第501話、リベレイター壊滅


「何なんだ!? 何なんだ、あれはッ!?」


 ディリー・ペッカーは声を荒らげた。かろうじて生き残った魔術師たちが続くが、当然ながら隊長であるペッカーの問いに答えられる者はいない。


 二人の異世界人を追い詰めたはずだった。二日前から準備にかかり、昨日は一昼夜かけて追い詰めたのだ。犠牲も少なくなかった。ようやく仕留められると思ったその矢先に、得体の知れない者たちから襲撃を受けた。


 目に見えない謎の攻撃。そしてゴーレムや、サイズこそ違うが魔人機に似た機械人形の持つ武器。


 まったくわけがわからなかった。

 わかることといえば、人狩り部隊として名を馳せたリベレイター部隊が、ほぼ壊滅してしまったという事実のみ。


 これまで、大帝国に仇なす者たちを裁いてきた。ゲリラを庇ったから村を丸ごと焼き払ったこともある。炎の魔法で多くの敵を灰に変え、恐れられている部隊である。


 通常部隊ではありえない魔術師を多数揃えた部隊は、遥かに規模の大きな敵部隊をも殲滅できる。それがわずか数人の敵によってやられてしまうとは……!


『おいおい、まさか、逃げられると思ってはいないだろうな?』


 背後から、低い声が聞こえた。そこに込められた殺意の塊が、ペッカーの背筋を這い上がり、猛烈なる寒気を呼んだ。


「な、に……?」


 後ろから追走する魔術師が、頭から血を噴いて倒れていく。また、あの見えない攻撃か!


「くそ、敵はどこだ……!?」

『ここだよ』

「え――」


 影がペッカーを追っていた。そこから突然、にゅっと姿を現したのは漆黒の甲冑をまとった重騎士。ペッカーの上背を上回るそれ、兜の奥でギラリと目が光った。


 赤く輝く両手剣、デスブリンガーが、ペッカーを斜めに切り裂いた。とっさに防御障壁を張ったのに、それを無視するかのような一撃は、魔術師の身体を両断しその意識を奪った。



  ・  ・  ・



 追撃したベルさんとリアナ、シェイプシフター兵らが、大帝国の魔術師を一人も生かして帰さなかった。


 ポータルを経由して、アーリィーとユナ、エリサがやってきたが、彼女たちの出番はなかった。負傷者がいるということで来たエリサだが、精霊の秘薬で回復した橿原かしはらには、それ以上の手当ては必要なかった。


 戦場の後始末――大帝国魔術師や兵らの死骸の処理と、マルカスやリアナが使った銃の薬莢の回収をSS兵らに任せて、俺たちはポータルポッドを使ってポイニクスへ戻った。

 リーレと橿原を連れ、安全な空の上で事情を聞くのだ。


「すっげ、これが空の上かよ!?」

「私、飛行機に乗ったのは初めてなんです」


 うん、まあ、そうね――操縦室の窓から見える景色を見やり、リーレが声を張り上げる。橿原は飛行機自体は知っているが、初めてと言うとおり物珍しそうだった。

 彼女らが落ち着くのを待つことしばし、まず橿原が頭を下げた。


「ジンさん、助けてくれてありがとうございます。おかげで命拾いしました」

「無事でよかったよ。正直、通りかかったのは偶然だったんだけどね」


 こういう偶然は感謝したい。ヘタしたら二度と生きて会えなかったかもしれないという状況だから。


「本当だぜ」


 リーレが橿原の隣に立つと、異世界高校生の肩を叩いた。


「もう少し遅かったら、トモミは助からなかった」

「ええ、命の恩人ですね」


 俺は肩をすくめるだけに留めた。機長席のパネルに座るベルさんが口を開いた。


「で、お前ら、何で大帝国の連中に追われてたんだ?」

「ベルさん、それにジンよ。あたしらが、何のために旅しているかは知ってるな?」

「自分たちの世界に帰るため、だろう?」


 その言葉に航法席のユナ、測定席のサキリス、その傍らにいたアーリィーが視線を向ける。


「そう。あたしらは大帝国の連中によってこの世界に召喚されちまった。だから帰る方法を探してる」

「その手掛かりは見つけたのか?」

「いいや、それがさっぱり」


 リーレがうんざりしたような表情を浮かべた。


「魔法だってことはわかってる。だから召喚魔法に関係するものを、手当たり次第調べるためにあちこち彷徨さまよっていたんだけどな」

「今のところ、有力な手掛かりはありません」


 橿原が俯いた。異能の力を利用した格闘術を習得したとはいえ、彼女はまだ18歳の女子高生。以前聞いた話では兄弟がいると言う。遠き故郷を思い出したら、辛くもなるだろう。


 ……まあ、俺にはそういう感情はあまりないんだけどな。家族はいるんだけど、疎遠だったし。果たして元気にやってるかなぁ。


「大帝国の連中とは関わらないようにしてたんだけどな、ふとしたことで騒動になってな」

「冒険者だって言ったんですけど、格好が怪しいからって」


 橿原は自身の姿――ブレザーにスカートという制服姿を見せて苦笑した。精霊の加護で守られている制服は、橿原にとって元の世界と自分を繋ぐ唯一のアイテムと言える。


「一度ごたついたら、もうそれからは災難続きでさ。とうとう帝国の特殊部隊まで出てきちまってなぁ……。いよいよヤバイって時に、お前たちが来てくれたって寸法よ」

「事情はわかった。大変だったな、本当に」


 俺は頷いた。


「今は隠れ家があるから、そこで休め。部屋も用意させよう。帰る方法についてもそのときに少し話そうか」

「何から何まですみません」


 ペコリ、と頭を下げる橿原。リーレはぼりぼりと自身のショートの髪をかく。


「すまねえな。世話になる。とりあえず、その……腹がへった」


 ニヤリとする彼女に、俺とベルさんは苦笑を返した。


「美味い料理を用意させよう」

「ああ、うちの料理は絶品だぞ」


 ベルさんも太鼓判を押す。本当かよ、と声を弾ませるリーレ。俺は橿原を見やる。


「一応、大抵の料理はできるけど、何か食べたいものがあるか? うちはご飯も卵も醤油もあるぞ」

「TKG! TKG!」


 ベルさんが声を上げると、周囲から笑い声があがった。

 俺はサキリスを呼んだ。


「この二人を連れて、ポータルで先にウィリディスに帰ってくれ。食堂で何か食べさせてやってくれ」

「かしこまりました、ご主人様」


 サキリスが一礼すると、リーレと橿原に声をかけ、ベルさんもそっちへついて行った。

 皆が出て行った後、アーリィーがそばにきた。


「あの二人、ウィリディスに連れていって大丈夫?」

「問題ないよ」


 機長席に座り、背もたれに身を預ける。そういえば、アーリィーは二人と直接の面識はなかったっけ? その彼女は俺の反対側にまわると機長席パネルに肘をついた。


「二人は自分の世界とか言っていたけど、そのあたりのことも話してくれる?」

「もちろん」


 あー、一仕事したらコーヒーが飲みたくなってきた。日が高くなりつつある空を見やりながら思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る