第610話、クレニエール城防衛戦
森の木々を踏み倒し、敵の四脚型兵器が、その全容を表す。
メタリックな装甲表面。葉巻型の胴体から四本の脚が生えている。胴体の先端下部と上面に砲がつく。
ちなみに胴体の先端に、目とおぼしき赤い丸があって光っていた。
いよいよお出ましだ。
天候は曇り。ところどころ空も見えるが、雪で白くなった平原のせいで寒々しい。
まあ、言ってみれば地面に掘った大きな溝である。敵からの銃撃などから身を守るために用いられる。
ちなみにこの塹壕は、ディーシーによるダンジョンテリトリー化からの穴掘り作業でこしらえたものなので、例によって時間は掛かっていない。……人力でやっていたら、敵の襲来までに間に合っていたかどうか。
俺は、ディーシー、ベルさん、そしてシェイプシフター兵の中隊と共に塹壕にいた。クレニエール侯爵軍との連絡係として派遣された魔術師のシャルールがいて、俺に聞いてきた。
「何故、防御柵や壁ではなく、地面に溝を掘ったのですか?」
「敵の武器が強力だ。生半可な防御壁では役にたたない」
俺はストレージから取り出した戦闘双眼鏡を覗き込む。
「だが地面なら、防御壁より耐えるからな。射撃戦では被弾面積をいかに減らすかが基本だ。遠くから撃ち合うなら、立っている奴より、しゃがんでいる奴のほうが当たりにくい」
「なるほど……」
シャルールは小さく頷いたが、塹壕に腹這いになっているSS兵を見て首を振った。
「しかし、地面に隠れるのは、その……」
「服が汚れる?」
そういう君のローブだって、裾あたりが結構汚れているんだけど。いや、掘った地面は土が露出しているが、それ以外は雪。つまり――
「なるほど、冷たいな」
体温で溶けた雪で、その箇所が濡れるし。
「聞こえるな……」
暗黒騎士姿のベルさんが、俺の隣で同じく伏せながら言った。
「ヤツラの足音が」
「多脚型のは聞こえていたが……歩兵の足音も」
双眼鏡の倍率を上げ、敵兵器の足下を拡大。いるいる、ツギハギ顔の兵士の集団。手には剣や、杖のようにも見える斧、はたまた槍。そして、いかにも異星人が使ってそうなデザインの銃がある。
たまにドクロ頭がいるが、あれが指揮官か。そこそこの数がいるが下士官的ポジションなのかもしれない。
それにしても、あの人と機械を足したような兵士……グロテスクというか、まるでフランケンシュタインの怪物みたいだ。
人造人間だか改造人間――そう思ったとき、舌先がざらつくのを感じた。何となく嫌な感じがした。
一瞬、ゾンビとか、そういうのを連想したのだ。顔色も含めて絵の具で塗ったような青のせいかもしれない。こいつら、血が流れているならその血も冷たそうだ。
嫌な想像をしてしまったのは、昔観たSFだかホラーを思い出したせいかもな。こいつらがアンバンサーか?
双眼鏡の倍率を下げ、周囲も視界に捉える。
アンバンサー・スパイダー、その先頭は四脚型。それより大きい六脚型は、その後ろにいる。ここからは見えないが、さらに後ろに八脚型もいるという。
四脚型が五体に対して、六脚型は一体という比率のようだ。最前列の四脚型は横一列に並びながら、壁の如く前線を押し上げている。その数、すでに二〇体以上。
この世界の一般的な軍なら、近づく前に一方的に撃たれて壊滅するだろうな。
機械的な駆動音がわずかに耳に届くが、地面を踏み締める音がよく響いていた。あれで踏まれたら、虫のように無残に潰れるだろう。
「ディーシー、連中が城めがけて撃ってきたら、防御障壁を張って守れよ」
「やれやれ、人使いの荒いことだ」
黒髪のダンジョンコア少女は、俺の後ろで鼻をならした。
「あとで、たっぷり
「……オバアチャン、さっき食べたでしょ?」
俺が表情を変えず淡々と言えば、ベルさんが小さく笑った。俺も倣ったが、うまく笑えなかったかもしれない。
自分の心臓の鼓動が聞こえる。今回の相手が、この世界の技術レベルを軽く凌駕しているせいだ。喉が渇いてきた。
ストレージから魔石水筒を出してひと口、唇を湿らせる。
ちら、と塹壕を見渡す。シェイプシフター兵は、ライトニングバレットや対装甲ロケットランチャーを持って塹壕に伏せている。いずれの武器も、ここからでは届かない。
もっとも、正面に陣取っている俺たちは、計画が失敗したときの最終防衛ラインであり、上手くいった時は、総仕上げとして敵陣に乗り込む。
「そろそろ頃合いか……」
敵が森を抜け、障害物のない雪原を進む。身を隠す場所がないだけに、射撃武器を使うには打ってつけである。
俺は通信機を使った。
『ソーサラーより、トロヴァオン中隊――アーリィー、聞こえるか?』
『こちらトロヴァオン2、攻撃位置を確認』
アーリィーからの応答。巡洋艦『アンバル』から空母『ドーントレス』へ移動したお姫様は、攻撃隊の第一陣として中隊を率いていた。
『始めろ』
『了解、ソーサラー。トロヴァオン中隊、ボクに続いて!』
9機のトロヴァオンがスロットルを全開にして、敵部隊後方に回り込む。空を飛翔する剣の如き鋭角的な戦闘攻撃機が降下し、
多脚兵器の上面や後部に命中したAGMが紅蓮の爆発を生み出す。トロヴァオンが敵の頭上をかすめ飛ぶ頃には、十数の多脚型が吹き飛び、崩れ落ちた。
生き残ったアンバンサー・スパイダーが砲を振りかざし、飛び去るトロヴァオンへ対空射撃をしようと動く。またその足元では、ドクロ頭やツギハギ顔の兵士たちが慌ただしく走り回っている。
初撃はまずまず、か、俺は双眼鏡で監視しながら、次の手を放った。
アイゼンレーヴェ――戦車大隊が右翼から前進を開始。敵の左翼側、すなわち南側へと回り込む。
同時にフライングボードに乗ったパワードスーツ部隊が正面から敵めがけて疾走を開始した。
さらにクレニエール城の裏手に待機させていたワスプⅡが飛び出す。ローターのないヘリコプターのような胴体を持つ地上攻撃機の編隊が城をかすめ、俺たちの上を通過すると、雪の上を這うように突進。パワードスーツ部隊を追い越した。
ワスプⅡは、主翼下に抱えている対地ミサイルやロケット弾ポッドを発射。
雪原に無数の光と熱の火の玉が広がり、敵兵を飲み込む。炎に包まれ、焼け焦げ、飛散した破片を浴びて、身体を引き裂かれる。
爆炎と鉄の暴風が、無慈悲に吹き荒れる。ワスプⅡはまさに風のように一気に敵部隊の上をすり抜けた。
AGMを正面から喰らい、爆散する四脚兵器。火と煙を避けて、敵兵の姿が見えてくる。隊列もなく、てんでバラバラで未だ混乱から立ち直っていないのがわかる。
無事なアンバンサー・スパイダーが、のしのしと前に出て、復仇に燃えるその砲身を
ルプス主力戦車の長砲身76ミリ砲だ。対大帝国の装甲車両との戦いに備えて用意していた徹甲弾が、四脚型のメタリックな装甲を
「よし!」
双眼鏡で戦果を確認して、俺は思わず笑みをこぼした。
効いている! 大帝国の戦車なら容易く貫けるルプスの76ミリ砲だが、あの多脚型の装甲にも通用したのだ。
初弾で弾かれたら、もっと距離を詰めなければいけないところだったが、移動しながら撃つのが難しいルプスにはやらせたくなかったから、遠距離からでも十分だとわかって安堵する。
一方的に攻撃を許した敵前衛部隊。だが立ち直る暇も与えず、レイジングブルズ――パワードスーツ部隊が突撃した。
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