第588話、招かれざる客


 バルム伯爵との会談の後、俺とアーリィーは屋敷の食堂へと場所を移した。


 マルカスは、父バルム伯爵と親子の会話――おそらく今後のことや、俺やアーリィーとの関係、これまでのことなどを話すことになるだろう。


 待つ間、マルカスの兄であるラッセ氏と、ゆるやかな談話タイム。ちなみに席にはラッセ氏の妻である、メロウナ夫人も一緒だった。


 夫人は二〇代前半。亜麻色の髪に、ほんわかした表情。痩せているというか、かなり細い体型の女性だ。ただ病弱とかそういう雰囲気はない。


 夫人は俺が持参したイチゴのショートケーキを口にし、大変お気に召したようだった。


「まあ、これが王族も嗜まれるお菓子ですか。とても美味しいです」

「口に合ってよかった」


 チョコレートケーキとか、フルーツたっぷりのチーズケーキも考えたのだが、最初は定番アイテムで、と思ってこれにした。


「リヒト、どこに行ってしまったのかしら? こんなに美味しいお菓子があるのに」


 ラッセ氏の息子くんである。今年で五歳になるとか。


「すぐ屋敷のどこかにいなくなるんですよ」

「活発なんですね」


 アーリィーが微笑ましそうな顔になる。バルム伯爵には王族風を吹かしていたのに、夫人相手には、ずいぶんと下からの調子だ。

 そういえば――俺はラッセ氏に問うた。


「先代当主殿のお姿を見かけていないのですが……」

「お爺様は自室で休んでおられます。足を悪くしてしまい、今ではほぼ部屋にいます」


 足を……。お歳を召しているらしいからな。そういうこともあるか。

 俺は頷くと、ラッセ氏に視線を戻す。


「マルカス君は、バルム伯にうちへ来ることを認められるでしょうか?」

「おそらく大丈夫でしょう」


 ラッセ氏は、とっておいたイチゴを頬張った。


「父としては、マルカスをヴァリエーレ領の守備隊長にするつもりだったのですが……」

「彼は優秀だ」

「そう。ですが、領内に置いておくより、王族の近い場所にいられるなら、これを逃す貴族もいないと思います。それに――」


 目を細めラッセ氏は、笑みを深めた。


「ジン殿が『貴族である』というアーリィー殿下のお言葉。これで父が反対する根拠がなくなってしまいましたから」

「冒険者ごときに貴族家系の者が仕えるとは何事か、ですか」

「Sランク冒険者なら価値はあると思うのですが、いかんせん伯爵家の次男ともなると、それなりの身分や体面には気を使うものですから」


 家督を継ぐのは長男。次男以降は予備であり、継ぐ機会がないなら自分でどうにかしろ、とよく言われる。だが男爵や子爵ならともかく、伯爵以上の上位爵位となると、次男でもそれ相応のポストがあるらしい。


「恥ずかしい話、自分が貴族なんて思っていませんでした」


 貴族社会、というか構造についての不勉強さが出た格好だ。家でのんびり、とか、大帝国云々で忙しかった、というのは言い訳でしかない。


「ジンは貴族だよ」


 アーリィーが紅茶を飲み、唇を湿らせた。


「お父様から領地を賜った時点でね。ボク自身、身分をどうこう言うつもりはないから言わなかったけど」


 そのあたり、勉強しておかねばなるまい。ぐぬぅ……。しかしエマン王も黙っているとは人が悪い。

 ま、何はともあれ、マルカスのほうも家から認められるなら、万々歳というところか。いやはや、今回のアーリィーの頼もしさと言ったらね。伊達で王子様じゃなかったわけだ。少し見直した。

 まったりとしたひととき。しかしそれを破ったのは一つの通信だった。


『ポイニクスより、ソーサラー』


 ソーサラー――俺のコールサインだ。戦闘機トロヴァオンに乗っていないのにトロヴァオン1と名乗るのはどうかと思っていたら、こうなった。

 失礼、と俺は席を立つと、壁際へ移動。


『こちらソーサラー、ポイニクスどうした?』


 今回、エクウスでヴァリエーレ領を目指す道中、大型偵察機ポイニクスには上空からの監視と支援を命じていた。集落を迂回したりできたのも、ポイニクスからのナビによる。


『そちらの屋敷に、接近する武装集団を観測。包囲陣形を取りつつ、近づきつつあり。軍事演習でしょうか?』

『少し待て――』


 通信を一度切り、俺は席に戻る。ラッセ氏は不思議そうな表情をしていた。


「屋敷に、武器を持った連中が近づいてきているとポイニクス――あぁ、使い魔から報告があったのですが、何かご存じですか?」

「武器を持った……?」


 ラッセ氏は「ここに?」と首を捻った。


「さ、さあ。何でしょうね……。訓練とか、そんな話は聞いていないし」

「あなた――」


 メロウナ夫人が顔を青ざめさせた。


「もしやフィーエブルでは……?」

「あの、盗賊どもか!」


 血相を変えるラッセ氏。盗賊……、どうやらヤバい連中かもしれない。


「ポイニクス! 接近中の集団は、敵性存在の可能性大!」


 通信再開。


「エクウス、戦闘態勢。武装集団は敵の可能性大!」


 屋敷正面に待機している歩兵戦闘車エクウス。シェイプシフター兵が中で待機している。マギアカノーネに二〇ミリ機関砲は、歩兵程度なら十分すぎる火力を持つ。


『ポイニクス、了解。援軍は必要ですか?』

「戦端が開かれたら、ポータルポッドを投下。上空からの観測、支援を継続しろ。ウィリディスに通報!」

『了解』


 さて、俺が一息ついたところで、ラッセ氏が聞いてきた。


「ジン殿、本当にフィーエブルがこの屋敷に……?」

「フィーエブルか何かは知りませんが、武器を持った集団なのは間違いないですね」


 俺はアーリィーに視線をやった。


「武器は持ってきたか?」

「一応」


 防寒着の下から、拳銃型魔法銃が出てくる。


「鎧とか装備はないけど、防御魔法具は身につけてる」

「よし、じゃ、荒事になるようなら歓迎してやろう」

「騎士たちに警報!」


 ラッセ氏は控えていた従者に叫んだ。


「父上にも報せるんだ! 急げ」

「あなた、リヒトは――」


 メロウナ夫人が、姿の見えない息子のことを気に掛ける。ラッセ氏は従者たちに探させようと言った。


『ソーサラー、こちらポイニクス。正門前の詰め所の兵が攻撃を受けた模様。当直兵はおそらく死亡』


 高高度から観測しているポイニクスからの報告で、やってきたのが間違いなく敵であることを告げた。


「ポイニクス、ポータルポッドを落とせ。……エクウス、正面より来る敵の排除。屋敷には近づけさせるな」


 戦端は開かれた。

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