第503話、今日、冒険者ギルドへ


 新たにリーレと橿原かしはらを迎えたウィリディス。


 まずリーレの加入による変化。マルカス、サキリス、アーリィーの指導教官が増えた。リアナが格闘術や射撃を教えていたが、ここにきてリーレによる剣技、そして実戦魔法の指導が加わった。


「あたしも、昔、騎士学校に通っていたんだぜ」


 と、そんな風には見えない彼女は言うのである。

 ただ指導は徹底して実戦に即したものばかりで、騎士らしいお行儀のよさは何一つ教えなかったが。


 時々、ベルさんと腕試しとばかりに打ち合いするが、この不死身女もまた、魔王様と互角にやりあうものだから相当な化け物である。


 彼女は、リアナ、それと半サキュバスであるエリサと良好な関係にあるようだった。何だかとっつき難そうな人間と友だちになるスキルがあるようだ。

 あるいは魔獣剣士と名乗り、不死身である身の上と何かしら関係があるかもしれない。


 次に橿原。何もなければ普通の女子高生である。だがウィリディスで出される料理――つまり、俺の世界でのそれについて知っている人物である。


 結果、ウィリディス食堂のレパートリーが増えることになる。


「両親の代わりに、弟たちの面倒をみてましたから」


 そういう橿原の料理の手際はこなれていて、包丁さばきも見事だった。彼女は魚料理に心得があり、あまり海の幸に縁のないウィリディス在住者たちや料理人を驚かせた。


 魔力生成で作った魚とはいえ、マグロやイカの刺身には俺も涙がでたね。板前! って言ったら、本職の人に怒られますよ、と橿原は苦笑していた。


 目下、彼女は麺料理が作れないか試行錯誤している。パスタはあるけど、ラーメンとかうどんも食べたいなぁ。


 橿原は、メイドのクロハとサキリスと親交を深めているようだった。拳を握れば圧倒的な力を持つ橿原も普通の女の子であるわけだ。



  ・  ・  ・



 ウィリディスの地の一角に、ポータルの集結点、通称『神殿』を作った。


 ディグラートル大帝国や、ヴェリラルド王国への道中にある国に先日、秘密拠点を作ってポータルを繋いだわけだが、その出口を整備したのである。


 こちらから目的地へ移動するのがほぼ一瞬で済むわけだが、それは向こう側からも同じである。万が一、敵対存在がこのポータルを使うようなことがあれば、ウィリディスに直通で侵入することを意味する。


 そうならないようにポータル出入り口にコピーコアの警備・監視装置もつけた。SS工作員にも、敵に利用されるようなことがないように、非常時は爆破できるように指導してはいるが、万が一という事態もある。


 神殿についても警備装置やSS兵を常駐させる。各ポータルの出入り口は小部屋となっていて、壁型のゲートを部屋の出入り口とする。


 コピーコアの目によって識別し、味方なら自動ドアとしてゲートを開き、敵や不明の存在の場合はゲートを閉じたままにする。一見すると壁にしか見えないゲートだから、よほど注意深くなければ行き止まりと引き返すことになるだろう。

 それでゲートを見破り侵入を図るなら、神殿はダンジョンとなって迎撃する。


 建物の内装は、ピラミッドとか遺跡を思わせる整った大きな石で組み上げたような感じだ。


 今後、さらにポータルが増えるだろうが、その時は地下へ掘り下げていくようにしていくつもりだ。


 ポータル部屋のタワー。神殿本体とポータル部屋を分けて、浮遊移動式の足場で行き来するという仕掛けも面白そうだ。まあ、その場合落下したらタダで済まないので気をつけないといけないけどな。


 さて、神殿作りがひと段落したわけだが、季節は11の月。アクティス魔法騎士学校の最上級学年の卒業まで残すところ一ヶ月を切った。


 魔法騎士生たちは、卒業後の進路も決まり、その準備を進める時期である。俺やアーリィー、マルカスは気にすることもないが、学校もおろそかにすると体面が悪いので、そちらにも顔を出す。


 同様に冒険者ギルドにも俺とベルさんは顔見せする。ウィリディスに引きこもっていると世間に疎くなってしまうからね。情報収集や噂のたぐいも仕入れておかなくてはならない。

 そんなある日、それは起きた。



  ・  ・  ・



「うっせ、馬鹿親父! 間違い間違い言うな! 今度は本物狩ってきてやらぁ!」


 冒険者ギルドに響くは女の怒号。フロアにいた職員や冒険者が何事かと視線を巡らせば、それに負けないくらいの男の怒声が木霊した。


「まだそんなことを言っているのかッ! おまえにゴーゴン討伐は無理だ! やめてしまえ!」


 ヴォード氏の声だなぁ。俺はベルさんと顔を見合わせる。


 乱暴に扉を閉める音がしたかと思うと、奥から肩を怒らせたルティ――Bランク冒険者で、ヴォード氏の娘が鬼気迫る顔でフロアに出てきた。


 周囲の職員と冒険者たちは、示し合わせたように一斉に顔を背けた。ルティは青筋をたてたまま、大股にフロアを横断するとギルドを出て行った。

 すると周囲から、溜めていた息を吐き出す音が重なった。……何なんだこれは?


 副ギルド長のダークエルフ、ラスィアさんが自身の黒髪を撫でながら、フロアへやってきた。そんなお困りな彼女に俺は声をかけた。


「何があったんです?」

「ああ、ジンさん。まあ、いつもの親子ゲンカですよ」


 ため息をつくラスィアさん。俺は周囲を見回しながら聞く。


「いつもの、というのは最近特に酷いんですかね?」


 もとからあまり仲がよろしくないと聞いている。周りの慣れたような反応からそう推測したのだが。


「ええ、そうですよ。ギルマスは娘さんに危ないことをさせたくないのですが、ルティさんは冒険者に憧れを抱いていますから、そのあたりが噛み合わなくて」

「衝突すると」


 俺が言えば、ベルさんはあくびをした。


「『親の心子知らず』ってやつだな。ヴォードがSランク冒険者だから余計面倒になってるってところだろ」

「そういうことです、ベルさん。ギルマス本人も冒険者なのに、娘には危険だから冒険者を辞めろなんて、説得力がありませんよ」

「経験者だからこその説得力も、親子関係が台無しにしていると」


 ぽりぽりと俺は頭をかく。家庭の事情なら、頼まれでもしない限り口出しするようなものでもない。周囲のそっけない態度も、それだろう。


「ルティが冒険者に憧れている、というのは?」

「彼女は幼い頃に母親を亡くしています」


 ラスィアさんは肩をすくめた。


「その頃のヴォードは冒険者として絶頂期でした。仕事で家を留守にすることも多かったのですが、ひとり残されたルティさんの面倒を見たのが、冒険者ギルドと冒険者たちだったわけです」

「なるほど、彼女のまわりの大人はみんな冒険者だったわけですね」


 そんな環境に育てば、自然と冒険者業に詳しくなり、そっちの道を進むのもあり得なくはないということか。なるほどねぇ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る