第600話、東部遠征殴り込み部隊


 クレニエール領に来て、助けてほしい――それが、エクリーンさんが俺に宛てた伝言だった。


 使者のシャルール殿は、俺を連れてくるように命令されたらしい。もちろん、強制的ではなく、あくまで協力していただけるよう穏便に説得するように、と念を押されたらしい。


「あなたには嘘をつくな、とお嬢様から言われまして……」


 二〇代の青年魔術師は神妙な調子で言った。


「目上の者と思って接しろ、とも」

「それは、エクリーン嬢は賢明だったな」


 そう言ったのはエマン王だった。


「ジンは『侯爵』だからな。……うむ、いま決めた」

「は――?」


 いま決めたとか言わなかったかこの人? 

 驚いたのはシャルール殿だ。彼は慌てて跪いた。


「!? 無礼をお許しください、トキトモ侯爵閣下!」


 ……ほらぁ、こんなことになった。俺は、自分でも苦虫を噛み潰したような顔になるのがわかった。


「……私の爵位は決まってなかったのでは? よろしいのですか、侯爵で?」

「アーリィーと結婚したら公爵にしてやる。それまではジン・トキトモ・ウィリディス侯爵だ」


 エマン王は言い放つと、シュペア大臣に書状を書くから紙と筆を持ってこいと言った。が、すぐに何か思いついたらしく俺を見た。


「ジン、マジックペンを持っておったな。貸してくれ。私のはウィリディスに置いてきてしまった」


 もちろんペンを持っていた俺は、エマン王に貸した。


「うむ、正式な布告は後日として、とりあえず私の直筆の書を渡しておく。これがお前の身分を証明してくれるだろう」


 それで、と王は、俺に改めて向き直った。


「クレニエール家から援軍要請が来た。貴族から求められれば、国として応えるのは義務である。私は王都の兵力に招集をかけ、軍を編成するが、お前はどうする?」

「エクリーン嬢からは、助けにきてくれと求められました」


 俺がそう口にすれば、シャルール殿は一段と頭を下げた。


「同期の者からの救いを求める声ですから、見て見ぬフリはできないでしょう」


 それに今回の相手も気になる。

 ずいぶんと未来チックなスタイルに、強力な飛び道具。これは現地戦力でどうにかできるとは考えにくい。……またこのパターンだ。遅かれ早かれ、自分が介入しないといけないやつ。


「ありがとうございます! トキトモ侯爵閣下!」


 シャルール殿が声をふるわせた。うん、仕方ないよね。



  ・  ・  ・



 そうと決まれば、俺は使者殿からわかる限りの敵の情報を聞き出した。そしてウィリディスに戻り、ただちに出撃準備を発令する。


 ポイニクスには、すぐに現地へ飛ぶように命じ、ドラゴンアイ偵察隊は全機が出撃。クレニエール領をはじめ、トレーム領、フレッサー領を偵察させる。

 一方で、ディアマンテが俺に報告した。


「この多脚戦車は、アンバンサー・スパイダーです」

「……アンバンサー? それって」

「機械文明時代のテラ・フィデリティアの敵でした」


 その件も含めて、情報を仕入れた後、俺はウィリディス地下屋敷の三階会議室に主要メンバーを集めて事態の説明と方針を説明した。


「我々は、クレニエール領の救援に赴く。謎の侵略勢力を撃退、場合によっては殲滅せんめつする」


 現在わかっていることは、人外の人型種族の戦士と四脚、六脚、八脚の装甲魔獣ないし兵器が存在しているということである。


「いまのところ、航空戦力は確認されていない。だが飛び道具を有していて、少なくとも魔法銃に相当する武器を持っていると思われる」


 一筋縄ではいかないだろう。シャルールの話では、敵は騎士たちの名乗りなどを一切無視して襲いかかってくるような蛮族らしい。……まあ、人間ではないようだから、そんな相手に騎士道が通用するなどと思わないが。


「敵の総数は不明。その目的もわからないが、現に攻撃を受け、なお被害は拡大中だ」


 旧キャスリング領を中心に、周辺三領で敵がいるという。


「戦域も広くなると思われる。戦車中隊、パワードスーツ部隊を投入。さらに対地支援として航空部隊も使う」


 航空艦隊からも空母『ドーントレス』『アウローラ』を中心とした空母航空隊も遠征に連れて行く。


「ただ、最悪の場合に備えて、ディアマンテ、残る艦隊の準備を整えておいてくれ」

「承知しております」


 最悪の場合とは……敵が、機械文明時代の異星人兵器を使っている、ではなく、異星人そのものだった時だ。こうなると、王国どころか世界の危機に発展する可能性がある。大帝国どころではない。


 俺は、仲間たちを見回した。


「で、それぞれの意思を確認したい。ここにいるメンバーについて、強制はするつもりはないので、それぞれ参加は自由だ。……アーリィー」

「もちろん。王族の一員として、参加しないわけにはいかないよ」


 いわゆる、高貴な人間は相応の社会的責任と義務を果たさなければいけない――ノブレスオブリージュというやつだろう。


「マルカス?」

「あなたが行くなら、お供するだけです」


 力強いお返事。


「ベルさん?」

「オレ様抜きでパーティーを楽しもうってか?」


 ダスカ氏、ユナも参加を表明。ウィリディスの軍事顧問であるリアナも同様。

 王国の出来事に絡む義務もないリーレ、橿原かしはら、ヴィスタ、エリサは少し考えたあとで参加の態度を示した。


「サキリス?」


 戦地となっている場所の大半が元キャスリング領、つまりサキリスの滅びた故郷。すべてを失った彼女にとって、そこに戻るのは辛いのではないか。

 俺は不安だったが、サキリスはまっすぐに俺を見つめて言った。


「ご主人様のために尽すのがわたくしの務め。……共に参ります」


 うむ。全員の意思を確かめたあと、俺はふと思い出した。


「そうそう、ひとつ言い忘れていたが、正式に俺の爵位が決定した。エマン王曰く、俺は『侯爵』だそうなので、以後よろしく」


 その言葉に、皆が驚きで固まった。変化がなかったのはアーリィーと、爵位に関心がないディーシーくらいで、あの無表情なリアナや、興味なさそうなユナでさえ、目を見開いていた。


 次の瞬間、ガタンと勢いよく立ち上がったマルカスが俺に頭を下げた。


「おめでとうございます、ジン・トキトモ侯爵閣下!」

「いや、そういうのいいから……」



  ・  ・  ・



 旧キャスリング領――その響きは、サキリスの心を締め付ける。


 飛来した隕石によって滅びた、今はなき故郷。

 これからそこに戻る。


 自然と、サキリスは顔が強張るのを感じた。何に緊張しているというのか、自分でもよくわからない。

 だが心が寒く、気づいたときには手が震えていた。それを押し隠すようにギュッと手を握りこむ。


「サキリス?」


 会議室から退出する者たちをよそに、アーリィーが心配そうな目を向けていた。さらにその奥で、敬愛する主人であるジンの目も。


「何でもございません、アーリィー様」


 サキリスは頭を下げる。――そうとも、自分は決めたのだ。この方たちのために残りの人生を費やすと。

 そのためなら、どこへだって行くのだ。

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