第580話、プレゼントタイム
「これは夢ですの? 夢ですわよね?」
フィレイユ姫が皿の上のイチゴのショートケーキを食べた後に、顔をほころばせた。
「こんな楽しいパーティーなら毎日でもやりたいですわ」
「気持ちはわかるよ」
アーリィーは残しておいた飾りのチョコレートを食べる。フィレイユ姫は頷いた。
「挨拶だの、聞きたくもない世辞をさんざん聞かされて、お行儀よく振る舞うパーティーなんて、このクリスマス・パーティーと比べたら天と地ほども差がありますわ」
いわゆる社交界のことを言っているのだろうか。知的でセンスのある会話や振る舞いをしながら、高度で政治的なお話や交渉をする場。俺のような庶民にはまったく無縁な世界ではある。そもそもあれは一種の戦場であるから、こういうお楽しみ会とは別なんだけど。
姉のサーレ姫はそのあたりを理解しているが、幼いフィレイユ姫には、社交的パーティーはただの面倒事としか捉えていないようだった。
ここでは楽しんでくれるならいい、と俺は思う。でも、どうしような……。フィレイユ姫はとてもご満悦であるが、まだまだお楽しみはこれからだと言うのに。
ある程度、食事が進んだところで、俺は準備していたものを出すことにした。
クリスマス・パーティーと言えば、定番のプレゼント交換――まあ、交換というか俺がサンタクロースさながら、よい子にプレゼントするだけなんだけど。
会場で、さりげなく警備位置に立っていた姿形の杖こと、スフェラに合図する。彼女は影を操作し、俺のもとに
というわけで、まずはそのフィレイユ姫から。
「姫様、こちらをどうぞ」
カバンから、ラッピングされた一メートルほどの細長い箱を取り出し、フィレイユ姫に献上する。
「まあ、わたくしに!」
姫様は驚き、皿をテーブルに置くと、俺から箱を受け取った。
「綺麗な包み紙ですわね」
「どうぞ、リボンを解いて、中をお確かめください。プレゼントです」
皆が、俺たちのやりとりに注目する。俺からのプレゼントと聞いて、姫様は包み紙を取ると、中の木箱を開けて――
「まあ! 杖ですか」
「魔術師の使うロッドです。ホワイト・オリハルコンと、光のオーブを用いたトキトモ工房のスペシャルロッドです」
「まあ、まあ、まあ!」
興奮を露わにするフィレイユ姫。ダスカ氏から魔法の指導を受けているお姫様である。何か専用の杖を用意してあげられないか、とダスカ氏から相談を受けていたので、これ幸いと、クリスマスプレゼントに仕立て上げた。
白緑の杖の先端に輝く宝玉は、魔石の上位版であるオーブ。喜べ、魔石ランクで言えばS級だぞ。
お姫様の持ち物ということで、オーブを挟むように天使を模した翼をつけたが、ちょっと一昔前の魔法少女の杖っぽくなっているのはご愛敬。
「ありがとうございます! ジン様!」
感激のあまり、顔を紅潮させるフィレイユ姫。キラキラと目を輝かせて、もらった杖を見つめ、または構えてみたり。全身からこみ上げてくる嬉しさ有り余りの空気に、周囲も優しい表情になる。
「よかったわね、フィレイユ」
女神のように微笑むサーレ姫。次はあなたですよ、と俺はストレージから小箱を取り出す。
「サーレ姫には、こちらを……」
「まあ、私にも!?」
予想していなかったらしく、姉姫様もびっくりしていた。小箱の中身は、宝石じみた輝きを持つ魔石をあつらえたブレスレット。
「災厄から御身を守れるよう護符の効果を施しました。魔法はもちろん、運気を高め、邪なるものを退けます……そのように作りました」
「ジン様、自ら!?」
「基本、作れるモノは自分で作りたいと思う主義なので」
地、水、風、火、光、闇、各種属性の魔石をちりばめた、ミスリル製のブレスレットである。各種魔法文字を刻み、呪いや状態異常系の魔法も防ぐ。
「ミスリルで、このような細工を……伝説のドワーフの職人並みの仕事では――」
大変喜んでくださった。何故かプレゼントのブレスレットが一度拝まれてしまったが……。
本当だったんだな、この人。自分が不運な星に生まれたと思っているとかいうの。俺もよく知らなかったのだが、アーリィーやフィレイユ姫がそう言っていた。
どんどんプレゼントを渡していこう。包装した箱を次々にストレージから引っ張り出す。
リーレには、専用のバトルブーツ。結構活発な不死身戦士の靴は少々傷んできていたからね。……何故知っているかって? ふだん顔を合わせているから、というより近衛隊を鍛えている彼女の様子を見ていたから、というのが正しい。
「おお、いいね。履き心地がいいわ」
気に入っていただけたようで何よりだ。
リアナには、新しいコンバットナイフ。今は魔力生成がバンバンできるからね。魔法金属をどんどん使って作った。喜べ、振動ブレードだ。よく切れるぞ。
「……うん」
とくに変化がないが、まんざらでもない顔をしていた。
ヴィスタには、ウィリディス製エイセル鋼を使った魔法小手。周囲から魔力を収集し、魔法弓や魔法装備への魔力供給を強化する。普段使いできるように軽さとデザインも重視した。
「このようなものを私に……感無量だ……!」
感涙するヴィスタ。あらまあ。
「ハンカチ、ですか……。いや嬉しいといえば嬉しいのですが」
他に比べて地味なのは認める。でも橿原よ、君は武器や防具もらって喜ぶような子じゃないだろう。
「こいつは凄いぞ。軽く水で流すだけで汚れが落ちて、消毒もされるハンカチだ。何度でも使い回せる上に、柔らかいからめがね拭きに使える」
「あ、それはとてもありがたいです!」
この世界にもめがねはあるが、一般的ではないので、それ用の手入れ用品となるとさらに少ない。ある意味、貴族の使う高級な物品より希少だったりする。
エリサには、冒険者用のショルダーバッグ。携帯荷物が多い旅の必需品だ。
「機能的ではあるけれど、ちょっと無骨かしらね」
「中身は、空間の魔法で拡張してるから、見た目よりかなり荷物を運べるよ」
そう告げたら、エリサの目の色が変わった。
「ひょっとして、貴方の持っているストレージタイプのバッグ!?」
そうそう。いわゆるアイテムボックス的なやつ。そう言ったら、エリサは途端に破顔した。
「うわ、嬉しい! ありがとう! 前から欲しかったのよねー。これで装備を選ぶ手間が減るわ」
最近、あまり外出していないんだけどね、この人。そう思ったが俺は黙っていた。エリサのバッグを見やり、ユナが口を開く。
「よかったですね、エリサ。……それで」
ちら、と巨乳の魔術師は俺を見つめた。
「わたしには何かありますか、お師匠?」
ん――俺は薄い板状の包みを差し出す。ユナの表情が心持ち曇った。
「バッグではなさそうですね……」
「君にとっては、もっといいものだよ」
べりべり、と包みを剥がし、中から出てきたのは、一冊の薄いノート。
「魔法文字ノート。俺がいくつか作った魔法文字用の魔法が書かれている」
「!?」
次の瞬間、ユナはバッとノートを開き、中を凝視し始めた。魔法にしか興味のない彼女にとっては、ある意味お宝だろう。あまりに集中しすぎて、何も言ってくれないが、まあ気に入ってくれただろう。
俺が、ユナのかつての師であるダスカ氏を見れば、彼もまた肩をすくめて苦笑した。実はあの魔法文字ノートの第一版は、ダスカ氏も持っていたりする。
さて、王族たちの前だから、サキリスやクロハたちメイド組は後で渡すとして、次は物欲しそうにしている男衆にも準備したのを披露してやろう。
アーリィーは、ちょっと待っててくれな。
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