第608話、増援と生還


 俺たちウィリディス勢が、クレニエール城に隣接する雪原で宿営地を設営していると、領主であるクレニエール侯爵が視察にやってきた。

 物珍しいのは理解していたが、侯爵閣下自ら足を運ばせてしまうとは恐縮である。


「いや、お前さんもその侯爵なんだけどね」

「的確なツッコミどうも、ベルさん」


 アーリィーに設営の指揮を任せ、俺はクレニエール侯爵を連れてのガイド役をすることになった。侯爵の後にはシャルールと上級騎士、俺の後ろにはディーシーと彼女に抱えられたベルさんがついてきた。


 閲兵えっぺい式のごとく、並んでいるパワードスーツを見やり、クレニエール侯爵は目を細める。


「ほう、これが王都で噂になっている魔法甲冑か」

「似たようなものですね。王都で配備されているシュタールとは別物です」


 無骨なシルエットながらシンプルな装甲兵器といったTPS-1ヴィジランティ。

 濃紺色に鋭角的な突起が見られるTPS-3シルフィード。

 重厚な装甲をまとう、いかにも屈強な外観のTPS-5ノームが機種ごとに並び、その偉容を見せつける。


「魔法甲冑は人が着る鎧ですが、こちらの機体は人を乗せるだけでなく、無人でも動かすことができます。実質、ゴーレムですね」

「ゴーレム……なるほどわかりやすい。しかし私の知っているゴーレムとは、まったく異なる姿だな。こちらのほうが精悍だ」

「ありがとうございます」


 確かに、一般的なゴーレムとは趣が異なる。岩人形とロボット兵器の違いというやつだ。


 その時、シズネ艇のほうが騒がしくなった。視線をやれば、ジャルジーが現れたのだ。


「おい、まさか……!」

「なんと! ケーニゲン公ではないか!?」


 クレニエール侯爵も驚いた。俺たちがシズネ艇のほうへ足を向けると、どこで聞きつけたのか、北方にいるはずのジャルジーがやってきた。


「おう、兄――いや、トキトモ侯爵! 来たぞ!」

「呼んでいませんよ、ジャルジー閣下!」


 大きな声でまずはお返し。そのジャルジーは、こちらの気持ちも知らずに朗らかな笑みを浮かべた。


「国の危機かもしれんと聞いてな! ならば駆けつけないわけにもいくまい!」


 絶対お前、機会があれば自分の魔人機に乗って戦いたいだけだろう――そう言いたいが、クレニエール侯爵の前なので自重した。


「ケーニゲン公」

「クレニエール侯」


 ジャルジーは表情を引き締めた。爵位ではジャルジーのほうが上なのだが、年長者にはそれなりに敬意を示すらしい。


「親父殿から話は聞いた。オレも参加させてもらうぞ!」

「有り難い申し出。しかし、単身で参られたのですか?」

「いや、数は多くないが中隊規模の兵を、すぐにここへ寄越せる。……もちろん、ジン――トキトモ候の許可を得られれば、だが」


 ちら、とジャルジーが視線を寄越す。ケーニゲンの軍のポータル通過の是非を求めているのだ。俺にお伺いを立てて認めてもらえないなら、援軍は諦めるつもりなのだろうが……断れないよな、この状況は。


 俺が頷けば、ジャルジーは「よかった」と笑みをこぼした。そうなると、宿営地をもう少し広くしなくていけないな……。


「おぉ、トキトモ候よ。あれは何だ? 見慣れない車があるぞッ!」


 ルプス戦車などのBVシステム搭載車両を見やり、ジャルジーの興味がそちらに移る。そういえば、まだ見せていなかったっけか。俺はディーシーに抱えられているベルさんと顔を見合わせる。


『ソーサラー、こちらセイバー』


 魔力を通した通信が届く。ペレ砦方面へ向かった救出部隊、リアナからだ。


『民間人の収容を完了。定員オーバーにつき、速度制限しつつ、現在帰投中』

『了解した、セイバー。……クレニエールの護衛隊も一緒か?』

『護衛隊の生存者は二名。うち一名はエクリーン・クレニエール。サキリスが本人と確認しました』

『そうか。……警戒しつつ、帰投せよ。以上』

『セイバー、了解。アウト』


 リアナとの交信を終了。俺は、上空警戒中のポイニクスに、救出部隊とその周囲の監視を命じる。


「どうされた、トキトモ候?」


 クレニエール侯爵が怪訝そうな顔になる。魔力通信中だったからね。


「いま、救出部隊から第一報が届きました。避難民は無事回収できました。あと、娘さんも無事です」

「おお、そうか」


 クレニエール侯爵が声を弾ませた。シャルールが「魔力念話でやりとりですか?」と聞いてきた。認めた上で、悪い報告も伝える。護衛隊の生存者はわずか二名のみ。


 後ろで上級騎士が絶句する。シャルールも俯いた。クレニエール侯爵は「そうか」と小さく呟くと黙り込んだ。



  ・  ・  ・



 リアナ率いる救出部隊は帰還した。戦装束のエクリーンさんと生き残り――少女の面影が残る顔立ちの騎士――は、クレニエール侯爵や俺たちに迎えられた。


「無事でよかった」

「お父様」


 親子の対面に、ほっこりすることしばし、エクリーンさんは俺に向き直った。


「わたくしの応援のお願いを聞いていただき、感謝いたしますわ、トキトモ侯爵様。まさか、これほど早く駆けつけてくださるとは思ってもいませんでしたが……。おかげで命拾いしましたわ」

「間に合ってよかった」


 俺は微笑で応える。


「はて、俺の爵位のことは――」

「サキリスより聞きましたわ。あの子のメイド姿には少々驚いたのだけれど」


 細いその指をあごに当てながら、エクリーンさんは首をかしげる。


「でも、彼女と久しぶりにお話できてよかったわ」

「そうですか」

「あら、敬語でなくてもいいのですよ、トキトモ侯爵様。わずかひと月足らずで大出世ですわね」


 悪戯っ子のように口元を緩ませるエクリーンさん。魔法騎士学校卒業から、まだそれだけしか経っていない。少し見ない間にこれでは無理もない。


「本人が一番驚いているやつ」


 俺だって、まだ侯爵って言われて一日である。

 クレニエール侯爵が咳払いした。


「同期の友と会って、つもる話もあるだろうが、後にしてくれると助かる。詳しい話を聞きたい。何せ、まだ敵が我が領内にいるのだからね」

「そうでしたわね、お父様」


 報告と打ち合わせのために、俺たちはクレニエール城へ。……と、ひとり様子のおかしいのがいるのに気づいた。


「どうした、ジャルジー?」


 他の者に聞こえないように小声で話かける。二〇代半ばの公爵は、エクリーンさんを注視していた。


「可憐だ……」


 お前、まさか――俺は立ち尽くすジャルジーと、父親と一緒に歩くエクリーンさんの背中を交互に見やる。


「お前って案外、惚れっぽい性格?」


 しかもあれだ、金髪美女に弱い。マジかよ、こいつ、エクリーンさんに一目惚れか?


「水を差すようで悪いが、ジャルジー。彼女には婚約者がいるぞ」

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