第474話、グリグという名の薬


 結局のところ、グリグのことは名前以外、何も知らないので、俺にできることはなかった。


 対処については教官陣に任せる。そもそもそれが仕事だろう。


 学生寮を調べた教官らは、生徒の部屋から怪しい粉末を発見した。と言っても、ほんの数粒の欠片だったが。


 その後、昼までに全クラスの生徒に、『グリグ』なる薬物で生徒が倒れたことを知らせ、見かけても手を出さないように注意が呼びかけられた。


 ラソン教官の話では、どこで薬物を手に入れ、どういう経緯で摂ったのか調べたいようだったが、当人が狂乱状態のため聞き出すのも難しいようだった。残っていた量がほとんどなかったから、薬が切れたのだろうと思われた。


 昼に学校が終わると、俺とベルさんは冒険者ギルドへと向かった。グリグの件は、冒険者ギルドのほうが情報を持っているだろう。報告がてら、ヴォード氏から詳しく話を聞こうという魂胆だ。


 だが、冒険者ギルド到着早々、何やら喚き声が一回。ホールへと足を踏み入れれば、人だかりが出来ていた。


 一人の冒険者がぐったりしているのを、何人かが支え、休憩所方向へと運んでいる。ざわつく他の冒険者をよそに、俺は見知った顔の冒険者に声をかけた。


 Aランク冒険者のクローガである。茶髪で溌剌はつらつとした口調や表情の好青年だ。周囲に対して好意的に接するために、ルーキーたちから人気の冒険者である。


「何があったんだい?」

「例の薬物だよ。……って、ジンか。久しぶり。それにベルさんも」

「おうよ」


 最近ご無沙汰だったから、クローガは少し驚きながらも俺に応えてくれた。


「薬物って、グリグか?」

「そうそれ。知ってたのか?」

「昨日、ギルマスから聞いた。あと、魔法騎士学校で生徒がひとり、中毒で倒れた」

「え……!? そいつは初耳だ。学校にまで薬物が……」


 半ば呆然とするクローガ。


「そいつは深刻だな」

「だから、来たんだよ」


 俺の肩に乗ったベルさんが目を細め、運ばれている冒険者を見やる。


「あいつは何かやらかしたのか?」

「あぁ、グリグが足らないって他の冒険者に突っかかったらしくてな。気づいたら、そいつに殴りかかっていたんだ。まるで何かに取り憑かれていたみたいだったよ」

「グリグってのは、依存性が強いのか?」

「さあ、おれもよく知らないんだが。依存性か……。なるほど、身体がグリグを求めて、凶暴になったと……。やばいな」


 クローガが唸った。そこへラスィアさんがやってきた。


「ジンさん、ベルさん。ギルド長が呼んでいます。それとクローガさん、あなたももし時間があるならご足労願えませんか?」

「おれも?」

「オレたちには問答無用に呼んどいて、この扱いの差はなんだ?」


 ベルさんが口をへの字に曲げた。まあまあ、と俺は黒猫の顎を撫でてご機嫌とり。


 かくて、俺たちはヴォード氏の執務室へ。我らがギルドマスターは、昨日見たときよりさらに険しい顔だった。


「おう、よく来たな。早速だが、グリグのことをお前らに話しておく」


 ヴォード氏は、ここ最近起きているグリグに関してわかっている範囲の情報を告げた。


 それによるとグリグ絡みの問題が表面化したのは、一週間ほど前あたりから。グリグを求めて暴れたり、あるいは倒れる者が現れた。


 事情を聞けた者から、どうやらグリグは粉末状の薬であることを突き止めたらしい。……学校じゃついさっき現物を手に入れたぞ。ほんのちょっとだけどな。


「で、調査の結果、グリグは、ガルガンタ系の薬物だと判明した」


 騎士学校の医療室担当官が言っていた薬物の名前が出た。クローガが驚く。


「それって、何年か前に流行って問題になったやつですよね?」

「そうだ。禁止薬物に指定されている。製造や販売は重罪。最悪、死刑だ」


 摂取すれば強烈な快感と引き換えに中毒を起こし、やがて人を廃人とする。


 グリグはそのガルガンタの派生品。グリグを求めての窃盗や暴力事件が報告されるようになるのも道理で、暴力行為や窃盗を行い逮捕されたのは現在まででおよそ10名ほど。そしてそのうち7人が冒険者だったと言う。


「どうやら精神を高揚させて、仕事の効率を上げる薬だと聞いて使ったらしい。冒険者業は、勇気が試されるからな。自らを鼓舞するものと聞いて服用したが、そのうちグリグなしではいられなくなる……」


 完全に覚せい剤ですね、こりゃ。俺が首を横に振ると、クローガが口を開いた。


「どうして冒険者ばかりなんですかね?」

「そりゃおめえ、金を持ってるからだろ?」


 ベルさんが言った。 


「貧乏人は薬なんて買う金ねえし」

「それがそうとは言えないようなんだ」


 ヴォード氏は腕を組んだ。


「どうも、薬をバラまいている奴がいるようだ。服用したら最後、あとは勝手に本人がグリグ欲しさに、金を作って薬を求めるようになる」


 気づいたら家のお金を使われたり、家財道具を勝手に処分された、なんてこともありそうな話だ。今は冒険者に被害者が多いが、バラまいている奴がいるとなると、一般でも事件が増える予感がする。


「これは深刻な問題だ」


 俺が髪をかくと、ヴォード氏も「まさにそうだ」と頷いた。


「発覚していないだけで、他にもグリグを所有している冒険者はいるだろう。そしてそれ絡みでまた問題が起こるに違いない」

「グリグをばら撒いている奴……」


 クローガは眉をひそめた。


「何でそんなことを。……その薬って儲かるんですか?」

「だろうね」


 俺は額に手を当てる。


「この手の薬の材料ってのは、案外、畑で作物作るより手軽で、かつお金になるものが多い」


 俺の世界でも、覚せい剤や麻薬の類というのはそうだったと聞く。何よりお金になるから、危険な薬物に変わると知っていても作っていたという話を聞いたことがある。


「薬草などを扱う専門家に聞けばわかると思いますよ」


 俺は、ヴォード氏へと首をかしげた。


「それで、グリグがガルガンタとやらと同類なら禁止薬物ですよね? ギルドとしての対処は? そのために呼んだんですよね?」

「むろん、即時、使用の禁止を呼びかける。冒険者たちの中でグリグによる被害が拡大しつつあるからな。発生源が冒険者などと言われて、世間の風当たりが強くなるのは避けたい」

「犯人を探して締め上げる?」


 クローガが深く考えるまでもなく言った。ヴォード氏は頷く。


「そうだな。被害の拡大を防ぐために、全冒険者にグリグの危険性と、見かけても使用しないするように通知を徹底させた後でだ」

「その前に使われた場合はどうします?」

「それが問題だな。治療も必要だろうが、おれもよく知らん」


 こういう中毒に効く薬があると手っ取り早いんだけどな。治癒魔法でも、どの種類がこの場合適切かわからん。そうなると――俺は口を開いた。


「専門家に聞くのが一番だろうな」

「誰か心当たりが?」

「あの魔女のねーちゃんはどうだ?」


 ベルさんが候補をあげた。魔女のねーちゃんとは、薬屋ディチーナの女店主エリサか。薬屋で魔女とくれば、その手の薬物についても詳しいだろう。


「名案だ。さっそく聞きに行ってみよう」


 ヴォード氏やクローガには、ギルド所属の冒険者へのグリグ使用の禁止の告知を任せて、俺とベルさんは執務室を後にした。

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