第587話、実はすでに貴族だった


 騒ぎにならないはずがなかった。

 速度を落として町に近づく時点で、警戒の兵が騎士に通報し、町の入り口には分隊規模の人間が集まっていた。


 さあ、マルカス君、出番だ! と、俺はマルカスをエクウスの車体上面に座らせて、手を振らせた。

 謎の魔獣の接近かと身構えていた騎士や兵たちは、のんきに手を振るマルカスの姿に気づき、一様に驚いていた。


「マルカス様……?」

「坊ちゃん?」


 坊ちゃんはやめてくれ――そんなマルカスの声が俺の耳に聞こえた。


 一度、エクウスを止めたが、マルカスが車外で、騎士や野次馬と化した地元の人たちに事情を説明した。結果、手荒なことにはならなかった。


 むしろ長話に発展する流れだったので、俺は「アーリィーがいるから」と持ち出して、マルカスに「王族が一緒だから先を急ぐ」と話を打ち切らせた。


 そしてそのまま、マルカスの生家であるヴァリエーレ屋敷へと向かう。町の中央通りを横切り、そのまま町を通過、道沿いに行けばマルカスの家であるヴァリエーレ屋敷がある。


 外観は、なかなか立派なお屋敷である。質実剛健を絵に描いたような無骨さと、やや地味さが同居していた。……そういうところが、いかにもマルカスの育った家というのを思わせた。

 周囲を囲む塀は意外と低く、あまり防御に優れた様子はない。この辺りは治安がいいのだろうか……?

 見張り口を抜け、屋敷に近づく間、右手に大きなうまやが見えた。


 王族の来訪は、寝耳に水だったヴァリエーレ家は大慌てだった。

 エクウスが到着すると、慌ただしく着替えたと思しき騎士たち、息を切らせた従者たち、そしてヴァリエーレ家次期当主のラッセ氏が現れた。


「マルカス! や、それにジン殿!」


 ラッセ氏は儀礼用のマントを羽織っていたが、その下はゆったりとした服装。普段着だろう。少なくとも王族を迎える正装とは言い難い。

「兄上」と申し訳なさそうな顔をするマルカス。対して俺はにこやかに。


「ラッセ殿、お久しぶりです」


 平民の分際で、貴族様にお声をかけさせてもらった。エクウスの兵員輸送室から、アーリィーが姿を現すと、ラッセ氏はさらに緊張を深めた。


「殿下! このような格好で失礼致します」

「今日はお忍びなんだ」


 アーリィーはまったく悪びれる様子もないが、迎えを後手に回らせたことを責めたりはしなかった。……それでは単なる意地悪だからね。


「申し訳ない、ラッセ殿」

「いえ。……して、今回はヴァリエーレ領に何用で?」

「マルカス君を家まで送るため」

「我が弟のために、殿下自ら!?」


 ラッセ氏が口をあんぐりと開けて驚いた。これには整列していた騎士たちも目を見開く。


「まあ、ついでではあるんだけれどね。昨日まで大雪だったし、年明けに間に合わないのは申し訳ないから」

「そのような心遣いを……」


 殿下、と、ラッセ氏はそのまま片膝をついて臣下の礼をとる。後ろの騎士たちも同様だ。

 うん、とアーリィーは頷く。


「せっかく来たから、当主殿に挨拶をしておこうかな。まあ、急に押しかけたのだから、都合が悪ければ帰るけれど」

「滅相もございません! どうぞ、大したもてなしもできませんが、休んでいってください」


 ということで、俺たちはヴァリエーレ家へとご招待された。王族って、こういうとき門前払い受けないんで便利だよなぁ。俺だけだったら、たぶんこうはならなかっただろう。

 ラッセ氏はともかく、評判のヴァリエーレ伯爵殿だったら。



  ・  ・  ・



 バルム・ヴァリエーレ伯爵は、四〇代半ば。ピンと伸びた八の字ひげに、いかめしい顔と、ずいぶんと強面だった。泣く子も黙る、とはこういう人なのかもしれない。


 きちんと正装に身を包んでいたのは、おそらくラッセ氏が時間稼ぎをしている間に整えたのだと思う。


 客間に通され、向かい合う。魔術師である俺がアーリィーの隣にいて、やはりその隣に座っても、威圧するような目を向けつつも口に出さなかったのは、王族の手前だったからだろうか。


 挨拶あいさつから始まり、俺たちがやってきた理由など、主な会話はアーリィーが受け持った。ぶっちゃけ、伯爵は平民同然の俺より王族に気を配っていたし。


「我が息子のために、殿下自らお見送りいただくとは恐悦至極にございます」

「いや、マルカス君は非常に優秀な魔法騎士。同期として鼻が高い。伯爵も自慢してよい」

「もったいなきお言葉」


 頭を下げるバルム伯爵に、アーリィーは王族の顔を覗かせたまま言った。


「それで、だ。マルカス君は、ボクの将来の夫なるこのジン・トキトモの騎士として仕える」


 髪を撫でるふりをして婚約指輪をちらつかせるアーリィー。バルム伯爵の目が一瞬大きくなったのは気のせいか。


「ちなみに、ジンはウィリディスという領地を持っている貴族だから、平民じゃないからね。……あまり知られていないから言っておくけど」


 はっ、と伯爵。俺は横目で、お姫様の横顔を見る。……俺って、いつの間にか貴族になってた?

 よろしいでしょうか、とバルム伯爵が、発言の許可を求める。


「ジン……トキトモ殿の爵位は?」

「問題はそこなんだよね」


 アーリィーがわざとらしくため息をついた。


「実は、領地持ちで貴族であるのは間違いないんだけど、その爵位について、父上も含めてどうしようか考えているところなんだ」

「は、はぁ……」


 バルム伯爵が要領を得ない顔になるが、それは俺も同じだ。何せ、いつの間にか貴族というくくりに入れられていたのだから。

 そもそも、貴族だけど爵位が決まっていないなんて、あるのか……?


「ジンはすでにヴェリラルド王家に対して、忠を尽くし、恩賞として爵位を与えるに十分な働きを示しているんだ」


 そうなの? 俺はアーリィーを守るために色々したけど、国を守るとかそういう意識はなかったんだけどな……。


 ちら、とマルカスを見れば、部屋の脇で控えている彼も、うんうんと頷いている。そこ納得するところなのか?


「それに王国が所有しつつも未開拓だった土地を切り開き、今ではその土地ウィリディスは王家の第二の家とも言える位置にある。つまり領地としての価値も凄く高いんだ」


 確かに、いまウィリディスの白亜屋敷は、王城と並んで王族の方々が過ごしている場所である。

 バルム伯爵は難しい顔のまま、探るように言った。


「最低でも伯爵領、もしくは侯爵領ほど……ということで?」

「そこでボクが嫁ぐわけで、王族の一員になる。これで男子でも生まれようものなら、一応、王位継承権も発生する」


 アーリィーは意味ありげな視線を向けた。


「次の王であるジャルジー公もジンを気に入っている。公爵も、あり得るかも知れない」

「公爵!」


 英語で言うところの公爵デューク侯爵マーキス。日本語だとどっちも「こうしゃく」読みなんだけどね。

 そんなもといた世界のことを考えていた俺をよそに、アーリィーは薄く笑みを浮かべた。


「そんなわけでジンの躍進は目覚ましく、そんな彼に仕えることを決めたマルカス君は、目の付け所が違う。なにせ、父上もジャルジー公も、ジンを手放す気はないからね」


 誇っていいよ、とアーリィーはバルム伯爵に告げると、俺を見た。……あぁ、お土産を出せってことね、へいへい。


「こちらは――」


 つまらないものですが、と言いかけ、日本式の挨拶もどうかと思い言い直す。


「王族も好まれるお菓子ですが……お納めください」


 クリスマスのために作らせたケーキ。今ではすっかりウィリディス食堂のデザートの定番になったそれを献上した。

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