第599話、クレニエールの使者
俗に言う、カモフラージュ。
兵器類が揃いつつある中、俺はこれら擬装について改めて考えていた。
つまり、周囲からその存在を隠す。たとえば戦地への移動も、極力見られないようにしたいわけだ。
ここ最近でも、TPS-4ウンディーネの水魔法金属装甲のカモフラージュ・コート、サキリスにもプレゼントした透明マントなどを作っている。
これを拡大したいわけだ。航空艦隊の艦艇も、地上から見づらくしたい。
ただ完全に見えなくすると、衝突や敵味方が入り乱れている際に同士撃ちにも繋がるのでNGではあるが。
戦地への移動、待機している時に、隠れられるのが理想だ。
ただアンバルなどの艦艇の表面装甲すべてにカモフラージュ・コートのように水魔法金属を貼るわけにもいかないので、透明化のような魔法や煙幕的な遮蔽手段がいいだろう。……そう、たとえば空を漂う雲のような。
というわけで、軍事の専門家であるリアナと相談しながら、あれこれ試作してみる。魔力を霧状に噴き出して雲を形成する装置とか。
艦体を透明化の魔法で覆う装置も作ってみたが、魔法障壁と同時展開ができないという欠点を改善することはできなかった。……要改良だな。
そんなこんなで製作と試作を繰り返していた俺たちだったが、王国を揺るがす大事件が起きていた。
・ ・ ・
最初にそれに気づいたのは、TR-2ドラゴンアイ偵察機だった。
王国東部の地図を作成するための資料に混じり、焼き払われた集落や、比較的新しい戦場跡などの写真が報告された。
あと、複数足の異形とか。
ウィリディス地下屋敷の会議室にて、俺はベルさん、ダスカ氏、ユナ、そしてリアナにそれらを見せた。
「……戦車か、これ?」
「生き物、には見えませんね」
偵察機のよこした写真に映るのは、八本足の異形。蜘蛛のようにも見えるが、地上を歩くタコのようにも見える。それがメタリックな外観をしていれば、一昔前のSFモノの宇宙人の兵器みたいだった。
「多脚型戦闘車両……」
リアナが呟けば、ベルさんが胡散臭そうな目になった。
「この得体のしれないヤツが、この国で何かやらかしているってことか」
「何なのでしょうか……」
ユナはダスカ氏、そして俺を見た。……俺にもわからんよ。ベルさんが口を開いた。
「それで、ここはどこなんだ?」
「旧キャスリング領の端」
もとはサキリスの故郷である。例の隕石騒動で、実質キャスリング領は消滅し、いまではお隣の貴族の領地となっている。いわゆる火事場泥棒。
まあ、人様の不幸を利用して領土拡大をするような貴族サマのことなど知ったことではないのだが――
「はたして、放置していていい問題なのか」
この得体のしれない機械だかバケモノが、他に移動しないという保証はない。
「この一帯を含めて、詳しい調査が必要だろうな」
機械だから、ひょっとしたらディアマンテが知っているのではないか……? 後で聞いてみよう。
それはそれとして、エマン王にも報告しておいたほうがいいだろう。国王陛下の耳にもいれておくべき案件だ。何せ王国内の出来事である。
……と、思っていたのだが、事態はすでに動いていた。
そのエマン王のもとに、火急の知らせが飛びこんでいたのだった。
・ ・ ・
俺は珍しく王城に呼び出された。
呼んだのはエマン王だった。ウィリディスで話をすればいいものを、城に呼び出すとは……。
ポータルを潜るだけだからすぐなのだが、シュペア大臣が俺を迎え、そのまま王座の間に隣接する控え室へ通された。
「ジンよ。面倒なことになった」
でしょうね。エマン王の深刻な表情を見ながら思ったが、それは黙っておく。
「何があったのですか?」
「王国東方で、正体不明のバケモノと軍勢が現れ、攻撃を仕掛けておる」
瞬時に理解した。ドラゴンアイが撮影したあれだな……。
「クレニエール侯爵家から報告と、それと援軍要請がきた」
……どこかで聞いた名前だ。クレニエール……はて、誰だったか。アクティス魔法騎士学校で聞いた――あ、エクリーンさんか!
俺が思い出しているあいだも、エマン王は話を続けていた。
「隣接するトレーム領、フレッサー領から避難民がクレニエール領に流れてきているという。また実際に、そのバケモノと交戦状態にあるらしい」
王が重々しく言えば、シュペア大臣も口を開いた。
「敵は恐るべき武器を有しているとのこと。魔法の杖のようなのだが強力らしい。それを連続で使ってくるために、戦士たちが近づくまでにほとんど討ち取られてしまうという」
高度な飛び道具を持っているということか。ますます厄介。
俺は、あとでエマン王に見せるはずだった偵察写真を取り出し、近くのテーブルに広げた。王と大臣もそれに目を落とす。
「ジン、これは?」
「王国の地図を作成すべく、東方に飛ばした偵察機が撮影したものです」
こちらを――と、俺は、例の八本足のバケモノが映るそれを見せた。エマン王もシュペア大臣も固まった。
「なんだ、これは……?」
「おそらく王国東方で暴れている敵のひとつだと思われます。詳細は不明ですが」
「うむぅ……。シュペア、使者を呼べ。確認させる」
「はっ、陛下」
シュペア大臣が小走りで部屋を後にした。そのあいだに他の写真を眺め、いくつか廃墟となった集落やそこの住民はどうなったのかと思ったことを口にする。
ややして、大臣がクレニエール領から来た使者を連れてきた。
王の前とあって使者――魔術師風の青年は膝をついた。
「顔を上げよ。貴様の意見を聞きたい、こちらへ来い」
「ハッ、陛下!」
魔術師は背筋を伸ばし、やってきたが、机の上の写真を見やり、顔色が変わる。
「こ、これは……!?」
初めて写真を見ただろう彼の表情は驚愕に歪んでいた。しかしエマン王は構わずに問うた。
「ここに写っている異形が、貴様たちを攻撃している敵か?」
「は、おそらくは」
魔術師は、しげしげと写真に顔を近づける。
「この蜘蛛のような敵は、私は直接見ておりませんが、四本足と六本足のよく似たバケモノは見ております! ……し、しかし、この絵はいったい……。まるで本物のようだ」
「貴様が、希望していた人物の術よ」
エマン王はそう言うと、俺を指し示した。
「クレニエールの使者よ。ここにいるのが、ジン・トキトモだ」
「あなた様が……!」
魔術師は、俺に向き直ると自らの手を胸に当てた。
「ここでお会いできたのは
エクリーンさんからの伝言。俺に会うためにきた――それで俺が王城に呼ばれたんだな。理解した。
「ジン・トキトモです。エクリーンさんからの伝言というのは……?」
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