第504話、ゴーゴンとラミア
ヴォード氏と娘の話を、ラスィアさんから聞く俺とベルさん。そのベルさんが肩をすくめた。
「Sランク冒険者なんて、ヒーローだもんな。周りは相当ヴォードの肩を持ったんだろうなぁ」
「そのあたりは、ルティの面倒をみていた冒険者たちが、うまく教えたんだろうな」
留守しがちの親と同じ道をルティが選択している時点で、フォローが行き届いていたと思う。そうでなければグレて、冒険者なんて大嫌い、なんて言うパターンだっただろうから。
「でも今じゃ、ギルドで親子ゲンカするような関係か」
ベルさんが苦笑した。
「不良娘と親父の会話みたいだったな。ひょっとして反抗期?」
「二十歳過ぎて反抗期って遅くないか?」
「あー、一応まだ18なので、本人の前では気をつけてくださいね」
コホンとラスィアさんが咳払いした。ルティは身体が大きいせいで、実年齢より上に見られる傾向があるらしい。……へえ、マルカスやアーリィーと同い年なんだ。
「本当はルティさんのことが可愛くてしょうがないのに、ヴォードは不器用ですから」
ラスィアさんは何度目かわからないため息をついた。
「ギルマスという立場が、余計に難しくしているのかもしれません。周囲の目があるから、親馬鹿になれない」
「そりゃ他のモンの前で、娘だからって
「そうですね。ルティさんもそういう甘えは嫌がるタイプですけど、周りがどう思うかは別ですからね」
Sランク冒険者として、寡黙で威風堂々としていなければならない。もとより、あまり器用ではないヴォード氏は、娘に対してどう接していいのか、その距離感がつかめずにいるかもしれない。
仕事で家を空けていた旦那さんにありがちな家庭内トラブルに、おまけがついている格好である。
「憧れる娘。それに冷や水を浴びせる父親」
「娘の心配をする父親。その心がわからない娘」
俺とベルさんは顔を見合わせ、肩をすくめた。
親子ゲンカは犬も食わないってか。……あれ、夫婦ゲンカは、か。
「そういえば、ゴーゴン討伐がどうとか言ってませんでしたっけ?」
冒険者ギルドのフロアにも届いた親子ゲンカで、ヴォード氏が言っていた言葉を俺は思い出した。
間違いでなければ、俺のいた世界ではギリシャ神話に登場する女の化け物の名前だ。三姉妹で、そのうちのひとりが、かの有名な頭髪が蛇で、石化の魔眼を持つメドゥーサである。
「ボスケ大森林地帯の一角に、ラミアの群れが住み着いたらしいのですが」
ラスィアさんはカウンターまで歩み寄ると、依頼書の束を漁りだした。
ラミア。上半身が女、下半身が蛇という姿が、ファンタジー界隈では有名な姿だったりする。
この世界でもそれは同じで、ラミア自体は俺も戦ったことがある。なおラミア種の個体はすべて雌だ。
「そのラミアの中に、ゴーゴンがいるらしいのです」
彼女がいうには、ここではゴーゴンはラミアの亜種という位置づけらしい。
下半身が蛇型で上半身は女。目を見ると石化の魔法がかかる魔眼を持っている。その石化の眼があるせいで、モンスターランクはAの危険種と見なされる。
「で、そのゴーゴンの討伐依頼が冒険者ギルドに寄せられている、と」
「そういうことです。近くを通過した隊商が襲われて、調査したらその存在がわかったんです」
見つけた依頼書の複製を、ラスィアさんは俺に見せた。
「隊商のほかには、魔獣狩りに森に入った冒険者や狩人が数名行方不明になっています。おそらくラミアないしゴーゴンに襲われたとみています」
「犠牲者が帰ってこないから、被害届が出ないパターンかよ」
ベルさんがカウンターに飛び乗って、俺の手にある依頼書をのぞき見た。
「で、ルティはこの討伐依頼を受けたんだな?」
「ええ。彼女のパーティーが。つい先ほど、ゴーゴンを討伐したとその首を持ってきたのですが、ゴーゴンではなくラミアだったので、まだ依頼は解決していません」
間違いどうこう言っていたのはそれか。
「ルティはBランクでしたよね?」
「依頼はAランク。一つ下のBランクなら受けることができる依頼です」
なるほど。俺は依頼書をラスィアさんに返した。ダークエルフさんは眉間にしわを寄せた。
「本当はAランク冒険者の方に討伐を依頼したかったのですが、都合がつかなくて」
「アンフィたちのアインホルンは?」
「リーダーのアンフィさんとナギさんの間でトラブってるらしく、それどころではないと」
チームの内紛か? この前、なんかやる気でないって顔してたもんなアンフィは。
「クローガは?」
「別の依頼で王都を離れているんです」
他にもめぼしいAランカーは、
「今はルティさんが依頼を受けているので、他の方にお願いするわけにもいかないんですけどね」
いわゆる二重受諾を避ける処置だ。早い者勝ち指定がない限り、どちらが損をするような依頼の出し方はしない冒険者ギルドである。
そんなわけだから、ルティたちが未帰還にでもならない限り、俺のところにお鉢が回ってくることはないだろう。……何か、一瞬舌の先がざらつくのを感じた。
「あれ、ジンさん?」
後ろから声をかけられた。見れば、わんぱく小僧がそのまま成長したような冒険者、ルングだった。Cランク冒険者にしてマジックフェンサーである彼は、初めて会った頃に比べると少し落ち着きがでてきていた。
「よう、坊主。元気そうだな」
ベルさんが気安く返事すれば、ルング少年は苦笑した。
「相変わらず、態度でかいっスね……。あ、そうそう、うちの姉御、見かけませんでしたか? ここで待ち合わせの約束だったんですけど」
「姉御というのは、ルティか?」
確か、ルングは今、クレリックのラティーユたちと、ルティのパーティーにいるんだったな。
「彼女なら、ギルマスと派手にやり合って、出て行ったぞ」
「ええーっ? また喧嘩したんスか!?」
「またやらかしたらしい」
俺が頷いてやれば、ラスィアさんがヴォード氏とルティの一部始終を説明した。
「――あー、やっぱあの首、ゴーゴンじゃなかったんスね」
困ったように頭をかくルング。
「じゃあまた、ボスケ大森林に戻るってことか……はぁ」
ルングは深々とため息をこぼす。
「前回は不意打ちで倒せたけど、次はこうはいかないんだろうなぁ」
「わかってると思うが、ゴーゴンの魔眼には気をつけろよ」
確認のために言えば、ルングは「はい」と答えた。
「わかってます。正直、正面からはやり合いたくないですけどね。目を合わせたら石になっちゃうなんて、どんな化け物っスか……」
「まさに、化け物だ。気をつけろよ」
ベルさんがエールを送る。どうも、と応じてルングは立ち去った。心なしか背中から哀愁のようなものを感じた。
「おい、ルング!」
俺は
「何ですこれ?」
「お守りだ。持って行け」
「……どうも」
ルングは背を向けた。リーダーがゴーゴン退治に行くというので、仕方なく付き合うみたいな心境だろうか。
嫌ならやめてもいいんだけどな。冒険者は命がけ、その行動は自己責任が大半なのだから。
「なあジンよ。おまえさんなら、ゴーゴンとどう戦う?」
「目を合わせたら石になっちゃうんだろう? 目を閉じて戦うよ」
「だよなぁ」
俺の答えにベルさんは同意した。
「ま、オレ様には効かねえけどな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます