第502話、遠き故郷に思いを馳せて


 ポイニクスはウィリディスに帰還した。


 つい数時間前まで雪を見たが、このあたりはまだ降っていない。ジャルジーの治めるケーニゲン領では少し白いのが見えたから、このあたりに降るのも時間の問題だろうとは思う。


 到着までの間、俺はアーリィーに、リーレや橿原かしはらが、異世界の住人であることを説明した。大帝国がそういう異世界の人間を召喚して、兵器などに利用していることも。


「酷いね、本当に」


 アーリィーは憤りを感じていた。別の世界から、わけもわからず連れてこられて、しかも兵器に転用しようとする大帝国の所業。


「エリサが改造されたって話だって許せないことなのに……」


 聞いていたマルカスやユナも、アーリィーのその言葉に頷いた。


 その大帝国は、大陸を支配すべくその侵略の魔の手を伸ばしている。東進して、連合国を駆逐しつつある一方、こちらの西方諸国にも兵力を送り込んできている。


 今年中の侵攻は、一度叩き返してやったからないが、来年の春になれば攻めてくるとみて間違いない。


「ジンが色々準備してきたけど、ますますあの国には負けちゃいけないって思った」


 ああ、そうだな。同感だ――俺は首肯した。



  ・  ・  ・



 さて、ポイニクスを降ろし格納庫へ収納した後は、シェイプシフター整備員たちが機体のチェックやメンテを行った。


 任務に就いてくれた仲間たちには、ゆっくり休養をとるように言っておいた。俺とアーリィー、マルカスは当然のごとく、学校はお休みした。


 俺も休む前に、リーレと橿原の様子を見に行った。SSメイドのヴィオレッタが案内したのは、ウィリディス屋敷の大リビングだった。


 ソファーに座る二人。そこにはサキリスとリアナ、そしてダスカ氏もいた。サキリスは武術大会絡みで、リーレと橿原と面識があり、ダスカ氏も俺が連合国で戦っていた頃に、彼女たちと顔を合わせ共に戦ったことがある仲だった。

 リアナについては言わずもがな。


「おー、ジン。何なんだよ、ここの料理。めっちゃ美味かったぞ!」


 リーレが俺に手を振った。ふだんつけている魔眼隠しの眼帯もつけていた。予備を持っていた……いや、それなら戦闘が終わった後につければよかったような気もするが。


 まあ、いいか。俺は頷くと、橿原に目をやり、おやと思った。橿原は眼鏡をかけていた。そういえばいつもなら眼鏡をしているはずなのに、さっきまでつけてなくても全然気にしていなかった。


 ただ、俺が気になったのは、眼鏡ではなく、その奥の目だ。気のせいか少し赤くはれているような。……ひょっとして泣いていた?


「何かあったのか?」

「ちょっとな」


 リーレがばつが悪そうな顔になる。


「ここの料理が美味かったんだけど、トモミが故郷思い出しちまったみたいで、ボロボロ泣き出してさ……」

「すみません、本当に。懐かしい味だったので。料理は大変美味しかったです!」


 橿原が笑みを浮かべた。無理しているな、これ。見ていて痛々しい。


 ホームシックを加速させてしまったかな。橿原にとって、この世界にきてどれくらいになる? そのあいだ、日本で食べていた料理などほとんどなかっただろう。肉や野菜、スープはあれど、もとの世界の料理に比べ薄味だったり淡白だったり。


 懐かしい味、か。


「口に合ってよかった。デザートもあるから、よければ食べてくれ」


 俺は努めて明るく言うと、席についた。


 リーレと橿原がヴェリラルド王国を離れてからの経緯を聞く。次いで俺たちのいるウィリディスという地の説明と、大帝国との戦争に備えて準備を進めていることを告げた。二人を拾ったのは、大帝国への諜報作戦を遂行して帰ってくる途中だったことも含めて。


 リーレが口を開いた。


「大帝国にスパイを放ったのか?」

「あいつらは戦火を拡大させているからな。俺が連合国を離れてからも、いくつか新兵器を投入していると言うし。衝突不可避であるからには、情報収集は欠かせんよ」

「本気で大帝国をぶっ潰すんだな?」

「売られた喧嘩は買うが、どういうケリの付け方をするかは、まだ考えている最中だ」


 間違っても英雄になるつもりはない。敵を粉砕するのはかまわないが、政治的な決着やその後の行く末については、どこかよそにお譲りしたいところだ。


 そもそも、うちの軍隊は、まともな戦争をするために必要なものが圧倒的に不足している。それは敵を蹴散らした後の土地や拠点を占領・維持していく能力だ。


 兵隊の数がいないということもある。戦闘で破壊してしまった設備の修理、捕虜を収容する施設や管理、一般人たちの面倒など、軍隊というのは戦っていないところでも忙しい。

 まあ、うちは戦うだけでいいんだけどね。侵略軍になるつもりはないから。


 手柄はいらない。領土や賠償金とかもいらん。俺はただ静かにのんびり暮らしたいだけだ。


「それで、君たちはどうするんだ? 元の世界に戻る方法を探すのか?」

「そりゃあな」


 リーレ、そして橿原は頷いた。


「家族がいますし、私もできればすぐにでも帰りたい……」

「こちらでも、できるだけ協力する」


 同じ境遇の者同士である。同じ異世界人だからこそ、困っているのなら助けてやりたいと思うのだ。

 俺自身は帰る気はないけど、世の中何があるかわからないから、方法があるのなら、それを知っておきたいところではある。


 ダスカ氏が口を開いた。


「では、私のほうでも異世界召喚に関しての資料集めや調査を進めておきましょう。何冊か、それに関する本もあるので、よければ後で見ますか?」

「ありがてぇ。ぜひ頼む」


 リーレが身を乗り出せば、橿原も安堵したように顔をほころばせた。


「俺が大帝国にスパイを送り込んだのは、連中の異世界召喚に歯止めをかけるためでもある。これ以上、不幸な異世界人が増えるのはよろしくない」

「ああ、まったくだ」

「過剰な異世界召喚は、この世界にとってもよろしくないでしょうし」


 ダスカ氏が同意するように言った。俺は続ける。


「同時に、連中の召喚魔法や儀式、その他の資料を工作員に盗み出させようと思ってる。異世界召喚の方法がわかれば、それぞれの世界に帰る手掛かりになるはずだ」

「おいおい、なんだよ」


 リーレが引きつった笑みを浮かべた。


「何だか一気に道が開けたみたいじゃねぇか。よし、ジン。あたしは乗ったぜ! 大帝国には借りもあるし、これ以上の召喚だって望んでねえ。手伝わせてくれ」

「私も、及ばずながら、協力させてください」


 橿原は頭を下げた。……君は再会してから頭を下げてばかりだなぁ。


「よろしく。元の世界に帰る方法が見つかれば、好きなタイミングで抜けてもらって構わない。それまでは、うちで面倒をみるよ」


 そうなると、二人にも部屋を用意しないとな。また増築が必要だなこりゃ。

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