第479話、証拠探し


 エリサ・ファンネージュの死刑が決まった。それも明日。


 俺がそれを聞いたのは、ウィリディス屋敷。晩餐をとりにきたエマン王の口からだ。


 王都に蔓延りつつあるグリグという危険薬物についての話は、王の耳にも届いていた。その件でベルさんと話にきた国王は、その席で、エリサの処刑にサインしたことを言った。


「サインしてしまわれたのですか、お義父さん」


 俺が言えば、エマン王は難しい顔をした。


「下から早急に処刑すべき、という声が強くてな。なにせ、人を惑わす淫魔だ。長引けば、サキュバスの魅了にかかる者も現れるかもしれない」


「……」


 禁止薬物うんぬんよりも悪魔だから、という理由が強いようだった。これでは彼女はグリグに関わっていないかも、という線で止めることはできないな。冤罪だという証拠があったとしてもダメなパターンである。


「そうですか」


 他に言葉はなかった。明日、正午にエリサ・ファンネージュという淫魔は、火あぶりに処されるとのことだ。


 さてさて、俺は冒険者ギルドを通じて、グリグに対しての問題に首を突っ込んでいる状態だが、サキュバス問題に関してはまったく関係がない。


 それゆえに、エリサが無実であるならば放置していくつもりはなかった。……だってこれ、絶対寝覚め悪くなるやつだ。


 あまり時間はない。もう外はすでに日が落ちて暗闇に包まれている。

 俺は地下屋敷のほうへ向かうが、途中、ダスカ氏が反対側からやってきた。


「あぁ、ジン君。ちょうどよかった。頼まれていたやつ、調べましたよ」

「結果はどうでした?」


 ボナ商会からいただいたポーションやマジックポーションを調べてもらっていたのだ。

 ベルさんが『中に微量にグリグが入っていて、それがボナ商会の商品を継続購入させる気にさせるのではないか』、という説を出したためだ。


「ガルガンタは含まれていませんでした。ただ、ガルガンタにも含まれるモンの成分が検出されました」

「というと?」

「ベルさんの睨んだとおり、これを過剰に体内に入れると、中毒に発展する恐れがある。モンはガルガンタにも含まれていますから」

「つまり、ボナ商会は、そんな中毒に発展するものをポーションに入れて販売している?」

「そういうことになりますね。ただ……」


 大魔術師であるダスカ氏は顔をしかめた。


「モンには鎮痛作用がありますから、薬として処方されることもあるのです。少しなら毒ではないんですが、大量に摂ると危ない。これ自体では罪に問うことはできません。そもそもポーションは薬ですしね」


 ボナ商会の薬では、証拠にはならないか。まあ、そう簡単にボロを出すわけがないか。


 そして俺たちは、地下屋敷三階の会議室へ。アーリィー、マルカス、ユナ、リアナ、そしてサヴァル・ティファルガが待っていた。

 ダスカ氏も席に着く。メイドのサキリスがコーヒーを配る。


「さて、王都では、グリグなる薬物が流行の兆しを見せているわけだが――」


 俺はここまでの状況を簡単に説明した。エリサ・ファンネージュと言う魔法使いが、危険薬物製造の関係で、処刑されようとしている。


 が、グリグを製造、流布しているのはおそらく他の者であると告げ、本格的な調査、必要なら討伐を行うと宣言した。


「そういうわけで、まずは面会謝絶状態のエリサに会いに行く」


 俺がそう言えば、殺し屋サヴァルが口元を緩めた。


「へぇ、サキュバスですか。オレも一度会ってみたいもんだ」


 アーリィーは首を横に振った。


「でも、そのエリサという女性は王城の牢の中でしょ?」

「なに、見張りはいるだろうが、ちょっとのあいだ居眠りしてしまうこともあるだろう」


 暗に魔法で眠らせるということを告げる。


「ですがお師匠――」


 ユナが口を開いた。


「エリサ・ファンネージュはサキュバスですよね? 会うのは危険では?」

「魅了対策はしていくよ」


 俺が答えると、ベルさんも鼻で笑った。


 マルカスが、何故かサキリスのほうをじっと見つめる。メイドは何故自分が見られているかわからず、「何?」と聞いたが、マルカスは「別に」と首を振った。……お前は何を考えていた?


「事情を聞かないといけない。事と次第によっては、彼女を保護する必要もある」

「助けるのですか、お師匠? 淫魔ですよ?」


 ユナが非難げな目を向ける。俺は銀髪の巨乳魔術師をなだめる。


「サキュバスだからと言って、必ずしも悪とは限らない。彼女は王都に長く住んでいて、その間とくに面倒は起こさなかった」


 最近目撃されたらしいけど。たぶんあれだろ、精が切れで徘徊してたんだろう。


「人間にだって、いい奴もいれば悪い奴もいる。悪魔だってそうさ」


 ベルさんが、からかうように言った。サヴァルは、うんうんと頷いている。


「オレはいい猫だよ」

「ベルさん……」


 ダスカ氏が何か言いたげな顔をした。俺は苦笑する。


「ベルさん、あまりからかうなよ」


 さて――俺は咳払いをした。


「エリサは逮捕される前に、アウラ・ボナがグリグに関わっていると言っていたらしい。それが本当なら――」


 俺が言いかけたところで、ドアをノックする音がした。返事をすると、シェイプシフターを操る杖であるスフェラが、魔女の姿で現れた。


「主さま、取り急ぎご報告がございます」

「なんだ?」

「例の、アウラ・ボナにつけたシェイプシフター体からの報告です。アウラはグリグ製造を指示。保有する工房にて、薬の増産を命令したとのこと」

「……噂をすれば、ってやつですかね」


 マルカスが皮肉げに言った。


 あらま、あっさりわかっちゃったのね。さすが、優秀だなシェイプシフターは。潜入させたら、ざっとこんなもんよ。


 それともアウラが調子に乗ったのかもしれないな。エリサが死刑になるだろうって聞いたとき、一瞬嬉しそうな顔をしたし。彼女に罪を着せて、事件が収束すると王国側が油断するとみて、その隙に薬物を増産しようって腹か。


 サヴァルが顔を上げた。


「何なら、そのアウラ・ボナって奴を始末してきましょうか?」

「まあ、待て。……工房の場所はわかっているのか?」

「はい、主さま。王都駐留チームから偵察鷹を出し、現在、工房も監視対象においております」

「アウラ・ボナはこの事件の首謀者で間違いないか?」

「はい。潜入シェイプシフターの報告では、アウラ・ボナが指揮を執っております」

「よくやった」


 俺は、スフェラから、一同を見回した。


「本当なら、もう少し詳細な情報の収集と背後関係の有無を調べるべきなんだが、あいにくと、人命が掛かっているので、すぐに行動に出たい」


「目標は?」


 リアナが問うた。


「グリグ製造工房。証拠の品と関係者の捕縛。そして、アウラ・ボナの確保だ」

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