第585話、ディグラートル大帝国陸軍会議
大地は凍え、白一色に染まった大陸北方。
帝都カパタール、大帝国の中枢。その陸軍総司令部の置かれたソル城もまた、大量の雪に囲まれていた。
外は静寂に包まれている。しんしんと降り積もる雪が音を吸い込んでいるのだ。ソル城の中は風が当たらないことを除けば、寒さについて外と似たり寄ったりだった。
人が使う部屋には暖炉が焚かれ、また会議室には貴重な魔法暖房が置かれていた。
その会議室には、大帝国陸軍の将軍たちの姿があった。
上座に着席するは、陸軍の最高司令官である、ケアルト大将軍。角張った顔、がっちりした体躯で、身長は190センチを超える。58歳ながら、ひげを剃っているために、それより若く見える。
「――ヘーム将軍、貴殿は再編中の西方方面軍司令官とする」
ケアルト大将軍は、よく通る声で告げた。
「応! 承りました!」
ヘーム将軍は答えた。鷹のような目つき、八の字ひげが特徴の男だ。
「正直、連合国が相手ではないのが気に入らんが、そちらはコパルに譲ってやる!」
名前を挙げられたコパル――恰幅のよい中年の将軍は、苦笑した。頭頂部がはげ上がっているが、目元が優しく、温厚そうな雰囲気を漂わせている。ヘームとコパルは、同い年で友人かつ、ライバルだった。
ケアルト大将軍は、眉をひそめる。
「ヘーム将軍、西方諸国平定は、連合国戦ほど派手さはないとはいえ、戦争継続に必要な魔石資源を獲得するに重要な土地だ。必ず成功させねばならぬ」
「承知しております。……夏の西方方面軍壊滅の
ガルネード将軍率いる西方方面軍は、西方諸国のシェーヴィル王国を制圧後、ヴェリラルド王国へその矛先を向けた。
だが、国境を越えたあたりで消息を絶った。
軍団は壊滅した――
大帝国本国でそう判断されたが、その壊滅理由はわからずじまい。
戦となれば、対決しただろうヴェリラルド王国側に何らかの反応があるはずだが、勝った負けたどころか、大帝国に対して抗議のひとつもないために、まったくわからない。民にもまったく知らされず、原因究明ははかどらず。
大帝国でも、軍団は神隠しにあったのでは、という推測が真実のように語られる始末だった。ケアルト大将軍は、無論ながら神隠し説など信じていない。
というより、対連合国戦を経験した将なら、別の説を唱える者のほうが多いだろう。
『ジン・アミウールにやられた』
連合国の大英雄――その存在は、大帝国の将兵にとって悪魔に等しかった。奴ひとりに殺された兵の数は、おそらく50万を超えている。
人類史上、もっとも多く敵の兵士を殺した魔術師に名を残したのではないか。あの血に塗れた悪魔のせいで、大帝国は敗北の瀬戸際にまで追い詰められた。
だが彼が没した後、息を吹き返した大帝国は、召喚者の異世界技術の実用化もあって猛反撃。逆に連合国を追い詰めつつあった。
「あの西方方面軍の壊滅がなければ、今年中に連合国にトドメを刺せたのだ!」
ヘーム将軍は声を荒らげた。
新兵器の投入は、大帝国に多くの魔力――魔石資源の消費をもたらした。西方諸国の制圧を順調に進めていれば、備蓄資源を気にすることなく、連合国に進撃を続けられていたというのが、陸軍の将軍たちの見解だった。
「気がかりは、ジン・アミウールの弟子と名乗る魔術師の存在」
コパル将軍は、ため息交じりに言った。
「ヴェリラルド王国に現れた若き英雄。聖剣ヒルドを所有しているらしく、アミウールの弟子というのは間違いないでしょうな」
「奴もまた、アミウール同様、光の掃射魔法を習得している――」
フン、とヘーム将軍は口をへの字に曲げた。
「そう考えたほうが、先の西方方面軍壊滅の
「そうだとして、対抗策はあるのか?」
コパル将軍の問いに、ヘーム将軍は腕を組んで「それは……」と言葉を濁す。ケアルト大将軍が口を開いた。
「危険な要素は早急に排除しておくに限る。アミウールの弟子が、師と同等の力を持っているかは定かではないが、昨年の西方方面群壊滅の事実を鑑みても、野放しにはできん」
「では――」
「大帝国各軍より、精鋭を選りすぐり密かにアミウールの弟子を葬る」
「暗殺、ですか」
コパル将軍が眉間にしわを寄せる。ヘーム将軍は、友人へと視線を向けた。
「それだけ危険な存在かもしれんということだ。
大帝国の軍人にとって、ジン・アミウールという存在は一種のトラウマとなっている。軍が個人を標的にするレベルで。
ケアルト大将軍は机の上で手を組んだ。
「また、西方方面軍には
「……!」
魔器持ち――大帝国が開発した魔法武器を所有する者。聖剣や魔剣を人工的に作るという計画の末に製作され、その材料に魔力が豊富と言われる異世界人を使った呪われた武器である。
その威力は凄まじく、また与えられた者たちは一騎当千の精鋭だった。
「連合国に主力を向ける都合上、多くは回せないが」
「いや、それでも十分です、大将軍閣下」
ヘーム将軍は背筋を伸ばした。
「我が陸軍は、ジン・アミウールがいた頃とは違います。強力な戦車や機械兵器が揃い、空中艦隊もまた共にあります。西方の小国群など、瞬く間に撃滅してご覧に入れます!」
「うむ、期待している。我らが皇帝陛下も、それを強く望んでおられる。……春、四の月には西方諸国制圧作戦を実行できるように準備を万事整えておくように」
「ハッ!」
ヘーム将軍は首肯した。大帝国の大将軍が「下がってよし」と口にすると、ヘームは席を立ち、一礼ののち退出した。
残されたコパル将軍は、扉が閉まるまで友人を見送った後、大将軍へと視線を戻した。
「それで、私は、連合国攻勢の主力である東部方面軍司令官でありますか?」
「そうだ」
重々しく頷くケアルト大将軍。コパル将軍は小さく息を吐いた。
「私は、東部方面軍はマクティーラ・シェード将軍が率いるものだと思っておりましたが」
「『黒き狼』か」
ケアルト大将軍の頬がぴくりと動いた。
「勇猛果敢にして最強の将。ジン・アミウールがいなければ常勝無敗だったに違いないとさえ言われる逸材」
あ――と、コパル将軍は、自分が
ケアルト大将軍は、シェードをよく思っていないことを思い出したのだ。
「奴は有能だ、それはわしも認めよう」
大将軍は鬼のように角張った顔を引き締めた。
「だが、奴の出世を好まない者も多い。特に、上級貴族の間では、な」
「余計なことを申しました。お許しを」
すっかり恐縮してしまったコパル将軍を見やり、ケアルト大将軍は幾分か表情を和らげた。
「まあ、シェードを東部に貼りつけなかったのは、皇帝陛下の御意志でもある」
「と、言いますと……?」
「警戒しておるのだよ。陛下もまた、ジン・アミウールの亡霊を、な」
万が一に備えて。
つまり、西方方面軍のヘーム将軍がヘマをしたときに備えて、シェードという切り札を確保しておこうということだ。
――ジン・アミウールめ……。奴は死んでも、我らの邪魔をするのか。
心の中で、ケアルト大将軍は、悪態をつかずにはいられなかった。
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