第577話、アーリィーと周りの人たち


 大空洞ダンジョン地下68階層の遺跡は制圧した。

 目的の癒やし石を回収した他、倒した妖精族の魔法杖などの武器の入手、サンダードラゴン二頭の解体を行った。


 また、せっかく来たのだからと遺跡内の調査が行われた。あまり時間をかけらないのでざっと見て回った程度だが、とくに成果はなかった。宝箱を三つほど見つけたが、以前にここに来た冒険者たちに回収されたらしく空っぽだった。


「ここまで来るのですから、きっと猛者だったのでしょう」


 オリビア隊長が感心したように評した。


 ただ電撃の力をため込んだ魔石などは集めることができた。オベリスクの癒やし石もそうだが、ここを踏破したパーティーは特に貴重なモノだけを持ち、それ以外は手を出さなかったようだった。当然といえば、当然である。


「――解体したドラゴンは、あとで駐留しているSS部隊が回収に来るそうです」


 さすがに、あの二体はバラしても持って帰れない。ジンがいて、ストレージが使えれば話は別なのだが。


 ひと休みしたら、帰ろうということになった。

 手近な岩を椅子代わりに座りながら、アーリィーは気落ちしていた。我らのお姫様がそんな横顔を見せれば、サキリスが気にならないはずもなく。


「如何しました、アーリィー様?」

「……ちょっとね」

「どこかお怪我を?」

「そうじゃないけど……」


 正面にまわり、膝をつく金髪の元令嬢。


 アーリィーはうつむく。言葉に出すことをためらう。どこか気恥ずかしく、同時に負い目もあったからだ。サキリスは黙ってアーリィーを見つめる。

 言わなければずっとそのままな気がして、ヴェリラルド王国の姫は諦めて口を開いた。


「ボクは、ジンへのプレゼントを手に入れようと思っただけなんだ……」


 要領を得ない顔をするサキリス。アーリィーは続けた。


「ジンに喜んでほしくて……。でも」


 もっとよく考えるべきだった。


「もっと慎重に……ならなければいけなかった。皆を危険に巻き込んでしまったのだから」


 ダンジョンの68階層。一度最深部へ行ったことがあるのは、近道をしたから。道中の魔物が、どれほど強力か考えていなかった。


「近衛が何人か怪我をした。軽傷で済んでよかった。だけどもし命を落としていたら? 一生残る傷を受けたら? サキリスやトモミは、一歩間違えれば死んでいたかもしれない」


 雷属性のドラゴンの強襲。間に合ったからよかった、というのは結果論ではないか。本当に、あの時は危なかったのだ。


「ボクが、プレゼントを手に入れようと言い出さなければ――」

「それは違います、アーリィー様」


 サキリスは、ガンと首を横に振った。


「あなた様が気に病むことはございません。そもそも、この68階層のことを口にしたのはわたくしですし、責めを負うならわたくしにこそありますわ」


 そこで、サキリスは頭を下げた。


「アーリィー様のお心を痛めてしまい、まことに申し訳ございません。この身、いかなる罰も受ける所存」

「違う! 違うんだよ、サキリス。君は悪くない!」


 すかさずアーリィーは、こうべを垂れる金髪メイドの両肩に手を置いた。


「ボクが言い出したことに君は答えただけ。そして決めたのはボクだ。責任はボクにある。もっと慎重に考えていれば……危険をもっと認識していたら」


 今にして思えば、半ば思いつきに近い行動だった。出された提案に対して、考えが足りなかった。

 はやる気持ちを抑えきれなかったのだ。――ボクが我慢すればよかったんだ。


 ドクリと胸の奥がうずく。自然と、アーリィーはうつむく。


 そう、我慢すれば何も起こらなかったのだ。男子として、偽りの人生を送ってきた頃の通りに。生まれてから、ずっとそうやって生きてきたのではなかったのか。


 性別を隠し、男を演じ、王子を演じた。本当の自分を潜め、バレないように身を縮め、我慢してきた。

 だけど、ジンに会って、もとの性別を取り戻した。自由に振る舞うことを教えてもらった。


 ――ボクは、それに甘えていた。我慢を忘れてしまったんだ。


 ジンのことが好きで好きでたまらなくて。彼のために何かしたくて。その一心で――つい、疎かにしてしまったのだ。周りのことを。


 それがたまらなく悔しい。何より、誰かを失うことになっていたら、せっかくパーティーに向けて準備していたジンにも迷惑をかけていた。


「アーリィーさん」


 ふと、トモミの声が降りかかる。顔を上げると、すぐそばに眼鏡をかけた異世界の少女が立っていた。


「反省点があるなら、それは次に活かせばいいのです。今は、必要以上に落ち込むのはやめにしませんか?」

「え、でも……」

「というより、わたしに言わせれば、アーリィーさんがそこまで落ち込むことでもないんですよ。あなたは、何をしましたか?」


 トモミは膝をついて座ると、アーリィーをまっすぐ見つめた。


「ジンさんへのプレゼントを用意する、そのためにダンジョンに行く」

「……よく考えたら、ひどい話だよね」

「そうでしょうか? わたしは素敵だと思いました。大好きな人のために頑張ろうっていう姿、わたしは好きです」


 眼鏡の奥で、トモミは目を細めた。


「思い出してください。サキリスさんが提案して、あなたはその案を採用した。そのとき、誰かがあなたを止めましたか? ダンジョンに行くと聞いて、皆危ない場所だってことはわかってました。それでも、それであなたを止めた人が一人でもいましたか?」

「いや、いない……けど。でもそれは、ボクが王族だから」

「命令だったんですか? わたしは命令されたつもりはありませんし、お手伝いしたくて来たんですよ」


 止めようと思えば、誰だってできた。話を聞いたジンも、近衛隊長であるオリビアも。というか、アーリィーが王子だった頃のオリビアなら絶対に止めていたはずだ。

 だがそれが今回はなかった。


「本当に嫌だったら、止めるか、同行したくないと思うはずなんです。でもそれがなかったわけですから、少なくともアーリィーさんが一人で気に病むことはないんです。それにですね――」


 トモミは、すっと手を広げると、次の瞬間、アーリィーを抱きしめた。え、とサキリスや周りから声が上がった。だがトモミはそのまま。


「今回は、皆で来たから助かったんです。ありがとうございます、アーリィーさん。わたしやサキリスさんを助けてくれて。これがもし、もっと人数少なかったりしたら、わたしたち、きっとやられていました……」


 トモミに抱きしめられ、アーリィーは胸の内からこみ上げてくる温かいものを抑えられなかった。目頭が熱い。


「勝手についてきたわたしたちを助けてくれてありがとう。だから、巻き込んだなんて思わないで」

「トモミ……」


 温かくて、優しくて。アーリィーはまるで子供の頃に戻ったような感覚に陥る。トモミの胸に抱かれて、幼き日の母を思い出した。

 ……どうして女なのに男の子のふりをしなければならないのか、我慢できなくて泣いたあの日を。



「でも反省点があるなら、次からは気をつけましょうね?」

「あ、はい……」



 トモミママは注意も忘れなかった。


 アーリィーが落ち着くまでの間、モンスターの襲撃もなかったのは、気を利かせたマルカスや近衛隊が警戒をし続けたからだ。


 その後、ようやく一行は遺跡を離れた。待機していたワスプⅠのもとまで戻り、そこからダンジョンの外へ、そしてウィリディスへと帰還するのだった。

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