第579話、スペシャルな料理


 食堂に戻ると、室内のツリーの魔石電飾も点滅を始めていた。その変化に気づいたのは、案の定フィレイユ姫だった。


「キラキラしてますわ! ああ、お部屋に飾りたい!」

「後で、小さなツリーを運ばせましょう」

「本当ですの!? ありがとうございます、ジン様」


 欲しい人用に、そちらのほうも準備はしている。……実を言うと、俺もアーリィーが許してくれるなら、部屋にひとつ置こうと思っていた。


 さて、食堂のテーブルには、先ほどと打って変わって料理が並べられている。ウィリディスでのパーティーの定番となりつつある立食スタイル。


 メインどころは、ダンジョンで狩ってきた七面鳥――ならぬサンダードラゴンの肉を焼いたステーキ。さすがに丸焼きは無理だからな、大きさから言っても。


 そして多種多様なクリスマスケーキの数々。日本ではお馴染みの果物入りショートケーキや、チョコレートケーキ、チーズケーキなどなど、まるでケーキ屋のショーウィンドウに並べられているように整然と列を形成している。


 俺のいた世界だとフランスのブッシュドノエルとか、ドイツのシュトーレンが有名ではあるが、メインは日本風で仕上げたので、この世界の人間にはあまり馴染みがないはずだ。


 素材については魔力生成で作ったモノが大半ではあるが、作り方自体はお菓子好きの母のおかげで教えることができた。コッホ料理長以下、ケーキ作りにのめり込み――ご覧の有様。


 色とりどりのお菓子に、女性陣の目は吸い寄せられた。

 サーレ姫が前屈みになって、より近くでケーキを見る。この人は甘い物に目がない。


「まあ、どれにしましょう? 食べたことないから、迷ってしまうわ」

「全種類食べてしまえばいいではありませんか、姉様」


 フィレイユ姫が無邪気にそんなことを言ってチョコケーキを選ぶ。担当の料理人が切り分けられたケーキを崩さないよう、丁寧に皿に盛り付ける。


「そうは言いますけれどね、フィレイユ。これだけの種類を食べきるのはさすがに無理があるわ」


 そういうことでしたら――俺は、サーレ姫に声をかける。


「担当の料理人に言って、さらに切り分けて小さくしましょう。それなら全種類制覇もできましょう」

「まあ、そう致しましょう。料理人、よろしいわね?」


 サーレ姫がにっこりと微笑みながら言えば、担当者は緊張の面持ちながら「承知しました」と応えた。アーリィーを美人方向に伸ばしたような美女であるサーレ姫の笑みを向けられるなんて、そうそうあることではない。


 アーリィーがフィレイユと橿原かしはらと、それぞれとったケーキを食べながら味の寸評をしている。


 リーレは、ドラゴンステーキのほうへ取りかかっていた。料理人が切り分けているのを見やりながら「もっと大きく切れよ」と文句をつけている。

 エリサはその後ろで順番を待ちつつ「お肉は逃げたりしないわよ」と眼帯の女戦士をなだめ、ヴィスタも苦笑している。


 マルカスとダスカ氏は、エマン王とベルさんとワイン片手に話し込んでいる。真っ先に料理に行かなかったのは、女性陣が取り終わるのを待つためか。


 ジャルジーは……おっと、女性陣がワイワイやっている後ろで悩んでいるようだった。


「どうした?」

「兄貴、アーリィーたちがダンジョンで狩ってきたサンダードラゴンの肉が食べたい」

「ああ、食べればいい」

「しかしだ、この様々なケーキもまた捨てがたい」

「迷っているのか……」


 未来の王様が、決断できずにいるとは。俺の半ば呆れが顔に出たのだろう。ジャルジーは眉をつり上げた。


「だってなあ、兄貴。絶対美味しいんだぞ? 食べたことはないがわかる! だがこのスペシャルな料理はクリスマスしか出ないんだろう? 今日を逃したら、次いつ食べられるかわからないじゃないか!」


 そういや、こいつ、ウィリディス食堂のアイスとかお菓子、全種類制覇の猛者だっけか。俺はそんな常連の弟分に言った。


「ケーキは今後もティータイム用の菓子として出すから、心配するな」


 別にクリスマス専用というわけじゃないからな。そう告げたら、公爵様は喜々としてステーキを取りにいった。

 俺は逆方向に歩き、ベルさんたちのほうへ。


「――フィレイユの魔法の指導。マスター・ダスカには感謝にえない」

「陛下にそのように言っていただき、恐悦至極に」


 エマン王とダスカ氏の会話。ベルさんが俺に気づき、ワインを掲げた。


「よう、ジン」

「ベルさん。……意外だな。ドラゴンの肉と聞いたら、真っ先に並ぶと思ったのに」

「若い衆の楽しみをオレ様が奪うわけにはいかんだろう?」


 浅黒い肌の人型ベルさんは、ふふんと笑んだ。


「ドラゴンは二匹いただろう? 一匹分はすでにオレ様用にキープしてある」

「うーわ。大人ぶってがめついな」

「抜け目がないと言ってくれ」


 優雅にグラスを傾け、飲み干すベルさん。エマン王が俺を見た。


「クリスマスとは初めてではあるが、ずいぶんと気が楽なパーティーだな」

「本来は、家族や身内でまったり過ごす日ですからね」


 俺は小さく笑みを浮かべる。


「ゲストを呼ぶパーティーではないので、肩肘を張る必要もありません」

「思惑の入る余地がない会か……」

「偉くなると見栄やら何やら、色々と面倒事に縛られる」


 ベルさんがエマン王にやんわりと告げた。


「オレ様はそういうのは、もううんざりしてる」

「思っていても口には出さないことだ」


 エマン王が自嘲気味に呟き、グラスを空にする。するとすぐに給仕がおかわりをトレイに乗せてやってきた。

 俺は料理の並んだテーブルを指し示す。


「そろそろ、食べ物を取りに行きましょうか。エマン王お義父さん、肉はいけますか? グルメなベルさんが、ドラゴンの美味しい部位を教えてくれますよ」

「おお、そうだな」


 男性陣もごちそうにありつく。

 すでに先に食事を堪能たんのうしている女性陣の顔は、みな輝いていた。いや、もとより表情に乏しいユナとリアナは別だが。何やら上機嫌なリーレが、そんな二人の肩を叩きつつ笑っている。


「何が面白いことでもあったか?」


 訪ねた俺に、リーレがリアナを親指で指した。


「こいつさ、ちょっと前まで料理の味がまるでわからなかったのに、『竜の肉も悪くない』なんて言うんだぜ?」

「味覚が戻ったということだろう? よかったじゃないか」

「……」


 無言のリアナ。彼女は元の世界での過酷経験からか味覚に少々難があったのだ。ウィリディスでは魔法薬と医療関係に従事するエリサも肩をすくめた。


「喜ばしいことではあるのだけれどね。睡眠、食欲、性欲。この三つのバランスがとれることで人間は健全に――」

「お前は性欲の塊だろうがよ、エリサ」

「そういう貴女は、睡眠と食欲に偏ってるわね。ちゃんと性欲満たしてる?」


 エリサが言い返すと、リーレはもちろん、ヴィスタまであからさまに目を逸らした。


「あたしにはそういうのいいんだよ。そもそも、付き合ってる野郎もいねぇし」

「異性がいなくても性欲は満たせるのよ」


 そう言うとエリサは、俺にもたれかかる。


「ねえ、ジン? 今晩空いてるなら、たまには一緒に寝ない? お酒とお肉でムラムラしてきたわ」


 大きな胸をこれ見よがしにちらつかせながら、もたれかかった彼女の緑色の長い髪からは挑発的な香り。


「あいにくと、先約があってね」

「あらまあ、それは残念」

「おい、エリサ。食事中なんだから、あんまエロいことは言うなよ。メシがまずくなる」


 リーレが口元を引きつらせたので、エリサは「もう、冗談よ」と笑ってみせた。


 そういや、エリサは半サキュバスで性的な言動は仕方ないにしても、リーレやリアナには性的な話って聞かないな。リアナは歩く凶器だから異性など興味がないのは丸わかりだが、リーレと、あとヴィスタも案外関心が薄いのな。


「おい、マルカス坊、エリサを性的な目で見るなよ? クロハにチクるぞ?」


 眼帯の女戦士にガンを飛ばされ、マルカスがそそくさと視線を逸らした。とばっちりである。

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