第591話、デュレ砦の盗賊団


 歩兵戦闘車エクウス一両、浮遊偵察バイクウルペース一〇台が、雪の平原を突き進む。


 高高度を飛行する大型偵察機ポイニクスの最新報告によれば、リヒト君を連れた盗賊たちは、馬を降りてデュレ砦の中に入ったらしい。

 さらに複数の盗賊らしき人間の存在を観測したと報告してきた。


 移動するエクウスの兵員輸送室で、新たに砦とその周辺の地図データを受け取る。砦は低い丘の上に立っており、周りは林に囲まれている。現状、確認できた敵は一〇人ほど。ただし中にいる人数は不明だ。


 どうしたものかと俺は考える。

 ポイニクスの観測機器では、砦の中がどうなっているかまではわからない。人質であるリヒト君がどこに連れ込まれて、囚われているかも定かではない。

 それがなければ、外から大口径の砲や魔法を撃ち込むこともできるんだけどね。


 さて、腐っていても砦。人数がいるなら盗賊団といえどそれなりに厄介だ。リヒト君を盾にされるようなことにでもなれば、手も出しづらい。


 ……まあ、あるいはこちらの見える位置まで彼を引っ張り出してもらって、そこで救助する手もある。だがその場合、何かヘマしたときのリスクがでかいからなぁ。


 理想を言えば、こっそりリヒト君の居場所を見つけ出して、彼が人質にされる前に救出する。


 ……。


 透明化して砦に忍び込み、DCロッドでテリトリー化と索敵。リヒト君を見つけて確保したら、転移魔法陣で砦の外へ――これだ。


 と、いうわけで、砦を囲む林、その林道に差しかかる手前で、部隊を停止させる。俺は主な面々に作戦を説明した。


「お一人で行かれるのですか?」


 マルカスが問うた。俺は革のカバンストレージからステルスマントを出す。透明化なので本当は見えないマント、インヴィジブルマントが正しいか。


「心配するな。一人じゃない」


 ディーシーがいるからな。後、透明化マントは、手元にはこれしかなくてね。サキリスも持っているけど、ここにはいない。


「ボクたちは、砦の外から盗賊を牽制すればいいんだね?」


 アーリィーがそう言ったので、俺はマントをつけながら頷いた。


「合図をしたらな。それまでは極力注意を引かないように」


 後の指揮は、アーリィーに任せる。通信で、近衛隊やシェイプシフター兵にもその旨伝える。


「じゃ、行ってくる」

「気をつけて」

「ジン殿、息子を、頼みます……」


 ラッセ氏のまっすぐな視線を受け、俺は首肯した。


 さて、外に出て、エアブーツによる浮遊。そして加速で雪に足跡をつけずに高速移動。

 フード付き透明マント、その魔法効果発動。俺の姿はたちまち周囲から見えなくなった……はずだ。



  ・  ・  ・



 日が傾きつつある。

 デュレ砦。かつては強固だった砦は、見るからに廃墟とわかる姿で建っていた。


 城門らしき入り口はあるが、跳ね橋も内側の扉もなかった。鋸壁のこかべも欠け、一部は崩れていたので侵入口を提供している。


『一見すると、隙だらけに見えるのだがな』


 DCロッド状態のディーシーが、俺の手の中で言った。それな。

 見上げれば、防衛の際に活躍しただろう円形の塔も一つを残しなくなっていた。中央の天守閣キープらしき建物は、一応残っているのが見えた。

 その気になればどこからでも入れるが、とりあえず見張りが手薄な場所を選んで、俺は砦に入り込んだ。

 透明状態なので、音に注意だけして監視をくぐり抜ける。


「ん……?」


 一瞬、耳障りな小悪魔の声を聞いたような。

 グレムリンがいるか? 悪戯好きの小悪魔は、廃墟などに住み着くことは珍しくない。盗賊がアジトとして使っていると思っていたが……あるいは使役している奴がいたりしてな。


 魔術師がいるなら厄介だ。透明化していても、魔力探知で看破される可能性もある。今のところ、魔力サーチはされていないけど、心構えはしておこう。


 砦内は薄暗い。壁に空いた穴や、小さな窓から差し込む光も、どこか心許ない。俺はマントの下に手を突っ込む。そういえば、昔作っていたのを忘れていた。英雄時代に、潜入用の装備として作ったコンバットマスク。


 ぱっと見は仮面だ。正体を隠すため用なのだが、暗視魔法に視野拡大魔法を標準装備。


 ふと、これのマスクの量産モデルをそのうち作ろうか、と思った。透明マントにマルチ機能付きマスク。リアナが言う特殊部隊向けに作って、ウィリディスで編成するのも悪くない。


 ……と、いかんいかん。今は救出任務に集中だ。


 人の気配がないのを見て取り、DCロッドを使用。デュレ砦全体をテリトリー化。同時に索敵開始。

 砦内部の人員をスキャン。魔術師がいるなら、このスキャンに気づくかもしれない。……反応しろよ、その時は、真っ先に始末してやる!


『反応はないな。魔法を使える者はいても、魔術師レベルの者はいないだろうな』


 ディーシーさんのお墨付き。幸い、スキャンによるマップ形成で確認した赤い光点に、明らかな反応を示した者は存在しなかった。


 人間が28人。……うち地下の一部屋に8人ほど。小柄のようだが、ひょっとして他で誘拐されていた子供か? その部屋の前には見張りと思える者が一人立っている。


 他は見張りに分散していて、人が集まっている部屋は三つほど。砦の構造からみて、ひとつは調理関係、もうひとつは兵員の休憩室。最後はキープの――おそらくリーダーの部屋。


 リーダー部屋にも、子供の反応がひとつ。他に大人二人。……盗賊団の子供か、はたまた誘拐されたリヒト君か。地下か、上か。どっちだ――?


 俺は考える。捕まえた子供を一カ所にまとめておくのは定石。管理が楽になるからだ。だがリヒト君は、連れてこられてまだ時間もさほど経っていない。ここのリーダーが彼の扱いをどうするか思案するために、自分の部屋に引き入れている可能性もある。

 あるいは尋問とか拷問の可能性も……。


 まず、リーダー部屋へ行こう。そこにリーダーがいれば倒して、リヒト君がいれば救出。いなくても頭を潰しておけば、その後も楽になる。


 DCロッドのスキャンとマップを頼りに、砦内を進む。盗賊に出くわさないようにルートを選び、時に通過を見届け、音もなくキープ内、目標の部屋と上がる。


 さて、扉の前に来た。部屋の中は、大人二人に子供ひとり。入ろうとすれば音が聞こえるし、仮に音を遮断する魔法を使っても、位置によっては扉が開くのが見える。

 とりあえず、中の様子に耳を澄ませる。


 ……。


『――ビラードはあたしにとっては夫だったんだ!』


 女の声。


『弟に続いて、ビラードまで! ちくしょう、ヴァリエーレめ! ヴァリエーレめ! お前のところの家のせいだ!』


 相当、お怒りのご様子。ビラードというのは確か、盗賊団の頭だったな。中の女は妻か。そして「お前のところ」というのは、リヒト君かな? オーケー、これ以上、大人の怒りに5歳児がさらされるのはよろしくない。


 睡眠の魔法スリープ。対象、部屋内の三人全員。


 俺は無詠唱で、魔法を行使する。すると中から、例の女の声。


「ちっ、どうしたんだい、いきなり意識を失って――って、お前もかい! おい、なに寝てるんだよ、ガス!?」


 あれ、他の二人は寝た様子なのに、女は一向に眠る気配がないぞ? 魔法が効かない? 防御系の魔法具を身につけているのか?


 まあいい、それなら強攻だ!


 俺は扉を開けて、室内に踏み込んだ。

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