第584話、シズネ艇と、新たな問題


 マジックペンを複数もらえないかと、ラスィアさんに言われた。

 普段から事務業務に関わっている人だけあって、その書き心地と便利さへの理解が凄まじく早い。


 こんなものは、ディーシーに頼めば魔力生成でコピー可能だ。ご希望ならお売りしましょう。ええ、無料じゃないよ。あなたへのプレゼントは無料だってことの対比としてね。大事に使ってほしい。


 さて、ヴェリラルド王国の年末が近づいている。このあたり、俺がいた世界と同様、一年は十二ヶ月で数えられる。

 そんなわけで、ウィリディス住人や勤務者たちにとって、帰省ラッシュが始まる。


 ……はずなのだが、俺を含め、別世界から来ている人間たちには、この世界に故郷があるはずもなく、王族の方々にとっても本来の家が王都の城であるが、わざわざ日にちをかけて戻る必要もない。


 ウィリディス勤務の兵や料理人、雑用係で王都出身者は家に帰ることができるが、それ以外の場所が故郷の者は道中の危険もあり、残留者も多かった。日本で帰省するのとは、わけが違うというわけだ。殺伐とした世界である。

 もっとも、帰る故郷がない者もいるわけで。


 うちでもサキリスやクロハ、ヴィンデとメイド組は故郷がないので残留。ダスカ氏は、「もう身内も残っていませんから」とさばさばしていた。


 ユナは家族がいるらしいが、帰省を拒んだ。本人は理由は語ろうとしなかったが、かつての師であるダスカ氏いわく、家族と仲がよろしくなく、家出同然で飛び出し、弟子入りしてきた過去があるという。

 ちなみに、ユナの両親は、ダスカ氏の初期の弟子でもあったらしい。……そういう繋がりがあるのか。


「たまには、連絡くらいしてあげなさい」


 ダスカ氏はやんわりとユナに告げたが、彼女の様子からするとその気はなさそうだった。やれやれ。


 そして、うちで数少ない帰省組であるマルカス君。ヴァリエーレ伯爵家の次男は王国西部地方の出身である。


 年が明ける前に一度、実家に帰るという彼だが、出発予定日前に、ヴェリラルド王国を大雪が襲い、身動きがとれなくなってしまった。


「ま、年末までに晴れれば、タンクなりポイニクスなりで、送ってやるよ」


 俺は、足止めを余儀なくされたマルカスにそう言っておいた。当人は、ギリギリまで快適なウィリディスで過ごせるならと悪い顔はしなかった。


 その俺は、第三格納庫にいた。外は大雪なので外へのゲートは閉められている。

 大型偵察機ポイニクスは出払っており、代わりにあるのがエルフよりいただいた古代機械文明時代の艦艇――シズネ級ミサイル艇だ。


 長方形の船体と、後部で左右に張り出しているエンジンブロックが二つ。全体の印象は、SF映画に出てくる宇宙船のようでもある。


 艦首左右に単裝砲を1門ずつ、艦体中央の上部に旋回式の連装砲を1基。同じく中央左右に四連装のミサイルランチャー。艦底部に大型ミサイルを三発懸架――というのがシズネ級の武装であるが、シップコアがはずされていた艦体は長年の劣化が激しく、ミサイル類は空。砲も使用不能状態であった。


 さて、エルフが捨てたものを拾ったわけで、手に入れたからには修理する。テラ・フィデリティア製品は、ディアマンテ他、機械文明時代の技術で取り扱える。それなしだったら、こうはいかなかっただろう。

 まあ、シップコアがあるので、修理に必要な魔力さえ供給すれば、あとは自動修復機能が働く。


「かつての機械文明技術が、現代の魔法や魔力の流れに名残を留めたというなら、何ともロマンチックな話じゃないか」

「そうですね」


 俺の言葉に、ユナは頷いた。


 カプリコーン浮遊島軍港と、その艦艇群の再生と同じである。

 エルフの宝物庫に眠っていたシップコアをミサイル艇の台座に戻し、あとは魔力を投入すれば、勝手に再生処理を行う。

 もっとも、今回は、ミサイル艇としては再生しない。


「どういうことです、お師匠?」

「このシズネ級っていうのは、汎用の小型艇がベースになっているんだ」


 ディアマンテに教えてもらったが、その時、このミサイル艇のバリエーションも拝見した。パトロール艇、高速救助艇、小型武装輸送艇というのが主だ。


「今回、このシズネ級に小改造を施すことにした」


 具体的には船体後部の居住区の一部を潰し、そこに機材を積む格納庫を設置する。


「何せ、こっちは人がいないからな。動かすときは、メインはシップコアになる」


 仮に、人員が必要な時はシェイプシフター兵が担うことになるだろうから、居住区画は最小でいい。ただ俺たちが乗り込んで使うかもしれないから、全面撤去はしない。


「それで、お師匠は、このシズネをどう使うつもりなのですか?」

「うん、小型の揚陸艇とか、多用途に使える汎用船にしようと思う」

「揚陸……強襲揚陸艦というのを作っていましたが」


 ユナが自身の銀色の髪に手を当てた。


「それではダメなのですか?」

「ダメと言うか、あれはデカ過ぎるからな」


 輸送船と、アンバル級巡洋艦の艦体後部をつなぎ合わせたキメラ的な艦が現在再生修理中だが、全長は200メートル近い。部隊規模の戦車や航空機を運ぶには適しているが、もっと小規模な部隊移動をする時には、少々オーバーとも言える。


「秘密裏に部隊を運ぶ必要がある時、あの艦は目立ち過ぎる」

「ワスプの兵員輸送コンテナシステムなら、少人数を運べると思いますが?」

「あれは人を運べても、乗り物には対応していないからな」


 大は小を兼ねるというが、物事には適切な大きさというものがある。牛刀割鶏かっけい。小に対応するのに大を使うは大げさというもの。

 幸い、シズネ艇は、スカイベースの大型艦に比べれば、再生も速く済むだろう。


 こちらも着実に戦力を増やしているが、仮想敵――いや実際に敵なのだが、ディグラートル大帝国は、空中艦隊を整備している。

 すでに一〇〇を超える空中艦艇を就役させていて、その数を増やしている。性能は機械文明兵器に比べて劣るのだが、数が多いというのは存外油断ならない。


 確か、シェイプシフター諜報部から送られてきた資料があったはずだ。大帝国は古代文明遺跡の発掘調査も盛んに行っているから、そのルートでいくつか遺産を確保している。またぞろ新技術を発掘して取り入れる可能性もあるわけだ。


 本格的な交戦は春以降。だが諜報戦に限れば、すでに始まっている。

 表立っては言えない戦いというやつを、始めてもいい頃合いかも知れない。まあ、もちろん、こちらの正体を明かさず、敵が本格的に軍を進めるような事態にならないように、だが。

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