第576話、雷にご用心


 大空洞ダンジョン地下68階層。そこにある遺跡を目指していたアーリィーたちは、廃墟も同然の石の遺跡に到着した。

 奥には建物、手前には、高さ三、四メートルほどの石柱が二列、七、八本立っているのが見えた。


「あれがそうなの?」


 アーリィーは、地図を見ていたサキリスに問うた。SS装備のバトルメイドは「おそらく」と答えた。


「あの柱に使われている石がそうだと思います」


 その言葉に、ブレザー制服姿の橿原かしはらトモミは、ぽんと手を叩いた。


「じゃあ、目的の半分は達成ですね」

「そうだね」


 アーリィーは右手に持っていた魔法銃を下げながら、わずかに吹きつけてくるダンジョン風になびく髪を左手で押さえた。


「でも建っているものから取るのは、何かヤだな……」

「では、あそこで倒れている柱はどうでしょう?」


 オリビア隊長が指さした。確かに、二本ほど倒れているオベリスクがある。


「その落ちている欠片なら――」

「そうだね。……どう思います? ダスカ師匠」

「落ちているものなら、問題ないでしょう。そのままなら、モンスターが踏んで砕いてしまうかもしれませんし」


 そもそも倒れている柱だって、魔獣が体当たりして壊したかもしれない。

 アーリィーは頷くと、仲間たちに全周警戒を指示。サキリス、トモミとダスカを連れて、オベリスクの残骸を物色。

 こぶし大の欠片を広い、アーリィーは首を捻る。


「これに癒やしの効果があるのかな?」

「かすかに熱というか、魔力の波動を感じますわ」


 サキリスが同じく、オベリスクに使われている黒い石の欠片を手に取る。ダスカはオベリスクに刻まれた文字を見つめる。


「何て書いてあるか気になりますね。読めればいいのですが……」

「写真、撮りましょうか?」


 アーリィーは持ってきたコピーコアカメラを取り出す。ダンジョンに入るので、荷物になりにくい小さなものを選んで持ってきたのだ。


「いいですね。それではお願いして――」


 ダスカが言いかけたそのとき、一帯に、魔獣の咆哮ほうこうらしき音が響いた。壁を挟んだ向こう側だろうか。遠くで聞こえた感じだが、ただの魔獣ではなさそうな声。


「ドラゴン種ですかね」


 魔術師が眉間にしわを寄せれば、周囲の近衛たちが盾を構えた。


「あまり長居しないほうがよさそうですね」


 アーリィーは、ポーチに目的の石をしまう。すると、声のした方の反対側を警戒していた近衛騎士が叫んだ。


「光! 魔法!」


 直後、光のつぶてのような魔法が複数飛んできた。近衛たちが素早く盾でそれを防ぐ!


「なに? 敵……?」


 魔法を放ってきた敵の正体を見定めようとするアーリィー。盾を構える近衛騎士の後ろに回り込んで遮蔽しゃへいとする。


「フェアリー?」


 三〇センチほどの小さな妖精たちが、光る杖を手に、こちらに攻撃魔法を次々に放っていた。


「なんで!?」

「あれは敵」


 マルカスを盾代わりにしていたリアナが、マークスマンライフルを構えて発砲。魔法を放つ妖精を撃ち抜いていく。

 むごいようですが――とダスカが、アーリィーの傍らで言った。


「撃ってきたのは向こうですからね。妖精は見た目に反して害意の塊なこともありますから」

「反撃しろ!」


 オリビア隊長が叫んだ。ウィリディス派遣の近衛に配備されたライトニングバレットの拳銃型に持ち替えると、盾を掲げながらフェアリーと射撃戦闘を繰り広げる。アーリィーもディフェンダーを使い、魔法弾を放った。


 近衛たちはまだ銃に慣れていないのだろう。妖精たちを中々捉えられない。一方でリアナとアーリィーは正確な一撃で一匹ずつ確実に仕留めていく。オリビアが自嘲混じりに振り返った。


「さすがです、アーリィー様!」


 だが、敵は妖精だけではなかった。

 先ほどの咆哮の主――紫の外皮を持つ竜型のモンスターが、遺跡の中から姿を現したのだ。


「ドラゴンッ!」


 咆哮ほうこうとどろく。こちらが妖精と撃ち合っている側面を突く格好だ。


 紫のドラゴンは、大空洞の浅い階層にいたフロストドラゴンと大きさはほぼ同じ。おそらく下級のドラゴンだが、それでもそのびっしり生えた歯を覗かせた大口は、人間を軽く一飲みにできそうなほど大きい。


「サキリス!」


 ドラゴンが突進してきた。その巨体に見合わない素早さで、あっという間にバトルメイドに肉薄する!


「くっ……!」


 引こうにも、近衛騎士やアーリィーがいるために下がれず、迫るドラゴンにサキリスは身構える。

 まずい! アーリィーはディフェンダーの発射口をドラゴンに向け――


翠角すいかく!」


 トモミの凜と引き締まった声が耳に届いた。

 刹那、サキリスにあと一歩のところに迫ったドラゴンの顔面、左頬を強打がえぐった。


 一発の轟音ごうおんが響いた。


 割り込むようなトモミの一撃を受け、ドラゴンは体勢を崩され、遺跡の壁に激突した。石壁が割れ、半身がめり込む。


 なんたる剛腕! 異世界から来たという女子高校生なる戦士の拳。エメラルドグリーンに輝く手甲に包まれたその拳は、下級とはいえドラゴンを吹き飛ばした。


「怪我はありませんか、サキリスさん?」

「は、はい……! 助かりましたわ」


 サキリスは思わず息をのんだ。間一髪とはまさにこのことだった。


 だが危機はまだ去っていない。先ほどと同じドラゴン種がもう一頭、怒号とともに出現した。背中の小さなひれのような部位が、バチバチと電撃を発すると、その口を開き――


「まさか、ブレス!?」


 射程はわからないが、おそらくその範囲にばっちり入っているのだろう、ドラゴンが放射態勢に入っていた。


 そうはさせない――アーリィーは魔法銃に自身の魔力を投入。瞬時に最大火力に増幅された魔力弾ハイパワーショットを発射した。


 雷のブレスが放たれるまさにその瞬間、ドラゴンの口腔に魔力弾が飛び込み、その頭を吹き飛ばし四散させる。頭部を失ったドラゴンは、残る身体を地面に突っ伏させた。


 間に合った――アーリィーは、ホッと息をついた。


 ドラゴンのブレス、あれが放たれていたらと思うとゾッとする。当たれば大怪我どころか死んでいたかもしれない。サキリスも、トモミも。


「助かりました、アーリィーさん」


 トモミが涼やかにお礼を言った。うん、と頷いたアーリィーだったが、素直に喜べなかった。


 ――ボクは、とんでもないことをしてしまったのかもしれない……。


 忘れていた、いや忘れかけていた感覚がよみがえってくる。

 同時に、無意識のうちに手が震えた。


 遺跡前の戦闘は終了した。近衛騎士に軽傷者が出たが、ポーションや治癒魔法で回復する程度のもので済んだ。


 だが、アーリィーの気は晴れなかった。

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