第582話、イルミネーションに照らされて


 感動しているジャルジーを連れて、食堂に戻る。そこへアーリィーがやってきて、両手で持った小包を俺に差し出した。


「こ、これ! ジンに、クリスマスプレゼント!」

「お、おう……俺に?」


 自分にプレゼントが来ると思っていなかったので面食らった。さんざん人を驚かせていたのに、案外守勢に回ると弱いかもしれない俺。


「開けてもいい?」

「う、うん!」


 赤面しながら頷くアーリィー。俺と彼女の関係を考えると、色々順番があべこべな気がするが、何とも初々しいアーリィーをみて、俺も緊張してきた。


 アーリィーの後ろで橿原かしはらがにっこり微笑んでいるのを見て、どうやらプレゼントについて関係しているんだろうな、と当たりを付ける。しかし、いつ準備したのかね……。


 箱の中は、ネックレスだった。

 銀のチェーンに、黒い石を加工したそれ。何気にこれ、ミスリル銀を使ってないかな? 買ったとしたら相当高額なものじゃなかろうか。


 さっそく首から下げてみて、丸く加工された石、その表面を撫でてみる。綺麗に研磨されてるね。


「これには何か由来があるかな?」

「癒やし石って言うんだ」


 アーリィーがはにかんだ。


「最近、ジンが疲れているんじゃないかって。身につけていると疲労を和らげてくれるんだって」

「おお、アーリィー」


 俺は思わず、目の前の彼女を抱きしめた。


「ジ、ジン!?」


 いきなりだったので驚かせてしまったかな。軽くハグするように、すぐに離れた。


「ありがとう、アーリィー。嬉しいよ」

「気に入ってくれたようでよかった。……似合ってるよ」

「ありがとう。それでどこで手に入れたんだ? 高かったんじゃないかな?」

「ノークにお願いしてね、作ってもらった」


 オーダーメイドか。エルフのガエアが魔法甲冑やパワードスーツをいじる中、ドワーフのノークは武器を担当している。なるほど、ドワーフの職人ならミスリル銀もお手の物か。


「その癒やし石は、先日のダンジョンで、ですよ」


 橿原が教えてくれた。なるほど、七面鳥狩りに行ったその足で、この石を手に入れたのか。逆かな、これを入手するためにダンジョンに行ったのか。


 まんまとやられたな。責める気はないけどね。しかし、ノーク……。石の加工も含めてたった一日で仕上げたのか? 人間業じゃないなこれ。


 では、俺も、そろそろ渡さないといけないね。


「アーリィー、ちょっと付き合ってくれるか」


 ここで渡すのも、ちょっと恥ずかしいのでね。というわけで、周囲が食事やプレゼントで盛り上がるのを余所に、食堂のすぐ外、テラスへと出る。


 クリスマス・イルミネーションの光が、淡く点滅を繰り返す。その光が、彼女の顔を優しく照らしている。色とりどりの明かりを改めて見つめるヒスイ色の瞳。俺はそっと、ストレージから小箱を出した。


「ジン?」

「包装はいらなかったかな、と思う」


 それとも自分で開けたい? と確認して、アーリィーが開けたいというので彼女に小箱を渡す。


 紙を開けるわくわく感が出ていたアーリィーの表情が変わる。俺が皆に渡してきたプレゼントの中で一番小さな箱。それを開けた彼女の目が大きく開く。


「指輪……」

「そう」


 俺はそっと彼女の手から小箱を取ると、片膝をついた。


「君に受け取ってほしい。改めて俺の口から言わせてくれ。結婚しよう」


 エンゲージリング。つまりは婚約指輪。


「すぐには、とはいかない状況だけど、これが俺の気持ちだ」


 最近、結婚話を聞かされた。俺とアーリィーが将来的に結ばれることは決まっていたが、きちんとプロポーズをしていたか、と言われると、まだしていなかった。

 アーリィーが呪いで女になった、と公式にはそういう扱いになっている。諸侯たちの前で、嫁にもらうと言ったのが、半ば公開プロポーズのようになっていたが、あれは儀式のようなもの。


 だから、いま、ここで渡す。


 改めて箱を受け取ったアーリィーは、大事そうに胸に抱きしめるように持つと、涙ぐむ。


「ボク……わたしでいいの、本当に?」

「受け取ってほしい。君に」

「うん……」


 つけても? と問うアーリィーに俺は黙って頷いた。ほぼ受け取ってもらえるとは思っていたけど、いざその場になると……。俺も泣きそう。


「似合う、かな?」

「もちろん」


 アーリィーの守護宝石と言われている翡翠ヒスイをメインにあしらった指輪である。そのまわりには小さなダイヤをちりばめた。婚約指輪と言うと、普通はダイヤモンドって印象だけど、俺は、彼女の宝石を大事にしたかったんだ。


 そんなテラスで気配を感じた。俺とアーリィーがそちらを見れば、ギャラリーがこちらを見つめていた。


 ベルさんは何か笑いをかみ殺したような顔をしているし、フィレイユ姫は口元に手を当て驚きと好奇の視線を向けている。エリサや橿原かしはらたち女性陣が、まじまじと見てくるので、さすがに恥ずかしくなった。


「見世物じゃないぞ」


 俺は立ち上がると、アーリィーを抱き寄せた。


「何か文句があるか?」



  ・  ・  ・


 その後、残りの食事を平らげ、パーティーは終了した。


 参加者たちはクリスマスを楽しみ、後片付けをするメイドや料理人たちも、俺が婚約指輪をアーリィーに渡したと聞いて「おめでとうございます」と祝福の言葉をくれた。


 彼らには、クリスマスを楽しむ許可を与えてあるので、時間は遅めだが盛大に飲み食いすることと思う。同じように近衛たちも、ウィリディス食堂のほうでパーティーをやっているはずである。

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