第464話、高名魔術師がやってきた
休日の冒険者ギルドは、平日に比べて訪れる冒険者は少ない。
が、魔獣に日曜などないし、休んでいる暇のない冒険者もまた世間がお休みでもお構いなしで依頼の受注や消化、魔獣の解体などを任せにくる。
冒険者ギルドの職員もまた、平日より少ないとはいえ、仕事をしている。
俺はベルさんとユナを連れて、ポータル経由で冒険者ギルドへ行った。
本日はギルド製作の魔法車レーヴェの走行テストの日である。ちなみに、レーヴェは獅子という意味だ。ずいぶんと勇壮な名前をつけたものだ。
魔法装甲車デゼルトに比べると軽装甲車といったレーヴェだが、王都内を走るのは道幅や人通りを考えると無理があるので、広いウィリディスで走らせることになる。
ついでにヴォード氏やラスィアさんをウィリディス屋敷に正式に招待して、ご飯でも一緒に、という流れである。屋敷が完成したら招待してくれ、と言われていたのに、なかなか機会がなくてね……。
魔法装甲車レーヴェの試験走行は順調に終了した。トラブルもなく、うまくいったと納得の結果だった。
なので、そのままランチを、ウィリディス屋敷の食堂で摂ることになった。
最近は、うちのメイドたちが俺の世界の料理を習得してきたので、彼女たちが食事を作ることが多くなっていた。
そして昼のメインはカレーライスだった。
「ビーフシチュー……か?」
初めてみるカレーライスに、ヴォード氏もラスィアさんも困惑しつつ、しかし漂ってくる独特の香りに誘われ、スプーンで一口。
「!?」
ガッ、とヴォード氏は二口、三口とスプーンでライスとカレー、一口サイズのじゃがいもやニンジンを共に口へ運んだ。ラスィアさんが口もとを押さえながら目を見開く。
「辛いですけど、これ、美味しいです!」
「ああ、うまい!」
辛さと熱さが舌で踊る。ヴォード氏も満足げな表情で頷いた。
「これは香辛料か?」
「色々入ってますよ。たぶんヴォードさんが聞いたこともないようなモノがたくさん」
まあ、どのスパイスも魔力生成で製作したものだけどね。
「それでこの辛さなのに、濃厚でスプーンが止まらない味になるのか!」
「ちなみに、ジンさん」
ラスィアさんが上目遣いで俺を見る。
「これ、お高いのではないですか? いったい幾らするんですか?」
一般的な香辛料は、この場所によっては高い。遠い異国より輸入していることもあるのだが、同量の金と同価値なんて、俺の世界の中世と同様なことが起きているから値が張るものという印象が強い。
「さあ? 一般の流通に乗せてないので幾らかなんてわからないですけど、たぶんあなたが思うほどの額ではないので気にしなくていいですよ」
「そうなのですか?」
「異国から取り寄せたとか、そういうのじゃないんで、コストはかかってませんから」
「では、お代わりをしてもいいのか?」
ヴォード氏の皿は、ほとんど空になっていた。綺麗に食べてくれたものだ。
「ご自由に。……マホン」
「はい、ご主人様」
控えていた茶髪のシェイプシフターメイドに合図すると、キッチンから新しい皿におかわりのカレーライスを用意して運んできた。
「お姫様を妻にとると、一気に貴族みたいになるんだな」
お代わりを受け取りながらヴォード氏。メイド付きのこの屋敷のことを言っているのかな。
「いや、貴族以上だろうな。何度か貴族の食事に招待されたことがあるが、ここまでうまいものは初めてだ」
「お気に召したようでよかった。まあ、生活レベルが時代を超越しているのは認めますが、特に王族の支援があったとかそういうのはないんですよ。メイドさんも二人を除くと、使い魔ですし」
「使い魔!?」
シェイプシフターと言ったら、反応がどう来るか分からないので使い魔で言葉を濁すが、まあ間違ってはいない。紹介されたマホンが、恭しく頭を下げた。
魔術師であるラスィアさんは、驚いた様子でメイドさんを凝視する。
「何と言うか、お前さんは色々とぶっ飛んでるな。いつも驚かされる」
「時々それを楽しんでいます」
したりと俺は頷いておいた。食後のデザートとして、恒例のカスタードプリンを振る舞えば、初めて食べる甘味に唸っていた。
「王族の方々も嗜んでいるお菓子です」
「王族!?」
「上のお屋敷に。たぶん何人かいると思いますが……挨拶していきますか?」
「い、いや」
さすがに急に王族に挨拶というのは想定外だったようで辞退された。まあ、王族側でもいきなり冒険者ギルドの長と副ギルド長が挨拶にこられても、困ってしまうだろうけど。
その後、軽装甲車レーヴェの今後の扱いと、こちらで使っている鉄馬を何台か供与することを話し合った。
・ ・ ・
アクティス魔法騎士学校に、上等な馬車が乗りつける。
日曜にも関わらず、出迎えるは学校上層陣。しわの濃い老学校長と上級教官らが並んでいるそこに、二頭牽きの馬車は止まった。
客車から降り立ったのは、五十代の男。頭髪は後退しているが温和な顔立ち。その服は黒の魔術師ローブ。手に持つは、磨きぬかれた赤いオーブをしつらえた槍にも見える杖。オーブの先に氷の槍のような結晶、さらに杖の下半分がオリハルコンの刀身を持つ剣のように尖っていた。杖というには奇妙だったが。
アクティス校の学校長は、魔術師に頭を下げた。
「マスター・ダスカ・ロス。ようこそ、おいでくださいました」
「やあ、休日なのにお出迎えには恐縮ですな……ええと」
「ルーカス・ビショフです。マスター・ダスカ」
学校長は名乗ると、マスター・ダスカと握手を交わした。
「はじめましてビショフさん。いえ、学校長とお呼びすべきですね」
「高等魔術授業の教官への就任に応じてくださり、感謝の極みです」
「いえいえ。……私も、静かな場所で余生を過ごしたいと思っておりましたから」
「マスター・ダスカは、連合国の……」
「ええ、大帝国の侵略に対して戦っていたのですが……。恥ずかしながら、戦いに疲れてしまいまして」
そう言いながら、ダスカはローブのポケットからハンカチを取り出すと、額に浮かんでいる汗を拭った。
「こんな老いぼれに声をかけてくださり、ありがとうございます」
「何をおっしゃいます。あなたが老いぼれなら、私は死に掛けでございます」
「ははは、これは失礼な物言いでしたな。お許しください、学校長殿」
年上の学校長の自虐に、ダスカも穏やかに応じる。
「あー、そういえば今、高等魔術授業は、ユナ・ヴェンダートが教えているんでしたな?」
「ユナ……えー、それが」
学校長は口ごもった。ダスカは眉をひそめた。何か嫌な予感がしたからだ。
「私のかつての弟子が何か?」
「まことに言いづらいのですが、マスター・ダスカ。ユナ教官は、いま補助教官を務めておりまして。代わりの者が高等魔術授業を教えています」
「それはまた……」
ダスカは言葉を失った。天才魔術師の素養ありと謳われたユナ・ヴェンダートは、かつての弟子であった。あの魔法にしか興味のない娘は――思い出したダスカは思わずため息をこぼした。
「それで、いま高等魔術を教えているのは、どなたですか?」
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