第492話、ウィリディス住人調査報告


「何だろう、視線を感じる……」


 ウィリディス食堂で、昼食のカルボナーラを食べていた時、アーリィーがそんなことを言った。


 少し肌寒いが、ウィリディスの自然を見ることができる展望席。外に目をやるアーリィーと向かい合っていた俺は聞いた。


「視線?」

「なんとなく、だけど……」


 シェイプシフターに気づいたかな、と思ったが、はっきりと確信があるわけではなさそうだった。


 SS工作員の潜入調査スキル試験の真っ最中である。俺も個々の動きは把握していないが、アーリィーも調査対象であるので、俺とこうしてランチをしている間も、見張られているのである。


 俺は普段どうりに過ごすのを心がける。ドッキリの仕掛け人よろしく、原因がわかっていてもそれを表に出してはならないのだ。


「まだ感じる?」


 視線、と俺が言えば、アーリィーは首を横に振った。


「ううん。……気のせい、だったかな」

「そうか。――このカルボナーラ、美味しいよ」


 別名、炭焼きのパスタ。炭鉱夫のパスタとも言うらしい。チーズにベーコン、黒コショウ、卵を使う料理だ。卵はあらかじめ溶いておき、パスタとからめる時も固まらないように熱さに注意して仕上げていくのがコツである。


 そんな作り方レクチャーをすると、アーリィーは感心したように「へぇ」と頷いて、パスタをフォークにからめて口に運んだ。



  ・  ・  ・



 SS工作員たちの情報収集活動、その報告会は、深夜過ぎにひそかに開かれた。


 それぞれの担当工作員は、ウィリディス住人の一日の行動を表にまとめた。部屋に潜入し、何か情報となりえるものを捜索し、その記録を極小カメラに記録し持ち帰ったのだ。


 審査員は、俺とベルさん。スフェラは同席するだけで、完全に分身体たちを見守る保護者ポジションだった。


 まず一人目は、マルカスだった。


 ヴァリエーレ伯爵家の次男。アクティス魔法騎士学校では優秀な成績を修めている魔法騎士学生。真面目な性格で、少々お堅い。


「勉強に稽古けいこ、武器の手入れ、そして読書」


 筋金入りの真面目くんである。なにこの模範的過ぎる生活習慣。


「最近は魔法についての勉学に、時間を割いているようです」

「……で、一日の最後に日記をつけていると」

「こちらが、その日記のコピーとなります」


 彼の日記のコピーに目を通す。生真面目さの証明とばかりに、その日の出来事や所感がつづられている。


 戦闘機や魔人機に関しての彼の意見など、こんなことを考えながら動かしているんだな、と素直に興味深かった。


「……うん?」


 ペラペラと眺めていて、ふと、メイドのクロハについての言及が増えていることに気づく。


『よく気がつく彼女』

『疲れていると優しい笑顔で迎えてくれる』

『日頃から仕事に対して献身的。それが彼女の仕事なのだろうが、いてくれるのはありがたい』

『何かお礼をしたいと思うが、はたして彼女には何をしてあげればいいのだろう……?』


 ――これは、ひょっとして。


「マルカスが、クロハに好意を抱いている……?」

「なんだ、ジン。知らなかったのか?」

「ベルさん、知ってたの!?」


 隣で、マルカスの行動表を見ていたベルさんは、耳をほじりながら言った。


「直接は言ってなかったけどな。あいつの視線や、クロハに対しての初々しい態度みてると、これはありだな、と思ってた」

「……ああ、そう」


 あの堅物少年、うちで働くメイド長に恋心を募らせていたらしい。ほぼ騎士確定の見習いが、仕えているメイドに恋をするとか、ベタかよ。


 忙しさにかまけて、気づいていなかったな俺。もうちょっと、家の面子のことも見ようと思う。


 クロハへの恋慕を除けば、秘密と呼べるものはなかった。日記からもマルカスの正直なところがよくわかった。


 いま気にしているのは、クロハのこと。学校を卒業して、俺のところに仕えることをどう実家に報告すべきか、と言ったところだった。実にわかりやすい……。


「では次は……」


 二人目。ユナ・ヴェンダート。アクティス魔法騎士学校教官の23歳。なお来年は契約しないらしいので、無職確定。現在俺の弟子であり、かつてはダスカ氏の弟子だった。


「おっぱい先生の日常はどうなのかな~?」


 ベルさんがやたら楽しそうだった。


 彼女の行動表をまとめると、学校に出勤する以外は、ウィリディスでの魔法研究が主だった。俺が製作する魔法具や兵器の手伝いを積極的にこなしている。


 提出資料は、ユナが自分用にまとめていた魔法ノートのコピー。俺から教わったことや魔法具や兵器の記録、感想や提案などが書かれていた。


「字が下手ってわけじゃないが、読みにくいな……」


 走り書きのような文章や、図形がゴチャゴチャしている。ぎっしりしているかと思えば、妙に余白の多いページもある。ページごとにネタを分けているからだろう。


 ユナに関しての秘密といえば、このノートに書かれているオリジナルの魔法具のネタだろうか。実現方法を考えて、あれこれ訂正して真っ黒になっているのもあるが、あの魔法バカな彼女が一生懸命に考えているのは微笑ましかった。


 もし聞かれたらヒントくらいはあげよう。  


 次は……お、マルカスの片思い中のクロハか。


 元キャスリング家に仕えていたメイドで、今はウィリディスでメイド長である。23歳……あ、ユナと同い年なのかあの娘。


 SS工作員からの提出資料は、観察レポートと予定表だった。


 朝早くに起床し、炊事、洗濯、清掃活動と実によく働いている。時々、お菓子を作って試食しているのはご愛嬌。


 あとは手製のカレンダーに予定を書き込んでいるようだが、個人的な仕事メモ程度だった。ウィリディスに大きな行事なんてないからなぁ、今のところ。


「日記とかないのか?」


 ベルさんが問うた。工作員は答える。


「はい、私物と呼べるものがなく、衣服をはじめほぼ支給品のみで生活しています」


 筆記用具、裁縫道具なども、そういえば必要だからと頼まれはしたのを俺は思い出した。


「こりゃ、王都で買い物でもさせてあげるべきだったかな……?」


 その呟きに、工作員は答えなかった。まあ、そうだろうな。


 マルカスが好意を持っていることについて、クロハが何を考えているかなどは、残念ながら提出資料からは窺えなかった。


「では次……サキリス」

「一番ヤバい奴きたな」


 ベルさんの一言に、俺も思わず苦笑する。


 キャスリング伯爵家ご令嬢にして、現メイドをしている美少女。


 仕事ぶりは、クロハに負けず劣らず優秀。本当に元お嬢様なのかと思うほど、手際がよく、この上、魔法を操り戦闘もこなせるというのだから、そのスペックは一般人のそれを大きく凌駕している。


「ほんと、黙っていればスペック高いよな、この娘」


 ベルさんも認めるところである。さて、問題があるとすれば――


「こちらが、サキリス嬢の日記とノートのコピーです」


 工作員が、何となく嫌な予感がするそれを机に置いた。日記くらいはまともだろう――と、思いたい。

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