第589話、フィーエブル
それは、ヴァリエーレ領を中心に活動する盗賊団らしい。集落や行商への襲撃、女子供の誘拐。要するに悪党である。
それがヴァリエーレ伯爵邸を襲撃してきた。何とも運の悪いことであるが、ラッセ氏曰く、先日逮捕、処刑したフィーエブル団幹部の報復かもしれないと言っていた。
「リーダーの弟だったそうで」
あ、なるほど、そりゃ討ち入りする理由にはなるか。騎士が守りを固める屋敷へ攻撃というのが、どうにも結びつかなかったのだが、深い恨みとあればなくはない。
「まあ、本当に運の悪いのは、むしろあちらだろうがな」
何せ、俺たちが来ていたから。
屋敷正面を見渡せるバルコニーに出る。ヴァリエーレの騎士たちが武器を手に正面に集まっている。
そんな中、鎮座していた
敵集団――フィーエブルどもは、騎士たちがいるのを見て雄叫びを上げた。
防寒用のマントをまとう男たちは、いかにも盗賊と言わんばかりの薄汚れた姿。手には斧や剣、簡素な槍を持っている。
威勢のいい声が木霊する。まるで獣の遠吠えのようだ。威嚇、いやこれは陽動かな。
遙か上空から屋敷一帯を監視しているポイニクスからは、敵はすでに包囲して接近していると言うし。注意を引いて、他方向から攻めるつもりだろう。
「ジン殿!」
ラッセ氏がバルコニーに駆け込んできた。俺は振り返る。
「ラッセ殿、正面は引き受けます。敵は屋敷を囲んでくる。騎士たちには側面と屋敷の背後の守りを!」
「あ、いやしかし――」
その瞬間だった。まるで彼の言葉を
これまで聞いたことのない轟音に、ラッセ氏が慌てて耳を塞ぐ。耳をつんざく重々しい銃声が立ち続けに鳴り響き、盗賊戦士の身体がパッと花開くように赤い飛沫が舞った。
砲塔が右から左へ。線を引くように横に薙ぎ払われた射線。盗賊たちは何が起きたかわからないまま、身体を鎧や防具ごと引き裂かれ、雪原に鮮血をまき散らした。
正面で立ち止まるから悪い。
射的の的も同然。正面の十名ほどは、瞬く間に一掃された。俺はまずアーリィーを見やり、彼女は左手で耳を押さえていたが、右手は魔法銃を持ったまま、周囲を見張っていた。
「ラッセ殿。……ラッセ殿!」
二〇ミリの銃声に呆然としている次期当主殿の肩を叩いて、現実に引き戻す。
「大丈夫ですか? 正面はお任せを。騎士たちに指示を」
「あ、はい。……ハリガン! ハリガン!」
「はいッ、ラッセ様!」
バルコニーの下、玄関前にいた騎士のうちの一人が、動揺から立ち直り振り返った。
「こちらは、ジン殿にお任せする! 敵は側面と屋敷の裏手からも来る! 迎撃を!」
「ハッ!」
ハリガンという名の、おそらく騎士長と思われる男は、騎士たちを二手に分けて、それぞれ屋敷の側面へと移動を開始した。
正面は引き受けると言った手前、エクウスの他は俺とアーリィーで、玄関口を守らないといけないわけだ。ま、こっちは魔法や銃撃で、近づいてくる敵を迎撃するだけではあるが。
直後、屋敷の右手方向にある森で、何かが落ちてくる音がした。……おそらくポータルポッドだ。ウィリディスに待機しているシェイプシフター兵たちが、ポッドの中のポータルを通ってやってくる!
さて、これでたぶん負けるなんてことはないだろうが、裏手の敵はどうだろうか。ヴァリエーレの騎士たちは盗賊どもを返り討ちにできるか。
場合によっては、俺たちもそちらに回らないといけないかもしれない。
・ ・ ・
「へへ、てめぇ見つけたぜ、伯爵よぉ~」
バルム伯爵の執務室。そこに踏み込むはフィーエブル盗賊団の大男。
灰色の髪に無骨な顔つき。手にしている武器は包丁じみた形の剣、いや斧か。ここに来るまでに殺してきた者の返り血で斧はもちろん、その鎧も赤黒く染まっていた。
バルム伯爵は席を立つ。
「賊の侵入を許したのか!」
「父上!」
マルカスは間に割って入る。盗賊団の大男は鼻を鳴らした。
「どけ、小僧。おっ死んだ騎士どもの後を追いたいなら別だがな!」
「その灰色髪に、独特の斧――貴様は、フィーエブルの
バルム伯爵がその名を出せば、血まみれビラードは卑しい笑みを浮かべた。
「おうよ、伯爵。てめぇに殺された
ビラードはしかし、そこで首を傾げる。
「父上、ってことは、お前はバルムのガキか? いや、しかしラッセじゃねぇな……? 誰だてめぇは?」
「そいつは、ラッセの弟ですぜ、大将」
ビラードの後ろから、別の男の声。姿を現したのは騎士風の中年男。バルム伯爵は声を荒げた。
「貴様! ペルダンテ!」
「そうそう、アンタにお仕えしていたペルダンテですよ、バルム伯」
元ヴァリエーレの騎士、現盗賊団員のペルダンテは口もとを歪める。
「貴様、裏切ったのか!?」
「いやあ、昨日今日の話じゃなくて、だいぶ前からなんですけどね……。うちの大将がどうしてもアンタを殺したいってんで、こうして道案内をして差し上げたってわけですわ」
まったく悪びれる様子もなく、ペルダンテは赤毛をかいた。
「まあ、元同僚がオレの顔見て、怯んでくれたんで、すんなり来れたわけですが。……つーわけで、バルム伯。ここで死んでくれや」
次の瞬間、血まみれビラードが包丁じみた刃を持つ斧を振り上げて突進した。目の前には、丸腰のマルカス――いや、彼は丸腰ではなかった。
腰に下げていた筒はすでに、手の中。白銀に輝く光の剣がほとばしり、一太刀で振り下ろされた斧を腕ごと切断。返す刃で、ビラードの寸胴な腹回りを一刀両断した。
何が起きたかわからないといった顔のまま、その場に崩れ落ちるビラード。
「え……?」
声を出したのは、バルム伯爵だったのか、はたまたペルダンテだったのか。伯爵暗殺を目論み乗り込んだ盗賊団のリーダーは、あっという間にその命を失った。
「そんな、馬鹿な――」
マルカス坊ちゃん――ペルダンテは呟くと、逃げようと背を向けた。
「逃がさん!」
エアブーツの加速で瞬時に、その背中に体当たり。扉脇の壁に激突するペルダンテは、マルカスの
「かつての主君に刃を向けるとは万死に値するぞ、ペルダンテ!」
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