第590話、追跡
フィーエブル団とヴァリエーレの騎士たちの攻防は激戦となり、双方に死傷者が出た。
正面の兵力を俺たちが一掃したことで、盗賊団は手駒が不足。結果的に屋敷の制圧に失敗することになる。
しかし賊は、裏手から屋敷内に侵入を果たし、一時的とはいえ、バルム伯爵の命を狙い、すぐそばまで迫ったらしい。
だが居合わせたマルカスが敵リーダーを討ち取り、当主を救った。
ここまではいいニュースだ。だが悪いニュースもある。
ラッセ・ヴァリエーレの息子リヒトが、フィーエブルの者に誘拐された。
屋敷の裏手で雪だるまを作っていたらしい。リヒト少年がこしらえていた雪だるまの兵隊が崩れているのを見たメロウナ夫人は取り乱し、泣き崩れた。
普段は温和なラッセ氏も、血相を変えて、「すぐに賊を追撃しろ! リヒトを取り戻すのだ!」と怒号を発していた。
しかし、と、ためらいがちに報告したのはハリガン騎士長だった。
「敵は
負傷者が多く、すぐ動ける者は半分ほどだった。なお、俺とアーリィーは、そんな怪我人たちに治癒魔法をかけて回っていた。
割と深い傷も治っていく様に、同僚騎士たちは声を上げ、戦力は回復しつつあった。
「……ジン殿とアーリィー殿下が、治癒魔法を掛けてくださっている。人数は揃うだろう?」
ラッセ氏はハリガン騎士長を脅すような調子で言った。
「はあ、しかし――」
「しかし? しかし何だ!?」
「落ち着け、我が息子よ」
バルム伯爵が表に姿を現した。傍らにはマルカスもいる。
「馬が揃わねば追いつけん。今は立て直しが急務だ」
「しかし、父上! いまこうしている間にもリヒトは! 奴らに殺されるかもしれない!」
ヴァリエーレ家に恨みのある盗賊団である。リーダーの弟を処刑した報復に、リヒト少年を惨殺し、その死体を吊すかもしれない。その言葉に、夫人が声を上げて泣いた。
早めの治療が必要な者の手当てが済んだ俺は立ち上がると、魔力通信で呼びかけた。
『こちらソーサラー。ポイニクス、逃走する敵残党は?』
『こちらポイニクス。現在、追尾中。……対象と思われる子供を乗せた騎馬とその護衛が四騎、北東方向に移動中』
上空に滞空するポイニクスの目が、フィーエブル団の残党の動きを捕捉している。
俺は、援軍として来たシェイプシフター兵の一人を呼ぶと、観測装備であるトキトモ式戦闘双眼鏡を借りた。
カメラにも搭載しているコピーコアを内蔵。距離測定のほか、暗視機能、魔力探知、撮影、内蔵コアによる画像転送が可能だ。
『了解した、ポイニクス。こちらでも追跡に移る。周辺地図のデータをこっちに回せ』
戦闘双眼鏡に割り振られたナンバーを確認して、俺はポイニクスに、地形データ転送を命じる。
ストレージから魔力紙を出して、それを広げようとして……テーブルがないことに気づく。屋敷の裏手、つまり屋外で、下は踏み荒らされた雪。
『団長』
そのシェイプシフター兵が、魔力紙と同じサイズの板を俺に渡した。どこから出した、いや、多分シェイプシフターが自分の身体の一部を使って板を形成したのだ。変幻自在の黒スライムが本体だからな、彼らは。
板の上に魔力紙を置き、さらに双眼鏡のコピーコアのある面を向ける。コアが淡く光り、ポイニクスからのデータを転送、それを魔力紙に転写した。……こうした転送自体は機械的ではなく、コア本来の機能である。
「何をしているのかね、ジン殿」
俺のやっていることが気になったのか、バルム伯爵がやってきた。ちょうど、魔力紙が地図になった。
「これからリヒト君を取り戻すために行動するので、その準備ですね」
「行動……救助に参加すると!?」
「もちろんです」
何を驚かれているのかわからないが、マルカスの甥っ子が誘拐されたとあれば、協力しない理由がない。
ポイニクスからもらった地図データを見つめれば、バルム伯爵に続いてラッセ氏もやってきた。
「ジン殿、これは……」
「地図ですよ。――『ポイニクス、敵の動きは?』」
トキトモ式戦闘双眼鏡をSS兵に預ける。その兵士はコピーコア面を地図に向けたままにしておくと、赤い光点が一点を照らした。
「この赤い点が、現在、リヒト君を連れていると思われる敵残党です」
「なんと!?」
伯爵もラッセ氏も驚愕した。まあ、そりゃそうか。地図の上で、敵の位置までわかるんだもの。
……と、このときは思っていたのだが、後でマルカスに聞いたところ、敵の位置もだが、精巧な地図にも驚いていたらしい。ちょっとした感覚のズレ。
「それで、敵の逃走経路ですが、この先に何かありますか?」
土地勘がないので、地元の方の意見を聞く。ラッセ氏が唸り、マルカスが地図を覗き込みながら口を開いた。
「確か、この先は廃城があったような……」
「城ではない、砦だ」
バルム伯爵は苦虫を噛んだような顔になる。
「デュレ砦……まあ、老朽化して主も死んでから放置されているが」
「そこが、盗賊団のアジトに?」
「いや、そこは無人のはずだ。配下の騎士が確かめ――」
そこまで言って、バルム伯爵は口を閉じた。みるみるその顔が赤くなる。
「そうか、ペルダンテめ! 無人などと嘘の報告をしておったなッ!」
激昂する伯爵殿。
ペルダンテ? ――俺がマルカスを見れば、「うちに仕えていた騎士です」と答えた。今回、盗賊団を手引きした裏切り者だという。
なるほど、盗賊団の一味だった騎士が、虚偽報告してアジトの存在を隠していたわけね。
まあ、まだアジトではなく、ただの中間点かもしれないが、敵アジトと思って行動したほうがよさそうだな。
「盗賊連中がリヒト君をどう扱うかわからないので、早めに助けに行かないとな」
伯爵の命を狙った行動からして、子供の誘拐は予定外だったはずだ。その場で殺さなかったのは、暗殺失敗の時の保険か。
何にせよ慎重な奴もいたということだろう。だがリーダーを失って、腹いせに人質を殺す可能性もある。
俺は
「助けに行くんだよね?」
「もちろん。……マルカス」
「お供します!」
「ジン殿、私も連れて行ってもらえませんか!」
ラッセ氏が、すがりつくように俺の腕を掴んだ。
「リヒトを、助けたいんです!」
父親として息子を救いたい気持ちはわかるが……この人、連れて行って戦力になるのかな?
エクウスの兵員輸送室は最大一〇人までは乗れる。エクウスの速度を落とすなら、車体の上に乗るのもありではあるのだが。
俺、アーリィー、マルカスときて、残りはSS兵と土地勘のある騎士の一人か二人連れて行くつもりだったけど、ラッセ氏は……うーん。
「殿下が戦地に行くなら、我々が護衛いたします!」
それが近衛である。ちょうどいい、というべきか、あるいは、来るのが遅いと注意すべきか迷うところであるが、まあいい。SS兵と何人かヴァリエーレの騎士たちをウルペースに乗せてやれば、ラッセ氏の席もあるな。
俺は、次期当主である彼の肩を叩いた。
「では、行きましょう。ご子息を助けなければ」
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