第574話、アーリィーの冒険
「ということで、ボクたちは、ちょっと『大空洞』へ行ってきます」
「……どういうわけなんだ?」
朝のトーストをかじりながら、俺は向かい合うアーリィーに聞いた。
「トモミがね、クリスマスだから『シチメンチョウ』とかいう鳥があるといいって言うんだ」
「七面鳥なんているのか?」
この世界に、と言いかけ、そこは飲み込む俺である。さくり、とパンを食いちぎる。
「それはわからないけど、似たような鳥でもいいかなって思う」
「今から捕まえられるのか?? 冬真っ盛りで外は……ああ、それで大空洞ダンジョンか」
ダンジョンの中なら魔物はいる。季節の影響はさほど関係ない。
食糧難の時は、ダンジョンに潜って魔物を狩る、なんてこともある。まあ、素人には危険な場所であるから、冒険者や狩人を雇うか、よほどの緊急事態でなければやらないが。
「ボクたち、と言うのは? 誰が行くんだ?」
「サキリスとトモミは確定してるけど……もう少し人数いたほうがいいかな?」
「マルカスが行けそうなら連れて行け。あとリアナかリーレ、最低でもどちらか。ベルさんは……あれは出たがらないか」
昨日は雪が降って、今も外は結構寒い。やだよ、めんどくさい、って言われるのがオチだな。
今のところは晴れているから、現地まではワスプヘリなどで行けるだろう。冒険者たちも大空洞に出張っている奴はそういないはずだ。
「本当は俺が行くべきなんだろうけど……」
「気にしないで。ジンは忙しいんだから。それにボクだってやるときはやるよ!」
「できるできないじゃなくて、ダンジョンに行くんだから、心配しないわけないだろ」
俺が言ったら、アーリィーは「そ、そう……」と頬を染めていた。そこ、照れるところかな……?
「あまり無茶はしないように。何かあったら知らせろよ、すぐに行くから」
「ジンって、ボクを子供扱いしてない?」
「大事な嫁さんだからな」
過保護なのは認めるよ。それだけ心配なんだよ。
・ ・ ・
七面鳥の話は、
実のところは、本命は別にある。
昨日、キッチンでついうっかりクリスマス・プレゼントの件がバレてしまったアーリィー。しかし、災い転じて福となす。クリスマスに詳しいトモミの協力を得られることになったのだ。
『些細なプレゼントでもいいんですよ?』
トモミは、めがねの奥で優しい目を向けて言ったのだった。
『何も武器や防具でなくても、アクセサリーとか……あ、男性ですから服やネクタイ、この季節だと手編みのマフラーとか手袋なんてものもありますよ』
そういうのでいいのか。……ネクタイって何だろう、と思ったがそれを言う前に、同じく聞いていたサキリスが口を開いた。
『アーリィー様。最近、ご主人様がお疲れだとご心配なさっていらっしゃっていましたから、疲労を癒やす物など如何でしょうか?』
『あ、それいいですね! きっとジンさんも喜びますよ!』
トモミも賛成した。ジンが喜ぶ――そう聞いては、アーリィーもその気になった。
が、問題は、疲労から癒やす魔法具をクリスマスまでにどう入手するか、である。
だがこれも、サキリスが解決案を出した。
『アーリィー様からご相談いただいた後、わたくしは調べておりました。そこでふと思い出したのですが、疲労回復効果のある石というものがありまして――』
普段からマッサージや癒やし効果について勉強していたらしいサキリスである。
『大空洞ダンジョンの68階層に古い時代の遺跡があるようで、そこでオベリスクなどに使われている石材の破片が、どうも癒やし効果のある石でできているようです』
彼女の案はこうだ。癒やし効果のある石を回収し、それをアクセサリーに加工して、ジンにプレゼントにする、と言うもの。
名案である。当然ながら、アーリィーはこの案に飛びついた。
サキリスは実に手際がよかった。現在、大空洞ダンジョンは、シャッハの反乱事件でジンが開けた地下100階層までの大穴があり、ワスプヘリを用いれば、68階層までショートカットできる。
普通に踏破しようとすれば十数日は掛かりそうな道中も、半日程度で往復できるだろう。これもまた運が良かった。
ワスプヘリの使用許可をもらうためにジンに話したら、それなら強化シールド装備型のワスプⅠを使えと言われた。
何でも、敵地に兵を下ろすヘリボーン用に、魔法障壁装置を強化装備した型があるそうだ。
大空洞のショートカットルートは、飛行型モンスターが襲ってくるとも限らないし、上から振ってきたモンスターにぶつかって機体が墜落する危険もあるから、絶対にシールド装備型で行けと念を押された。
かくて、朝食後、アーリィー率いるダンジョン遠征隊が編成され、ウィリディスを飛び立った。
参加者は、アーリィー、サキリス、マルカス、トモミ、リアナにマスター・ダスカが加わった。
『遺跡調査は興味があります』
実に経験豊富な魔術師らしい理由だった。これに加え、シェイプシフター兵、オリビア隊長以下、近衛隊八名が
『新しい装備が届いたので、実戦で試したく思います!』
久々に本職の護衛任務に近衛たちの士気は高かった。人数が増えたので、ワスプⅠヘリは二機となった。
雪で真っ白になった平原を、二機のワスプⅠが駆け抜ける。天候は曇り。ただし雲の切れ目から太陽が顔を覗かせていて、雪が降る気配はない。日を浴びて反射する雪が眩しい。
かくて、一時間ほどの飛行ののち、大空洞ダンジョンに到達した。そのぽっかりと開いた入り口は、横幅は余裕があったが、高さが、兵員輸送コンテナ付きワスプだとあまり余裕がなかった。
一度、降りた方がいいかと思ったが、経験豊富なシェイプシフターパイロットは、難しいのは入り口だけなので、と低速で飛ばして侵入に成功した。一度、入り口を抜ければ、あとは比較的天井が高かったから、速度を出さなければ問題なかった。
中は真っ暗だったが、すぐに人工的な照明が付いて内部を照らした。どういうことだろう、と首をかしげるアーリィーに、マスター・ダスカはノンビリ言った。
「ジン君から、大空洞ダンジョンに行くならとビーコンなる魔法具を預かりまして。これがあるとダンジョンを管理しているコピーコアが、ガイドや照明を使ってくれるんだそうです」
ダンジョン魔石鉱山案――ジンが施した仕掛けの副産物だと言う。
「まあ、ダンジョン全体は無理ですけど、ショートカットルート周りの照明は勝手にやってくれるそうです。それ以降は自力で何とかしないといけませんが」
そのショートカットルートである大穴に到着。ここでワスプのうち二番機がその場に降下して、乗せてきた近衛とシェイプシフター兵を展開させた。いわゆる退路確保と非常時の援護のための待機である。
アーリィーたちを乗せた一番機は大穴に差しかかると、ゆっくりと降下していった。大穴のところどころに魔石照明が設置されていて、穴の中を照らしている。
「地下68階層だっけ?」
アーリィーは兵員輸送コンテナから眼下を望む。底が見えないほど深い。サキリスが降りていく機体に反して上を見上げた。
「これだけ階層が多いと、判断が付きませんわね……」
「ビーコンがある」
ライフルを担いだリアナが、マスター・ダスカを見た。老魔術師は頷いた。
「ダンジョンを管理しているコピーコアに合図しておきます。68階層の照明を操作してわかるように、と」
「至れり尽くせり、だね」
便利なものだな、とアーリィーは素直に思った。こんなダンジョン探索なんて、普通はない。
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