第575話、大空洞地下68階層


 ウィリディス地下工房。俺はふと、アーリィーたちはどうしているだろうと思った。そろそろ、大空洞ダンジョンに着いている頃のはずだが。


「お師匠……?」


 ユナの声。組み上げ中の魔人機――作業台の上に鎮座しているそれの背後から、銀髪の女魔術師が顔を見せる。


「ゴーレムコアを機体に接続しました」

「ご苦労さん。ガエア?」

「確認します」


 エルフの技師ガエアが、手元のデータパッドを操作した。テラ・フィデリティア製パッドは、ガエアからは神の道具と絶賛されている。リアナやマッドからも、遜色ないとお墨付きであり、機械文明の技術には感服する。


 魔力伝達線につなげられたパッドを操作することで、無人の魔人機の動力に火が灯る。

 ユナが回り込んで、俺のもとへ来た。


「間に合いそうですね」

「ああ、後は動かしてみて問題がなければいいが……。本音を言うと、試しをする時間が欲しかった」


 目の前にある新型魔人機。ウィリディスには、ウェルゼンというオリジナルがあるが、それより新型である。赤と黒に近い青、縁取りに金を使った、少々ヒーローチックなカラーリングの機体だ。


 鋭角的なフォルムはウィリディス製パワードスーツに共通しているが、たとえばその角は戦国武将の兜飾りめいてより大きくなっている。


 これまでのウェルゼンやパワードスーツシリーズではゴーグル型だった目元も、より人型らしく二つの目と、しっかり顔になっている。どこかのロボットアニメの主役機と言っても通用しそうな面構えである。


「派手ですね」


 ユナのシンプルなコメントに、俺も同意する。


「まあ、専用機だからね、しょうがない」


 使用した装甲は、炎属性魔法金属のフランメ鋼。現在開発中の大地属性型TPS-5に続く、炎属性機TPS-6に採用予定のそれだ。


「お師匠は、自分専用の魔人機は作られないのですか?」

「ん? うーん、まあ、今はいいかな」


 俺はぽりぽりと髪をかく。

 自分専用機、というのは男の子なら心躍るワードではあるが、ちょっとミリタリーかじって、しかも三〇代にもなると、ヒーローメカより量産型の渋さに心惹かれるというか。


 何て言うのかな。戦場で目立つ装備なんて、敵の的になるだけで、素人丸出しじゃないかって思うわけで。

 でも、専用機なぁ。作らないのって言われたら、ちょっと考えないわけでもない。……考えておくか。


「それよりユナ、君はどうなんだ?」

「わたしですか? 別に」


 ユナは、いつもの淡々とした調子で言った。


「魔人機やパワードスーツは機械要素が強すぎて。せいぜいライトスーツくらいまででしょうか。魔法に特化したものがあれば、話は別ですが」

「作ってみるか? 魔法特化機」


 ついでにユナの専用機にしてしまうとか。そう言ったら、打って変わってユナは俺に肉薄した。その大きな胸が俺の腕に当たる。


「あるのですか? 魔法型が……!」

「え、ああ、まだ考えている段階なんだけど、マシンに乗りながら魔法が使えたらって思ってね……」

「ぜひ、やりましょう!」


 ユナがぐっと自らの拳を胸の前で強く握りしめた。……ほんと、わかりやすい性格してるよ、この娘は。



  ・  ・  ・



 大空洞ダンジョン68階層。

 ワスプヘリの兵員輸送コンテナを降りたアーリィーたちは、そのフロアにあるという遺跡を目指して進んでいた。


 出発前にサフィロから得た、68階層の地図を使って洞窟のような道を進んでいた。


 先頭を進むのはリアナとSS兵。アーリィーとマスター・ダスカは中央で、そのすぐ前にはマルカスとオリビア隊長。すぐ後ろはサキリスと橿原トモミ、近衛騎士が固めている。

 ダスカの照明の魔法で照らし出されたダンジョン内。時々現れる魔獣を排除するのだが――


「さすがに68階層だけのことはあるね……」


 アーリィーは無意識のうちに眉をひそめた。

 前回はショートカットルートを使った。出てきたのは、シャッハの使役する炎の魔獣。だが今回の魔獣は、もとよりこの大空洞ダンジョンに生息しているものたちだ。


「ダンジョンというのは、基本奥に行けば行くほど、強い個体がいますからね」


 ダスカは、さながら教師のように告げた。

 根源とも言える魔力は深部に集まりやすい。強い魔獣は、ダンジョンの恩恵を受けやすいが、弱い魔獣は外側へと押し出される。それがダンジョンの入り口付近は弱く、奥へ行くほど強くなるという魔獣の強さの秘密ではある。


 70階層に近いこのあたりの魔獣たちは、浅い階層にいた個体よりも遙かに手強かった。


「放電音……」


 先導のリアナが報せてきた。近衛隊長のオリビアがあからさまに顔をしかめ、ダスカを見た。


「お願いできますか?」

「……引き受けましょう」


 リアナとSS兵が下がる。現れたのは、一体のスライム。光に照らされたその不定形モンスターは黄色がかっていて、小さく電撃をまとっていた。こちらを獲物とみたのか、ぬるぬると地面を這ってくる。意外と速い。


「ファイアボール」


 淡々とした短詠唱。ダスカの放った火の玉は、たちまちスライムを炎上させた。マルカスは首をひねった。


「ただのスライムなのに、雷属性ってだけで厄介この上ないな」

「まったくだね」


 アーリィーは同意する。このあたりの階層には上位種として属性持ちスライムが徘徊していた。

 厄介なのは、サンダースライム。雷をまとうこのスライムに不用意に近づこうものなら感電、麻痺して動けなくなってしまう。そこを捕食されれば万事休す。


 ただでさえ物理耐性が高いので、前衛のリアナは銃も近接のナイフも完全にお手上げ。SS兵のライトニングバレットも非常に効きが悪く、オリビアら近衛の騎士たちも踏み込めない。

 そうなると魔術師たちが、スライムの苦手属性の炎を撃ち込むしか手がなかった。


「でも、対処できるだけまだいいよ」


 アーリィーはため息をついた。


 先を急ごう。時々、ゴーストやスケルトンが現れたが、こちらは近衛騎士たちが敵の足を止め、スケルトンは粉砕。ゴースト系はマスター・ダスカの除去魔法で滅却された。


「おお、さすがはダスカ殿!」


 オリビアなどは高位魔術師の力に感嘆するが、本人は涼しい顔である。


 やがて、天井の高い広い空間に出た。左手側が崖、そして正面に目的の地下遺跡らしき建物が見えた。

 古い時代の遺跡――ところどころに窓のような形をした穴が見えるが、建物は半分近くがダンジョンの壁に埋もれていて、全体像は把握できなかった。奥へと階段状に連なっており、どこか集合住宅のようにも見える。


 そして遺跡の手前に、例の柱――オベリスクが数本立っていた。

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