第592話、リヒト少年救出
見れば部屋の真ん中で、女――軽戦士の格好をした人物がしゃがみ込んでいた。
俺の使った睡眠の魔法で倒れている盗賊仲間を起こそうとしている。
血まみれビラードの妻と思しき女戦士は、茶色い長い髪。俺の位置からは顔が見えないので年の頃はわからないが、意外とほっそりしている。
「お、ちょうどいいところに来たね。何か知らないが、いきなり倒れ込んじまって――」
仲間と思ったのか、女戦士は振り返った。だが透明状態の俺の姿は当然、見えない。
「……?」
訝る女戦士。その素顔は三十代か、かすかにしわが刻まれつつあるが、まだまだ力強さを感じさせ、悪くない。そのブラウンの瞳のある目元は険しく、さながら狩人のように鋭い。
「またグレムリンの
俺が抜いたナイフの刃を捉えたのは、一瞬。だがその刹那で、女戦士は飛び退き、自身に迫った凶器を逃れた。
ち、魔法が効かないかも、と物理攻撃を選択したが、あれを避けるか――
「何者!? 姿を見せなッ!」
女戦士は、腰に下げていたダガーを抜いて構えた。すっかり臨戦態勢だ。
俺はDCロッドを右手に、左手を女戦士に向ける。どれ、本当に魔法が通用しないか試してみよう。単に、状態異常を防ぐ魔法具の可能性もあるしな。
ぐっ、と女戦士は自身の首に手を当てた。見えない魔力で、俺は彼女の首を締め上げる。浮遊の魔法をかけて、そのまま女戦士の身体を浮かせて宙に吊り上げた。
「――ッ!」
どうやら、こっちは効くようだ。地に着かない足をばたつかせ、必死に首元の圧迫から逃れようとする女戦士だが無駄なことだった。……あまり流血はさせたくない。いま眠っているとはいえ、
窒息を待つのも苦しかろうと思い、首をへし折る。糸の切れた人形のようになる女戦士。さっきまで子供相手にトラウマものの罵声を浴びせていた相手に慈悲はない。
ビラードの妻らしい女戦士の遺体が床に落ちる。盗賊のお仲間が一人、魔法で眠っているが、起きる様子はなかった。今のうちに、リヒト君を保護して帰ろう。
粗末な敷物の上に座り込んでいるリヒト君。手を縄で縛られている。俺のかけたスリープの魔法で眠っているが、目元には涙の跡。怖かっただろうな。
ディーシーには杖から人型になってもらって、その間に俺はナイフで、少年を縛る縄を切ると、その身体を抱き上げる。五歳と言っていたが、そこそこ重くなってるね。身体は小さいのにさ。
「さて、最重要だったリヒト君はこれで大丈夫だ。後は地下にいる子供たちだが……」
「この配置からすると、盗賊どもの子供というわけではなさそうだな」
ディーシーがマップを表示した。一人が見張りについていて、他は狭い部屋に寄り集まっている。どう見ても、監禁だよな。
「とりあえず、転移魔法陣を使って地下に行って、そこから砦の外へポータルで脱出ってのでどうだ?」
「承知した、主」
ディーシーは、すぐに転移魔法陣を床に展開した。この砦は、すでにテリトリー内である。
早速、魔法陣に乗って移動すると、そこには子供たちが怯えていた。悲鳴をあげそうだったので、とっさに静かに、とジェスチャー。
「助けにきたぞ」
リヒト君を抱えてやってきたから、少なくとも盗賊の仲間には見えない……はずだが、逆に奴らの仲間に見えるか?
とりあえず、そこからポータルを開く。またまた子供たちが震えた。
「そのリングの向こうは砦の外だよ――」
ガチャガチャと扉の鍵を開ける音が聞こえた。外の見張りに気づかれたのだ。
「奴らが来るぞ、急げ」
「――何を騒いで……って、お前何者だ!? どこから入った!」
扉を開けた盗賊が腰のナイフに手をかけた。悲鳴を上げる子供たちに「急げ!」と促す。左手に魔力をまとい、吹き飛ばす!
「うわっ!?」
派手な音を立てて盗賊は飛んだ。これだけ騒がしくすりゃ、ビビって子供たちも逃げるだろう! どうだ!?
ディーシーが転移してきた時、子供たちの半分はポータルの向こう。残りも直に入る。
「侵入者だぁーっ! ガキが逃げるっ!」
先の盗賊が仲間を呼んだ。フフン、今から呼んでももう遅いさ。
「主!」
「おう!」
子供たちは脱出。ディーシーもポータルに入り、俺も飛び込んだ。その先には銀世界が広がっていて、出てきた子供たちを騎士たちが保護していた。
「ジン!」
「ジン殿!」
アーリィー、そしてラッセ氏が俺、そして抱えているリヒト君に気づいた。……おっと、ポータル解除。
俺たちの後を追ってきた敵の目の前で転移魔法を消してやった。さて、俺は向き直り、ラッセ氏を見た。
「お待たせしました、ラッセ殿、ご子息は無事、助け出しました!」
・ ・ ・
捕虜となっていた子供たちがいなくなれば、もはや砦攻撃を躊躇う理由はない。怒りに燃えるラッセ氏のヴァリエーレ家の部隊と、我らがウィリディス軍が総攻撃をかけ、デュレ砦の盗賊団は壊滅した。
早々と逃げ出した盗賊たちも、近衛騎士とヴァリエーレの騎士によって逮捕、捕縛された。
なお、砦の地下室にいた子供たちは、誘拐、監禁されていた子たちで、全員で八人いた。子供たちは保護。やや栄養失調気味であるが、命に別状はなかった。
ラッセ氏は、息子が無事に帰ってこられたことに大変喜んでいた。
そのリヒト君は、盗賊たちに捕まり脅されたせいか、精神的なショックを受けたようだった。……PTSD。いわゆる心的外傷後ストレス障害になっていないといいのだが。
「ジン殿、本当にありがとうございましたっ!」
「無事に助け出せてよかったですね」
手遅れになっていたら、と思うと怖い。生きていたからよかったものの、いきなり殺していたら、こっちも間に合わなかったわけで、そうなるとラッセ夫妻の悲しみと絶望は想像を絶する。
その後、俺たちは、ヴァリエーレ家に戻った。ウィリディスからの増援部隊には撤退してもらい、近衛隊は、俺たちが滞在中は伯爵屋敷の警備に残った。
「すまんな、オリビア隊長」
「いえ! 警護は我々の仕事ですから!」
体力馬鹿のきらいがあるオリビア隊長は元気だった。砦の攻撃でも、ウィリディス軍が中心で、近衛隊はアーリィーやラッセ氏らの警備支援に回っていたからな。
さて、マルカスの家だが、バルム伯爵は、孫が無事戻ったことを安堵した。フィーエブル団が壊滅したことに喜び、俺に感謝の意を示した。
そしてバルム伯爵、ラッセ氏、マルカスが家族会議するということで、俺たちは別室にて休息がてら待機となった。
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