第475話、魔女、逮捕


 王都ギルドを出て、薬屋ディチーナへと向かう。石畳の上を進むベルさんは俺を見上げる。


「そういや、ここんとこ、あのお色気ねーちゃんのとこ、行ってなかったな」

「確かに。最後に行ったのはいつだっけか」


 アーリィーとマルカス、サキリスと冒険者パーティー『翡翠騎士団』を結成して、ダンジョンに修行しに行っていた頃以来だったような……。少なくとも、ウィリディスを開拓した頃からは、一度も行っていない。


 あの妖艶美女のエリサは非常に熱心に誘ってくる。アーリィーと正式に婚約した後だから、そういうのは公には控えるべきだとは思うから、足を遠ざけたのだろう。


「お前、あのねーちゃんに気に入られてたもんなぁ」


 ベルさんが、キシシと笑った。かなり色目を使われたからね。


「まさか、巷で噂のサキュバスってあの人のことじゃないよな?」


 先日、王都に現れたという淫魔。魔女、色欲……確かエリサって、ベルさん曰くハーフサキュバスじゃなかったっけ? 


「どうかなぁ? そんな騒がせるような風には見えねえけど」


 至極まっとうな調子でベルさんが指摘した。

 王都内を進む。


「と、なんだ?」


 ベルさんが気づいた。ディチーナの前に人だかりができていた。一台の馬車が動き出し、それを守るように取り囲んでいるのは、王都騎士団の騎馬だ!


「なんで、王都騎士団がこんなところに……?」


 俺は思わず疑問を口にしていた。人だかりのざわめきは止まないが、店の前にいた人たちは少しずつ散っていく。


「あのねーちゃんの店だったよな……?」

「嫌な予感がしてきた。……失礼、いまの王都騎士団は――」


 俺は野次馬のひとりを捉まえる。その男は怪訝けげんさを隠さずに答えた。


「あの魔女が、何でもヤバイ薬を作っていたんだと。それで王都騎士団が捕まえたのさ」

「ヤバイ薬?」

「あぁ……なあ、何だっけか?」


 その男が別の近くの男に声をかける。髭をもじゃもじゃに生やした中年男が首を捻った。


「さあて、何だったか。グリ……グリグ?」

「グリグを作っていた? エリサが?」

「ああ、そうらしいよ。店の地下室から、その薬が見つかったって」

「タレコミがあったらしい!」


 髭もじゃ中年が言った。つまり、エリサの店にグリグがあると通報があったと。


「だから王都騎士団が出張って、薬を密造していた魔女を逮捕したんだよ」


 もういいだろ、と男が言ったので、俺は頷くと手を離した。店の前から野次馬たちが去っていく。店のドアには複数の鎖がかけられて侵入できないようにされていた。


 ベルさんが俺の足元にやってきた。


「あのねーちゃんが、例の薬を作ってたって?」

「信じられないな」

「てっきりサキュバスだった、って件だと思ったんだがな」

「そういう問題じゃないって」

「どういう問題なんだよ?」

「あの人が滅多にこない店で、誰がタレ込むって言うんだよ?」


 俺は釈然としないまま、無人となったディチーナを見上げる。


「本当に、ここが薬の出所だっていうんだったら、そりゃ事件は解決なんだろうけどさ」

「でもブツは出てきたんだろう?」

「……」


 気に入らないね。腑に落ちないというか、こう、モヤモヤする。


「あのー」


 背後から声をかけられた。振り向けば、そこには若く背の高い青年が立っていた。長袖のシャツにズボンと、サッパリした服装で、育ちのよさを感じる。間違っても農夫や土木関係者ではない。手には何やら革のカバンを持っている。サイズはアタッシュケース程度。


「魔術師の方とお見受けしますが……ここで何かあったのですか?」


 野次馬から事情を聞いた俺が、今度は聞かれるほうになるとは。皮肉めいたものを感じる。


「グリグというヤバイ薬を作っていたってタレコミがあって、ここの女主人が王都騎士団に逮捕されたらしい」

「逮捕! エリサさんが?」


 どうやら、この若者も彼女の知り合いのようだ。知らない人間は、さん付けはしない。


「それもグリグって……いや、まさか彼女がそんなものを作る意味がわからない」

「同感だ。俺もさっぱりわからない。……俺はジン・トキトモ。彼女にちょっとした相談しにきたら、一足遅かった口だ」

「グリムです。皆からは墓守と呼ばれています」

「墓守」


 いわゆる墓の番人。それがこの青年の職業だろうか。


「ジン・トキトモって、今年の武術大会を優勝した……」

「まあ、そのジン・トキトモだよ。……見えないだろう?」

「ええ、その魔術師衣装は変装ですか?」

「――それで、その墓守さんは、何故ここに?」


 俺は強引に話を変えた。グリムはちらと革のカバンへと視線をやったが、すぐに視線を戻した。


「買い物です。エリサさんのところの魔法薬はよく効きますから」

「ああ、品質はいいな」


 俺もいくつか使ったことがあるから、その点には同意だ。


「ジンさんは相談と言っていましたが、エリサさんに何のご相談を?」

「グリグ絡みでね。冒険者ギルドの使いで、薬の専門家の話を聞こうと思ったんだ」


 俺はじっと、グリムを観察した。


「君は、グリグのことを知っているみたいだが?」

「え? ……あぁ、ええ、少し。前回訪れた時に、エリサさんから」

「彼女が、グリグの話を?」


 その話は興味があるな。グリグ保持で逮捕された魔女さんが、その以前にグリグのことを話す――なんとも胡散臭いじゃないか。


「具体的には? 差し支えなければ教えてほしい」

「……冒険者ギルドは、グリグの調査を?」

「うちのギルドにも犠牲者がいてね。これ以上の被害は抑えたいというのが本音だ」


 別に隠すことではないので告げる。その答えに、グリムは納得したように小さく頷いた。


「グリグという薬が出回り出している。その出所について、ボナ商会が絡んでいると、エリサさんが言っていたんです」

「ボナ商会……?」


 俺は、ベルさんと顔を見合わせた。黒猫は知らんとばかりに首を横に振った。グリムは肩をすくめた。


「この王都に店を構える薬剤も扱う大規模な道具屋ですね。魔法具も扱ってますけど、ジンさんはご存知ない?」

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