第583話、のんびり過ごす一日


 クリスマス・イブをパーティーで過ごし、一夜明けてクリスマス当日。今日は特にパーティーをするつもりもなく、休養日にあてる。


 大帝国本国に潜入させた工作部隊は、SSシェイプシフター諜報部に格上げされた。まあそれは呼び方の問題であってどうでもいい。


 朝刊を読む感覚で、重要度の高いものに目を通したら、後はフリータイム。婚約指輪を左手薬指にはめたアーリィーが、俺ににこやかな笑みを向けてくる。


 何だ、と聞けば「何でもない」と機嫌がよかった。


 さて、クリスマス・プレゼントを、いつも働いてくれているメイドさんたちに配る。


 メイド長のクロハには、日常生活で使える些細ささいな魔法の使い方を示した冊子。クロハは魔法に関係した教育を受けたことがないのでビックリしていた。まあ、ヒマを見てやってみてよ、と渡しておいた。


 サキリスには、透明化魔法を使用したステルスマントをプレゼントした。


 本来、透明化の魔法は、複数の魔法を使うと切れてしまうというデメリットがある。だがそれでは不便なので、透明化しつつも魔法が使えるよう、道具という形で実現させたものだ。

 だいぶ前に作ったカメレオンコートの上位版である。……サキリスが何に、どう使うかは、ちょっと見物ではあるがね。

 あと当人が前々から希望していた首輪とか。……うん、まあそうね。特別にあつらえたよ。


 最近やってきたバトルメイドのネルケには、読書が趣味だと聞いたので、ストレージの肥やしになっていた連合国の郷土本を贈った。……言っておくが在庫処分の意図はない。


 同じくヴィンデには、荷物運びを補佐するパワーグローブをプレゼントしてあげた。彼女、青獅子寮にいたときから、小柄で非力だったから、結構苦労しているのを見てたのよね。



  ・  ・  ・



 イブの日は依頼で、パーティーに参加しなかったマッドが戻ってきた。彼にも防御魔法の施したブレスレットをプレゼントした。

 生身で戦うような時に、攻撃魔法や状態異常魔法から身を守ってくれるマジックアイテムである。


「助かる。魔法に関しては、俺は素人だから」


 マッドは喜んでくれた。食堂にケーキがあるという話をしたら早速食べにいった。なお後で聞いた話では、ジャルジーがケーキの食べ比べをしていたという。


 昼まで、屋敷や格納庫を適当にぶらつく俺とアーリィー。書庫にはダスカ氏が持ち込んだ本が相当数あり、かなりため込んでいたのが見て取れる。


「本か……」

「どうしたの、ジン?」

「プレゼントに俺も手書きの本を渡したんだけどさ。数を作りたいときって結構大変だなって思って」

「そうだね。原書なんてそれこそ世界にひとつしかないわけで、あとは写本だもん」


 専用の工房で、いそいそと写本作り。現代とは違って、本一冊の値段がすこぶる高い。大抵は堅苦しい専門書ばかりだしな。魔法騎士学校の教科書も、基本使い回しだから、卒業したらもらえたり、ということはなかった。……ま、いらないけどね別に。


 その後、雪の積もったウィリディスの地を少し散歩したりして時間を潰しつつ、食堂でランチ。

 午後は、お土産を持って冒険者ギルドに顔を出す。受付嬢のトゥルペにカウンターでまずはご挨拶。


「メリークリスマス」

「はい?」

「異国の挨拶。今日は、クリスマスという日なんだよ」


 当然、そんなお祭りを彼女が知るはずもないので、キョトンとされてしまった。


「ヴォードさんと、ラスィアさんはいる?」

「ええ、お二人とも、いらっしゃいます」


 ちら、とトゥルペさんは俺の持っているバスケットに目をやった。……うん、あなたの考えている通りだよ。


「じゃ、お邪魔させてもらうよ。……これ、ウィリディス産の新作のお菓子。一応冷やしてあるけど、生ものだから早めに食べてくれ」

「ありがとうございます、ジン様!」


 トゥルペさんは満面の笑みを浮かべる。

 ギルド職員の間では、すでにウィリディス製のお菓子が有名だ。俺が来たというだけで、他のギルド職員も、俺のお土産を期待する目を向けてくるくらいである。


「最近、ギルマスがそちらに行ってくれないので、お菓子に飢えていたんですよ」

「そういえば、ここ数日見ていなかったな。何かあったの?」

「冒険者の育成です」


 俺からお菓子――新作のケーキ入りバスケットを受け取りながら答えるトゥルペ。


「ここ最近のゴタゴタで、王都冒険者のレベルが下がっているので、中堅冒険者を増やそうとギルマス自ら指導にあたっているんです」


 なるほどね。シャッハの反乱事件で、冒険者ギルドは打撃を受けたもんな。

 納得はしたが、同時に面倒事の予感がした。俺、まずいタイミングで来たかもしれない。



  ・  ・  ・



 案の定、冒険者指導に時間をとってくれないかとヴォード氏から頼まれた。

 ギルドへの攻撃があって以来、俺の魔法講義もお休みとなっていたが、そろそろ再開してほしいらしい。


「……このケーキという菓子、美味いな」

「ええ、とっても美味ですね」


 ヴォード氏とラスィアさんが、俺と机を挟んで向かい合いながら、俺が持参したお菓子を食べる。今回は初めての味だろうということで、イチゴのショートケーキにしておいた。


「メリークリスマス」

「何だそれ?」

「異国の祭りの挨拶です」


 俺は革のカバンストレージを漁る。


「クリスマスにはよい子にプレゼントをあげるという風習がありまして……」


 ということで、取り出したるは、ヴォード氏にはマジックシールド。ラスィアさんにはマジックペン。

 バックラー程度の小型盾は、近衛に配備したもの同様、大柄のヴォード氏の全身をカバーする魔法障壁を展開する。


「ギルマスは両手剣を使うので、あまり大きい盾は使いたがらないでしょうし」


 近接オンリーな戦闘スタイルなので、敵に踏み込むまでに狙われた時の防御対策は必須だ。彼もそのあたり、魔法の鎧をまとったり、防御魔法具を身につけているのは知っているが、そういう対策はいくつあっても困らないだろう。


「それは便利そうだ。噂のトキトモ工房の品、ありがたく受け取らせてもらう」


 噂? まあいいか。俺は追求はしなかった。聞いたら何か面倒な予感がしたのだ。やぶ蛇はごめんである。

 さて、ラスィアさんは、ヴォード氏が受け取った盾と、自分に渡された小さな棒に困惑を深めた。


「何だか、凄い格差を感じるのですが……」

「事務仕事が多いだろう、ラスィアさんにはこれがいいかな、と」


 適当な紙を用意し、俺も自分用に作ったマジックペンを使う。ノックボタンを押すことで、芯が出て――さらさらさら……。


『このように魔力をインクに変えるので、インク瓶が不要です』

「ッ!?」


 驚愕するラスィアさん。俺が書いた紙に、もらったばかりのマジックペンを走らせるダークエルフさん。


「凄い……! インクにつけなくても文字が書けますッ!」

「中に魔力を仕込んでありますので、その魔力が切れない限りは書けます」

「……ちなみに魔力が切れたら――」

「先端のここをねじると――中の芯が取り出せますから、魔力を注ぎ込むだけです。魔法使いなら誰でもできるやり方でいいですよ」

「これは革新的です! あの、ジンさん。これ売り出したら、一財産築けるのでは――」


 とても興奮された。うん、まあ、プレゼントだったんだけど……ちょっと我忘れてるよね、ラスィアさん。

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