第478話、アウラ・ボナ


 広い店ともなると、専用の応接室があるんだな、と思った。


 まあ、常客や大口の取り引きのためにあるんだろうけど。俺とベルさんは、店の奥に通された。グリムは店内で待つことになった。


 アウラ・ボナは三十代半ばの女性だった。長いシルバーブロンドの髪。かなり化粧が濃く、肌は文字通り真っ白。顔はおばさんに片足を突っ込んでいるが体格はスリムであり、しかし豊満な胸の持ち主だった。


 もう少し若ければ、美貌の持ち主として評判だっただろうが。いや、今でもいい寄る中年男性は多いのではないだろうか思う。


 俺の世界でもそうだったが、向こうの人って年とると、若い頃の面影がないくらいやたら太くなることが多いが、それと比べたらまだまだ捨てたものではない。


「まさか、ジン・トキトモ様が我が店に来てくださるとは!」


 おばさんのねっとり視線。俺も、若い格好じゃなくて、三十代の姿で来ればよかったかな、と思った。


「いいお店ですね。品揃えが豊富で、リーズナブルだ。若い冒険者にも評判のようで」

「まあ、ジン様もお若いではないですか」

「あ……。はは、これは一本とられましたな」


 これには俺も苦笑い。ベルさんも鼻で笑いやがった。


「実は贔屓ひいきにしていた店が営業できない状態になりまして――」

「あらまあ。……それって、もしかして薬屋のディチーナだったり?」

「ご存知ですか?」

「それはまあ、王都にある同じ商売をする店ですから」


 アウラ・ボナは顎に手を当て、眉をひそめる。


「昼間、小耳に挟んだのですが、何でも王都騎士団がディチーナに来たとか」

「耳が早いですね。私が来たとき、まさに店主のエリサさんが連行されるところでした」

「そうでしたか。しかしあの店、前々から怪しげな薬品を扱うって噂になってましたから……ええーと、今回もそれ絡みなのでしょう?」

「そのようですね。グリグという薬はご存知で?」

「……グリグ。そういえば何日か前に、そんな薬はないか尋ねてきたお客がいましたが」

「なるほど。薬屋だからもしかしたら、ということですかね。そのグリグ、禁止薬物のガルガンタの派生型と発覚したので、取り締まり対象なんですよ。だから今回、王都騎士団が出動したようです」

「なるほど」


 アウラ・ボナの反応は自然なもので、特に動揺したり怪しい素振りはない。俺はあまり表情に出さず、淡々とした調子で言った。


「実は、王城に立ち寄ったんですけどね、ディチーナの女店主――あれ世間で噂になっていたサキュバスだったらしいですよ」

「まあ!? エリサ・ファンネージュがサキュバス!?」


 さすがのアウラ・ボナも、驚きを隠せなかったようだった。


「あの女、確かに人を惑わすようなところがありましたが……。なるほど、淫魔だったのですね。どうりで」


 などと言った。俺は続けた。


「禁止薬物の製造だけでも重罪ですが、悪魔の仲間だったとあれば、彼女は死刑でしょうね」

「そ、そうですわね!」


 アウラ・ボナの表情に驚き以外の別の感情がよぎった。喜び。予想外の幸運に恵まれた人が見せるそれ。だがそれは一瞬だった。


 その後、差し支えない程度の世間話をした後、俺たちは応接室を後にした。


 ベルさんは終始黙っていて、部屋の中をうろついたり、適当なところに座って彼女の視線を引き受けたりしていた。そのおかげで、会話中に小型のシェイプシフターを潜入させることができた。


 お喋りの後は買い物としてポーションとマジックポーションを複数購入。今回は挨拶のお礼とばかりに、タダでいただいてしまった。次からはお金はいただきますが、と言われた。


 Sランク冒険者御用達のお店という箔をつけたいのだろうな。それとも、エリサが処刑されるのが間違いないと聞いて、嬉しかったのかな。


 グリムは外で待っていた。


「どうでした?」

「うん、まあ、今のところは特に」


 俺はそっけなく答えた。あの程度でボロが出るほど簡単にはいくまいとは思っていた。


 ああ、そうそう――


「グリム君、君にこのポーションをひとつあげよう。付き合ってくれたお礼だ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 墓守の青年は、困惑しつつ俺から渡されたポーションを受け取る。しげしげとそれを見つめる彼を、俺もまたじっと見つめる。


「……」

「? 何か?」

「いや、何でもない。それじゃあ、今日はありがとう」


 俺は手を振ると、ベルさんと歩き出す。目的地は、冒険者ギルド。専門家を訪ねると言って出てきた手前、その結果について報告しないといけないからな。


 まあ、グリグについてエリサに聞く、というタスクについて言えば、『何の成果もあげられませんでした』だけど。



  ・  ・  ・



 さて、冒険者ギルドで、エリサが王都騎士団に逮捕された件を報告した。彼女がサキュバスだったことは言わなかった。


 話を聞いたヴォード氏とラスィアさんは、これでグリグ問題が解決すればいいと言っていたが、俺は警告をした。


「まだ彼女がグリグ密造犯と決まったわけではありません」


 その当人から、犯人はアウラ・ボナだという証言もあったわけで。


「しかし証拠はあったのだろう? 彼女の店の調合室で」

「そうらしいですね。ただ、この件は不可解な点が多い。そもそもですね、彼女が薬を作ったとして、それを誰がバラまいたかって話になります。まさか彼女本人がじかにやっていたとは思いませんよね?」

「違うのか?」


 ヴォード氏、鈍いなぁ。ラスィアさんが咳払いした。


「エリサ・ファンネージュには何度か会ったことがありますが、あの美貌ですから、町中で薬を配るなんて派手なマネできませんよ。そんなことをすれば当に噂になってます」


 ギルドでグリグはないか、なんて因縁つけて暴れなくても、彼女の店に行けばいいもんな。エリサは外だと目立ちまくっていたし。


「確かに。女が配った、とは聞いてないな」


 ヴォード氏は唸った。


「そうなると、おれたちはこれからも、グリグに対して注意しなくてはならないわけか?」

「もうすでに王都で配られている分があるでしょうし、エリサがもし濡れ衣だった場合、依然として薬をバラまいている奴がいるでしょうから」


 俺はラスィアさんを見た。


「グリグに対する注意は済んでいます?」

「掲示板に貼り出しました。あと職員からも口頭で、冒険者に注意を促しています。ただ、ギルドに来ていない冒険者には告知する術がないのですが」

「追々広めていくしかないですね。あと冒険者からも情報を募るべきだ」


 俺は視線をギルド長に戻した。


「有益な情報に対して懸賞金を出したら、早く情報が集まるかも」


 特に金のない初級冒険者たちから。薬をバラまいている奴は、そういう初心者も標的にしているようだし。

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