第597話、シズネ艇、飛ぶ


 エマン王や王族一行と、カレン女王とその護衛たちが待っていた。


「如何でした?」


 開口一番、カレン女王が聞いてきた。なんと答えたものか、俺は迷ってしまう。だが指導的立場にある以上、思ったことは言わねばなるまい。


「乗り心地はよかったです。さすがはエルフの船……ですが、操舵系統について改善の余地があると思います。もう少し効率よくやれるかと」


 エルフのご先祖様を悪く言うつもりはないので、ソフトな発言を心がける。


「改善、ですか……」


 カレン女王は少し声を落とした。エマン王は、やりとりを注視しているが、後ろでジャルジー公爵とフィレイユ姫が、しげしげとアエウ・ボートを見上げている。物珍しいのだろう。


「改善をお願いしたら、引き受けてくださいますか?」


 女王の発言を受け、俺はちら、とエマン王へと視線を送る。一応、国が絡んだ要請である。いままでさんざん勝手にやってきたとはいえ、国王陛下がいる前では少々自重しないといけない。


「ちなみに、その改善とやらは?」


 エマン王が口を開いた。いくつかあるが、一番重要なところだけ俺は答えることにした。


「操舵の効率化ですね。現状、二人がかりで船を操っているのですが、いざという時の機敏な操舵を行うのが難しくあります。操舵手が一人で済むなら、より複雑な操縦も可能になるでしょう。あと、前方視界の不良の解消も必要かと」

「たった一回操っただけで、そこまでわかるのですか?」

「一回操るだけで十分わかりますよ」


 一人で戦闘機を操縦すれば、ね。


「問題の解消方法はありますか?」

「操舵系統を一つにするのと、操縦室はマストより前に持っていくことですね。やれと言われれば改善に取りかかれますが――」


 俺は再度、エマン王を見た。王は頷いた。


「ジン。女王陛下の要請に応えてあげなさい。エルフの里は、我らが友邦である」

「承知しました、陛下」

「ありがとうございます、エマン国王陛下、そしてジン様」


 カレン女王は恭しく一礼した。


「そういえば、古代文明時代の船はあれからどうなりました?」


 と、カレン女王が話を振ってきた。機械文明時代のシズネ艇だな。エマン王が何のことか聞いてきたので、エルフからもらった経緯を説明しつつ第三格納庫へ一同を案内した。


 シズネ級小型艇――全長40メートル近い艦体を目の当たりにし、王族一同は驚いていた。カレン女王は宝物庫でその姿を見ているから、さほど表情に変化はなかった。


「綺麗になりましたね」

「ウン千年のサビが落ちましたから」


 苦笑する俺。エマン王が目を見開いた。


「これが、エルフから譲り受けた古代文明時代の……」

「これは飛べるのか!?」


 ジャルジーが声をうわずらせた。


「飛べるよ」


 うちには機械文明時代のディアマンテさんがいるからね。俺は艦体脇のタラップに歩み寄る。


「せっかくなので、飛行させますか。この中で同乗したい方もいるでしょうが――」


 ジャルジーとフィレイユ姫が、案の定きらきらした目を向けてきた。


「一度も飛んだことがないので、今回は我慢を。いきなり事故って墜落、爆発なんて嫌ですからね」


 ということで――俺は、いつの間にか格納庫に来ていたアーリィーに顔を向けた。


「皆様を安全な場所へ誘導してくれ、アーリィー」

「……動かすなら、ボクも乗りたかったんだけど」

「君が乗ったら、他の方々も乗りたがるでしょ」


 特に乗りたい視線を浴びせるジャルジーとフィレイユ姫が、何かを訴えるような目をアーリィーに向ける。それを見て、お姫様はため息をついた。


 俺はタラップを上がり、シズネ艇に乗艦する。操縦室へと向かえば、来たるべき任務の時にこの艦を操ることになるシェイプシフター乗組員たちがいた。


 操縦室の前方左が操縦席、その隣が火器管制席。前席の後ろに床に埋もれるように一段低くなっていて、そこにレーダー手席と通信席がある。そのさらに後ろに収納式の艇長席がある。ちなみにシップコアは、操縦席と火器管制席の間にある。


「こいつを飛ばすことになった。準備にかかってくれ」


 それを聞いた途端、シェイプシフターたちは担当の席につき、それぞれの機械を立ち上げる。


『シズネ1より、サフィロ・コントロール。ソーサラーより、発進要請』


 通信担当のシェイプシフターが通信機から、ウィリディスを管理するダンジョンコアサフィロへ呼びかける。


『こちらサフィロ・コントロール。ソーサラーの乗船を確認。マスターからの直接指示を請う』


 サフィロから、俺の指示かどうかの確認の返信が来る。SS通信士が、ヘッドセットを寄越してきたので、受け取った俺は呼びかける。


「サフィロ、こちらソーサラー。飛行目的は、シズネ1の飛行試験。ウィリディス上空を周回する予定だ」

『承認。ウィリディス上空はクリア。発進を許可します』


 急な予定だが、上空がクリアということは、他に飛行している航空機はなしということだ。たまにリアナとか、近衛たちが戦闘機の操縦訓練をやってたりするからな。

 SS操縦士は手際よく、シズネ艇を稼働状態へ持っていく。俺は艇長席を引き出そうするが、シップコアが反応し、自動で席を展開した。……気が利くね、ほんと。


『右第一、第二エンジン、左第三、第四エンジン、異常なし。フレキシブル・ブレード、可動良好』


 操縦士からの報告に、俺は艇長席に腰掛けた後、頷いた。


「通信士。管制に、こちらの発進準備は完了したと伝えろ。格納庫のゲートを開け」

『了解。シズネ1より、サフィロ・コントロール――』

「操縦士、ゲートの開放と当時に、艦体浮遊1.5。微速前進にて、外に出ろ」

『了解、艇長。――艦体浮遊、1.5』


 第三格納庫のゲートがゆっくりと開かれる。その間に、浮遊石の力でシズネ艇が床よりわずかに浮かび上がる。


 正面に障害物はなし。ギャラリーたちも脇に待避している。四基あるエンジンのうち、右上の第一、左上の第三エンジンがほのかに噴射炎を引き、シズネ艇の艦体を前進させた。


 シズネ艇は、するりと格納庫のゲートをくぐり、外へと飛び出した。高度をゆっくり上げつつ、速度を徐々に上げる。操縦士が最大速度のおよそ半分である強速を告げた頃には、シズネ艇はウィリディスの地の端まで移動していた。


「操縦士、回頭180。回頭後、速度を第一戦速へ」

「回頭180――」


 シズネ艇は緩やかに旋回する。操縦室の窓から差し込む日差しが作る影も、それに合わせて動く。


 いいね。戦闘機に乗っている身からすると、機敏さでは勝てないが、充分速いターンだ。


 その後も、シズネ艇は問題なく飛行を続けた。速度を上げたり下げたりを繰り返したが、エンジンの再生修理も完璧だったようでトラブルはなかった。さすがディアマンテ、いい仕事だ。


 格納庫前までゆっくりと降下、その駐機スペースを経由して第三格納庫へと入る。

 さっそくSS整備員たちが、シズネ艇の艦体チェックとメンテを開始する。

 接続されたタラップを使って降りた俺を、王族一同とカレン女王が出迎えた。


「兄貴、凄い船だった!」


 ジャルジーが興奮を露わにした。……下でシズネ艇の飛行は見ていたのは予想がつく。


「次! 次、オレを乗せてくれ!」

「わ、わたくしも!」


 負けじとフィレイユ姫が手を上げる。後ろでエマン王とカレン女王、そしてアーリィーが苦笑いを浮かべている。

 まだ初回のテストだから、安全性が保障されたわけではないと釘を刺しておく。


 その後の話し合いで、シズネ艇の少数生産が決定された。


 カレン女王は、ヴェリラルドの王族たちと夕食を共にした後、ポータルでエルフの里へと戻っていった。


 残ったアエウ・ボートとその乗組員たちに宿舎をあてがいつつ、さっそくエルフの浮遊船の改造案を考える。舵のコントロールを一人でできるように、操縦システムを新造して載せ替える。


 だが視界確保のためにブリッジを船首に持っていく案は、搭載された旋回砲の都合上、大改装になってしまうので取りやめた。


 代わりに船首にコピーコアカメラを搭載して、その映像を操縦席前に設置した転写装置モニターで見ることで前方視界を確保する方法を採用した。


 手抜き? いや、面倒の少ない効率的方法と言ってほしいね。

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