している彼らに、親しげな調子で話しかける。

 兵たちは視線でやりとりした後、一人の兵が一歩前に出た。


「はっ、敵の死体を運んでいたのですが、その中に見覚えのある顔がありまして――」

「敵の顔に見覚えだと?」


 ジャルジーが胡散臭げな表情になる。その兵士はびびるが、俺は気にするなと手を振った。


「どの顔だね? いったい誰なんだ?」

「は、こちらなのですが――」


 その兵士は、死体の山のそばに寝かされた敵兵のもとへ歩き、膝に手をついた。ツギハギ顔の敵兵だった。


「先日、クレニエールの城下町に来ていた行商で、名前は確か――」


 兵士は思い出そうと考え、ふと顔をあげた。


「フロワという男です! クレニエールからトレーム領へ行くとか言っていました」

「行商人……」

「酷い顔だ。これで商人なのか?」


 辛辣なジャルジーだが、それはツギハギ顔のせいだ。兵士は首を横に振る。


「いえ、以前見かけた時は、普通の顔でした。こんなんじゃなかったのですが、でも残っている顔は、フロワの顔です」

「でもアイツ、こんなに体、大きくなかったよな……?」


 後ろで別の兵士が言った。


「肌の色もこんなんじゃなかったぜ……?」


 フランケンシュタインの怪物のようなツギハギ顔に、がっちりした体躯を包む戦闘スーツ的な鎧。一部機械のパーツも見えるが……。

 俺はしゃがむと、フロワという行商だったツギハギ顔の兵士の頭、その後頭部に手を伸ばす。


「この行商の頭は、こんなふうじゃなかったんだな?」


 何かヤバい菌とかあると厄介なので、手は魔力で覆って保護しながら死体に触れる。

 後頭部に金属製の覆いのようなもの。スイッチのような出っ張りに触れれば、カバーだったらしく外れた。頭を左に傾け、開いた部分を見えるようにしてみれば――


「……なんてこった!」


 思わず怒鳴っていた。こんな……何てことしやがる!


「あ、兄貴、いったい何だ……?」


 周囲の兵が、ツギハギ顔の兵士の頭の中という未知な光景に恐怖の表情を浮かべる中、恐る恐るジャルジーが聞いてきた。


「脳に機械を埋め込みやがった……!」


 兵士たちの言うとおり、このツギハギ顔が元は一般人だったというのなら――


「アンバンサーの奴ら、人間を改造して兵士にしているぞ」


 吐き気をもよおす非道。ド畜生の外道ども!

 俺は嫌悪感を抱かずはいられなかった。

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