第596話、エルフ浮遊船団
ウィリディスにエルフの里から、カレン女王とエルフの一団、そして小型浮遊船が到着した。
女王自ら来訪されるとエルフ側から通告されたので、冬の間ウィリディスにこもっているエマン王に話を通しておく。他国の王族が来るのだから、当然である。
「おお、カレン女王が!」
するとエマン王は、女王を出迎えるべくコタツから出て正装をし始めた。
ウィリディス領主である俺と共に、格納庫前の駐機スペース前に、近衛たちを集めてお出迎え。
「
式典や外国ゲストを迎える際の儀礼専門部隊のことである。きらびやかな装備をまとったそれらは、その国の精強さをアピールする意味でも目立つ。
エマン王が眉をひそめれば、正装の上に防寒着をまとった俺は肩をすくめた。
「ウィリディスは隠れ家みたいなものですから。式典とは無縁です」
「それはそうなのだが……」
「それに女王陛下も、公式ではなくお忍びでの来訪ですから、あまり派手にやるのは好まれないかと」
大ポータルを経由して、ウィリディスに姿を現すエルフのボート型浮遊船。それが一隻ずつ順番に並んで、ゆっくりと航行する。
「ほう、あれがエルフの空を飛ぶ船か」
エマン王の眉間のしわが深くなる。他国に飛行する船があり、自国が保有していないとなれば面白くないのは当然だ。……まあ、義父さんは、ポイニクスをはじめ、ウィリディス製航空機を見ているわけだが。
駐機スペースにエルフの浮遊船が、のろのろと着陸する。地面にぶつけないように慎重に下ろしているつもりなのだろうが……。
むき出しの
エルフのカレン女王を迎える俺とエマン王。にこやかに新年の挨拶の後、場所をウィリディス食堂に移し、会談となった。
今回の、エルフ浮遊船の操船術向上のために訓練場を提供した俺と、ヴェリラルド王国に感謝を表明するカレン女王。エマン王はエルフとは今後とも交流を深めていきたいと告げ、友好関係を強調した。
「ヴェリラルド王国が、人族以外にも寛容な国であることは存じ上げております。貴国とは今後もよき関係を維持していきたいと思っております、エマン陛下」
カレン女王も同意した。今では大陸に多くの人間の国があるが、その中でも亜人種族に対して、ヴェリラルド王国は大きな迫害も差別もない国として知られている。
この世界にきて二年の俺も、そういう差別の強い国も見てきたから、エマン王が決してエルフに対して調子のいいことを言ったのではないのはわかる。
軽い会談の後、そのままウィリディス食堂で昼食。カレン女王陛下は、むしろその食事を楽しみにわざわざ足を運んだようなところがあった。特に何かしたわけではないのだがエマン王は大変誇らしげであった。
食事には、サーレ姫とフィレイユ姫も同席し、美貌のエルフ女王との会食を楽しんだ。
途中、エルフの要人が来ているとは知らなかったジャルジーが、食堂に現れ、ちょっとした騒ぎになった。
「な!? え、エルフの女王!?」
カレン女王とは初めて会うジャルジーは、珍しくガチガチに固まってしまった。
「あ、え、あ……」
「しっかりせい、ジャルジーよ。……カレン女王、この者が我が後継、ジャルジー・ヴェリラルド・ケーニゲン公爵だ」
エマン王が紹介し、カレン女王が「どうぞよろしく」と笑みを浮かべると、ジャルジーは「女神だ」と呟き、途端に激しく赤面していた。
王族たちの会食を早々に辞した俺は、格納庫前へと戻った。さっそくエルフたちが『アエウ・ボート』と名付けた小型浮遊船に向かう。
待機していたエルフ船員――もといケルヴェルという船長から、浮遊船について説明を受けた。
痩身で年若い見た目のエルフ船長が言うには、基本的な操船はすでにできるらしい。じゃあ俺が教えることなどない気もしたが、一通り扱い方を教えてもらった後、許可を得て俺が動かしてみることにした。
アエウ・ボートは、マストが船体中央に一本立っている。操船をする
操縦装置は、舵輪式――あの操舵手がぐるぐると回す輪である。……まさしく帆船だ。まあ、船の形からして、モデルがそれなのは一目瞭然なんだけどさ。
これ左右はいいけど、上昇や下降の時はどうするの?
と思ってたら、もう一つ、縦方向に舵輪がついた装置があるのが見えた。ひょっとして、あれで上下をコントロール?
ケルヴェル船長に確認したら「そうです」と頷かれた。
……なんてこった! 舵を操るのに二人の人間が必要なのか! なんたる非効率!
まあいい。とりあえず、左右舵の舵輪は俺が操り、上下舵輪は、エルフの船員に任せよう。浮上と速度の上げ下げは……あ、このレバーか。
そんなこんなで、アエウ・ボート浮上! エルフ船員が上下舵輪を操作し、船首が上へと向いて浮かび上がる。
しかし、俺は早くも目の前の光景に絶句した。
アエウ・ボート中央に立っているマストである。これがブリッジからの視界を狭めている。特に左右舵担当の俺の真正面にデンと柱が立っている状態だ。
ゆっくり飛ばしている分にはいいが、素早い操船や空中機動には向いていない。何故、船首に操舵をつけなかったんだ。
モデルとしただろう帆船は、舵が後ろにあるから操舵装置も後ろに置かざるを得なかったが、このアエウ・ボートはそうではないのに!
とりあえず風を受ける帆を張らずに、舷側に三枚ずつついている風魔法発動板を操作して飛ばしてみる。
搭載されている浮遊石のおかげで浮かび上がるのは問題なく、重量制限のくびきもないので、風魔法による噴射で十分、アエウ・ボートは飛行した。
甲板やブリッジは吹きさらしだが、浮遊石の風制御のおかげか、速度を出しても風をあまり感じなかった。……これ、帆を広げる意味あるのだろうか。疑問に思いつつも、冬の空気は冷たく、寒さを感じる。
舵は、大きくない船体ゆえか、なかなか機敏な反応だ。随伴したエルフの操船員たちは、何故か青い顔をして船体に身を預けていたが……。
「ひょっとして、あまりスピードを出したことがないのか?」
聞いてみれば「そうです」とケルヴェル船長は蒼白のまま答えた。マストに帆を張ると視界が……と、やはり前方視界の不良のせいで、あまりスピードを出せなかったらしい。
「ちなみに、砲を撃ったことは?」
「ありません」
「なら、撃ってみよう」
俺はアエウ・ボートを、ウィリディス東の演習場へと向けた。
ボートの船首には旋回式の電撃砲が一門、装備されている。操舵室の後ろにも同様に旋回砲が一門。戦闘は一応できるようだが、あるいは自衛用かもしれない。
ただこの旋回砲、
砲の操作はわかるが、撃ったことがないというエルフ砲手のために、演習場の上空でアエウ・ボートを停止。上下舵担当操舵手に船体を的の方向に傾けさせ、射線を確保する。
どういう弾道を描くかわからないが、電撃砲らしいので、とりあえず直接照準をさせる。外れたら修正すればいい。
ケルヴェル船長の合図で、船首砲が電光を放った。紫色の電撃弾。砲の大きさの割に、弾はしょっぱいな……。ほぼまっすぐに飛んだ電撃弾は、見事的に命中した。
エルフ船員たちが「おおっ!」と歓声じみた声をあげた。……うちで使ってるサンダーキャノンのほうが威力は上っぽいな。
それからウィリディス上空を一回りして、俺はアエウ・ボートを格納庫前の駐機スペースに下ろした。船長を始め、船員たちは初めて撃った電撃砲に興奮しているようだが、この船の欠点に目がいく俺は、とてもそんな気分ではなかった。
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