第609話、防衛軍議


 ウィリディス軍偵察飛行隊により、クレニエール城めざして『敵』が進軍しているのが明らかになった。

 領内を進撃していた敵軍は、部隊を集結させつつあったのだ。


「現在、確認されている敵戦力は、歩兵が一二〇〇ほど、多脚型の戦闘兵器が九〇。これとは別にペレ砦にいた歩兵約三〇〇と多脚型二七が南下の兆候ちょうこうを見せている」


 俺は、偵察隊の報告を一同に披露した。クレニエール城の作戦会議室は、しんと静まり返っている。


 クレニエール領の地図上には、最新の敵の配置と、偵察隊の寄越した敵の写真が何枚も広げられていた。

 ある者は腕を組んで地図を睨み、またある者は眉間にしわを寄せて、写真を見つめている。とくに表情の変化がないクレニエール侯爵が顎に手を当てながら口を開いた。


「この戦闘兵器、というのか……。これが砦や集落を素早く陥落させている原因か」

「避難民から寄せられた情報と、偵察機使い魔の捉えた写真によると、そのようです」


 アンバンサー・スパイダー――多脚型の敵兵器が砲から光弾を連続して放っている写真が資料として置かれている。一回で五つの光の弾を放ち、家だろうが石壁だろうが容易く打ち砕く。弓やクロスボウは、その鋼のような装甲に弾かれ、また魔法も効かなかったという。

 四脚型、六脚型、八脚型の三種類が確認されており、脚の数が多いほどボディが大きい。


「つまり、歩兵はどうにかできても、この兵器を何とかできなければ、この城とて陥落は避けられんか?」

「そうなるだろうな」


 ジャルジーが腕を組んで重々しく頷いた。


「で、兄――トキトモ候、何か手は?」

「……まず、クレニエール城の手前にて防御陣地を設営」


 俺は地図上の城、その東側を指でなぞった。


「進軍する敵主力は、森を出て平原を西進。正面から城めがけて向かってくる」


 敵を表す黒い駒を三つ、城へと近づける。


「奴らが平原に出たところを、後方に回り込んだトルネード航空団が地上攻撃を仕掛け、敵戦闘兵器の撃破、敵歩兵の数を減らす――」


 そして――


「アイゼンレーヴェ……我が戦車大隊の支援のもと、パワードスーツ部隊レイジングブル大隊が平原を高速移動し、敵部隊に切り込む!」


 この段階で敵主力は半壊ないし壊滅させ、残存兵力はクレニエール侯爵軍、ケーニゲン公爵軍、そしてウィリディス軍の共同で掃討する。

 ジャルジーが口元を笑みの形に歪めた。


「さすがはトキトモ候。で、オレの魔人機の出番は?」

「戦場が平原過ぎて、背の高い魔人機はマトになってしまう」


 アンバンサー兵器に精通しているディアマンテに確認済みだ。魔人機には、障壁があるが、計算の結果、敵の五連光弾を完全阻止は難しいのだそうだ。つまり、遮蔽のない場所で、全高5、6メートルの巨人はマトになってしまうのだ。……早く実戦でお披露目したかっただろうが、残念だったな。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 クレニエール侯爵は手を振った。


「ケーニゲン公は、今ので納得できたのですかな? 私には、こちらの動きがあまりに突拍子もなくて、ついていけなかったのですが……」

「無理もない、クレニエール侯」


 ジャルジーは同情するような顔になった。


「貴公は、ウィリディス軍の力を知らないから心配なのはわかる。オレとて、その全てを見たわけではないが、トキトモ候が可能であるというのなら可能なのだ」


 そんなに突拍子もなかったのだろうかと思いつつ、助け船を出してくれたジャルジーに心の中で感謝する。もし彼がいなかったら、一から説明してやらねばならなかったところだ。

 しかしそれで理解させられたかは、別問題であるが。


「オレはむしろ、トキトモ候の戦いを間近に見ることができると思うと胸が躍っているのだ!」


 ……ああ、うん。まあ、後で色々面倒なことになるだろうが、敵がこの世界の平均を軽くオーバーしているテクノロジーを持っている以上、仕方がない。


 あとは敵に航空兵力がないことを期待するが、アンバンサーだとすれば、持っていないはずがないんだよなぁ。今のところ確認されていないが、だからと言って備えなくていいということにはならない。

 偵察機も出しているが、突然の増援など、予定外のお客様の乱入に備えて対策も立てないとな……。

 クレニエール侯爵は目だけを動かして、ジャルジーを見据えた。


「では、トキトモ候の策で敵に備えるということでよろしいでしょうか、ジャルジー公?」

「うむ。他に策があるかな?」

「いえ、在り来たりな防衛戦術以外はございません。それで、今回の総大将ですが――」

「ジンでいいだろう」


 ジャルジーは即答した。クレニエールの騎士や魔術師たちがざわつく。おそらく、この中で一番爵位が上のジャルジーが指揮を執ると思っていたからだろう。よりにもよって、新参の俺が総大将など、彼らの常識からみてもありえないのだ。


「今回の策は、トキトモ候のウィリディス軍が鍵を握る」


 事実を告げるようにジャルジーは言った。


「オレもクレニエール侯も、その戦力を扱いこなせないだろう。そうであるなら、オレはトキトモ候に運命を委ねる!」


 侯爵たちは知らないが、ジャルジーは俺の戦歴について、かなり詳細に調べ上げている。フォルミードーとの戦いや、エルフの里防衛戦など、聞き出せるだけの情報を得ていた。取材対象だったベルさん曰く、英雄の追っかけだな、なのだそうだ。

 だからこそ、ここまで断言できるのだろう。


 自然に責任を押し付けられたような気がしないでもない。偉くなるとこういう面倒が増えるからな、まったく。



  ・  ・  ・



 かくて、俺の立てた計画に基づき、戦闘準備がなされた。


 敵は、着実にクレニエール城に迫っていて、猶予ゆうよはあまりない。

 高度をとって待機している空母群には、航空隊による攻撃準備を命じる。


『トロヴァオン中隊は、対戦車攻撃装備。ファルケ中隊は敵航空機に備えて直掩ちょくえんに就かせてくれ』

『了解です、ジン君』


 魔力念話を通して、軽巡洋艦『アンバル』座乗のダスカ氏は応じた。


 さて、BVシステム搭載車両の地上部隊は、ルプス戦車9両、エクウス歩兵戦闘車9両をそのまま運用。ただしフェルス輸送車は、防衛戦ということで今回は別の役割を与える。

 BVSのAブロック、つまり無人制御の浮遊車両を、パワードスーツ部隊の高速移動用のフライングボードとして用いるのだ。


 計画では、航空攻撃で敵部隊の隊形を乱したところへ、パワードスーツ部隊を突撃させるのだが、フライングボードの補助があれば敵の攻撃にさらされる時間を大幅に減らせるだろう。


 この段階で、ジャルジーから申し出があった。


「オレも魔法甲冑部隊を率いて突撃する!」


 彼はケーニゲン領から配備されたばかりのシュタール中隊を引き連れてきていた。

 未来の王様が――と言いかけたら、「オレはまだ公爵だ」と遮られた。


「指揮官が先頭を切って、その勇猛さを示さねば部下はついてこない!」


 まことに武闘派らしいお言葉。


 この世界では、指揮官が自らの行動で範を示す。現代のように通信が発達していない時代、旗やら楽器の音で、作戦の合図などが告げられていたからだ。


 そして、その中で一番シンプルで確実なのが、総大将が先陣きって敵へ突撃することである。部下たちはその後に続けば間違いないので、何をするのか言わなくても理解できる。

『突撃!』とか『俺に続け!』というのは、つまりそういうことなのだ。


 その点で言うならば、ジャルジーは典型的かつ模範的な指揮官であると言える。……ただ、そろそろ部下を使うことを覚えるべきではあるのだが。

 ま、それは俺も人のことは言えないか。


 しかし、ジャルジーが突っ込むとなると、もう少し地上戦力、とくに支援が必要になるな……。


 ワスプも準備しておくか。


 そして翌朝、クレニエール城近辺に、敵軍が到着した。

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