第491話、潜入工作員試験
夜明け前、ウィリディス第三格納庫の西口ゲートを通過して、長距離偵察機ポイニクスが姿を現す。
位置関係から、飛び立つまではウィリディス屋敷から見えない。
試験飛行である。俺はポイニクスの操縦室にある機長席についていた。操縦席のシェイプシフターパイロットと副操縦席のマルカスを見守る中、機体は車輪を使ってゆっくりと前進。格納庫前の駐機スペースにて静止する。
「第一から第四までのエンジン、異常なし」
「最終チェック終了。いつでもいけます」
操縦席からの報告を受け、俺は頷いた。
「浮遊開始」
浮遊開始――SSパイロットが復唱し、浮遊石に繋いだ航行装置が唸りを上げた。操縦室からは見えないが、命令を受けた浮遊石が光を発して、ポイニクスを空へと持ち上げる。
ウィリディスの他の航空機同様、浮遊による発進である。図体に関係なく、長大な滑走路を必要としないのは、浮遊式離発着のメリットと言える。
「高度100メートル。なおも上昇中」
「エンジン始動。まずはゆっくりだ」
「了解」
浮遊石で浮かび上がったポイニクス。待機させていたエンジンが軽く火を噴いた。すると推進力を与えられ、上昇しながら機体が前へと進みだした。
「おお……!」
副操縦席のマルカスが思わず声をあげた。機長席のコンソール脇に乗っているベルさんが口を開いた。
「昔の飛空船を初めて飛ばした時を思い出すなぁ」
「そんな昔じゃないだろ」
順調に飛行するポイニクス。空を飛ぶことに関して必要な能力はあるが、期待通りに動くのかテストする。不具合や不足を見つけ出すための試験飛行だ。
・ ・ ・
初回飛行は問題なく進行し、やがてポイニクスはウィリディスへ帰投した。地上に戻った機体は、シェイプシフター整備員たちが各部のチェックを行う。内部の機器にトラブルはなかったが、搭載したコピーコアが見落としている外装の傷などがないかも確かめる。
ちなみに、ウィリディス製コピーコア搭載機は、魔力生成を応用した再生機能を持っている。小さな損傷やパーツの消耗などを再生することで、常に新品同様に生き返ることができるのだ。
これらはもともと上位ゴーレム種や一部モンスターが持っている能力の応用であるが、再生には魔力を喰うから、実際に機体を飛ばしている時はあまり使われず、もっぱら地上での修理や整備時に行われる。
魔力と引き換えであるが、再生によるパーツのリサイクル率の高さから機体の維持がとても楽なのだ。
さて、ポイニクスはその後も、何度か試験飛行が繰り返された。最初はただ飛ぶだけだったが、次第に搭載機器の性能試験や稼動テストも同時に行われるようになった。
巨大な怪鳥が飛んでいる――となれば、王族の耳に入るのも時間の問題だった。言ってはいなかったが、別に隠すつもりはなかったから、エマン王やフィレイユ姫が視察に来た。
エマン王は、巨大なポイニクスの姿に驚いていたが、フォルミードーはもっと大きかったんだけどな……。
いったい何に使うのかと王は聞いてきた。これでワイバーンと戦うのか、と的外れなことを言ったので、俺は手短にこう答えた。
「地図を作っています」
そう言って、観測機器を使って測定したウィリディス周辺の航空地図を王に披露した。
それまでの適当感丸出しの地図しか見ていないエマン王にとって、こちらの作った精巧な地図は、驚愕に値するものだったようだ。
「ご許可いただけるなら、ヴェリラルド王国全体の地図も作りたいと思っています」
「ぜひやってもらいたい。出来た地図は、私に献上してくれ」
「もちろんです、
正確な地図というのは、戦略、戦術とも非常に重要なものだ。たかが地図と思うかもしれないが、きっちり測定された正確なものは、そうそうないし、あれば大枚はたいてでも手に入れるべき品である。
ともあれ、国王陛下をその気にさせ、ポイニクスの運用試験は続けられた。なお、一番はしゃいでいたのは、フィレイユ姫殿下だった。彼女は試験飛行に何度も立会い、空から見える地上の景色を眺め絶賛していた。
「まあ、王都がなんと小さく見えることでしょう!」
操縦室に踏み台を用意して、窓から眼下を見やる。以前よりウィリディスの空飛ぶ乗り物に、乗りたいと言っていたお姫様であるが、その望みがとうとう叶えられたのだ。
測定席で地図作成を監督していたアーリィーは、そんな妹姫の姿に目を細めていた。地上を見る望遠カメラを使い、高高度から覗き込む。
「フィレイユ、来てごらん。移動する隊商が見えるよ」
「はい、お姉さま。……おおっ!? おおおっ!」
望遠カメラの拡大映像を見やり、姫様は奇妙な声をあげていた。
そんな微笑ましい光景をよそに、着実にポイニクスの実戦投入の機会が近づきつつあった。搭載機器の稼動テストも不具合が生じるたびに調整や改修を行い、その精度を高めていった。
俺は、次の計画――大帝国帝都の偵察作戦を実施するための、本格準備に移るのだった。
・ ・ ・
深夜を通り越して明け方も近い時間帯。ウィリディスの主な面々が眠っているその頃、俺とベルさんは、地下屋敷三階の会議室にいた。
姿形の杖ことスフェラが控える中、俺とベルさんの前に十数人の人型が立っていた。
「帝都偵察と並行し、大帝国の重要施設に侵入して情報を盗み出す潜入工作を行う」
俺は居並ぶシェイプシフター工作員たちを眺める。
「大帝国は、連合国と戦いながら、ヴェリラルド王国を含めた西方諸国へも侵略をするものと思われる。大帝国の動き、保有する兵器、その他さまざまな情報は重要なものとなる。君たちの働きが戦局を左右すると言っても過言ではない」
情報を制する者は、戦いを制する。シェイプシフター工作員たちは、特殊部隊出身のリアナの指導により、その能力を大きく上げている。
「以前から諜報活動はしてもらっていたんだけど、今回は情報収集能力がどこまで向上したのか確認したい。試験内容は、ウィリディスに住む者たちをスパイし、その情報を持ち帰ってくること」
俺の言葉に、隣でベルさんが、うんうんと頷いた。
「むろん、スパイ活動が発覚するような間抜けなことにならないように」
バレたら俺もタダじゃ済まない。何せ家人に黙って探りものをして、秘密があればそれを暴き出して持ち帰れと言っているわけだから。
なお、言いだしっぺは、ベルさんだったりする。彼いわく――
『身内の秘密も探り出せないようじゃ、敵から情報なんて盗めないだろう?』
それなりに説得力はある。正直、身内の調査をするってのはあまり気乗りはしないのだが、工作員たちのスキルアップのためにも通過儀礼となるだろう。
「何か質問は? ……なければ、解散」
シェイプシフター工作員たちは、静かに会議室を後にした。
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