第463話、色づく季節


 すっと布のこすれる音で目が覚めた。


 ウィルディス屋敷の俺の部屋。ベッドに横たわる俺の傍らには、寝息を立てているアーリィー。……昨日はお楽しみでした。はい。


 俺は念話を試みる。


『サキリス、起きてる?』

『はい、ご主人様。おはようございます』


 ……ガチで起きているとは思わなかった。寝起きドッキリを仕掛けようと思ったのに。


『うん、おはよう。朝のコーヒーを淹れてもらえるかな?』

『かしこまりました、ご主人様』


 サキリスの念話が切れた。こんな朝早くから待機しているとは、メイドの鑑だ。


「んー」


 もぞもぞとシーツのこすれる音がした。アーリィーが寝ぼけ眼をこすりながら顔を上げる。


「おはよう、ジン」

「おはようアーリィー。サキリスにコーヒーを頼んだんだけど、君もどう?」

「もらおうかな。……早起きだね」


 アーリィーは俺に肩を回し抱きついてくる。柔らかな肌のぬくもりが、朝の空気に冷えた身体に温かく染み渡る。朝の空気と言っても、室内環境は適温に保たれているけど。


「もう一眠りしたくなってきた」

「おかしいな、ボクは君を起こそうと思って抱きついているんだけど」

「下の息子はもう起きてるよ」


 俺が「していい?」と囁けば、アーリィーは笑った。


「いいけど、サキリスが来るんじゃない?」

「見られたほうが興奮するんだろう? 君も相当だと思うよ」


 性別がバレないように王子と振る舞っていたアーリィー。そういう隠し事があった半生からか『見られる』ということにちょっと普通とは違う感覚がある彼女である。そのあたり、サキリスと似ているかと思う。


 だがお楽しみの時間は、長くは続かなかった。


 知って知らずか、黒猫姿のベルさんがふらっと現れたからである。



  ・  ・  ・



「それで、孫はいつ生まれるんだ?」


 エマン王からそう冗談交じりに言われた時、俺は小さく手を振ることしかできなかった。


 足早に食堂前を通過する俺の後ろで、エマン王とベルさんが笑い声をあげていた。ほんとあんたたち、仲がいいな。


 本日は日曜日。アクティス魔法騎士学校もお休みである。


 ウィリディス第二の邸宅こと、白亜屋敷の庭のプールでは、アーリィーがフィレイユ姫と遊んでいた。


 うちのお姫様は例のヒスイ色ビキニ。十四歳のフィレイユ姫殿下は花柄をあしらったフリル付きのピンクの水着である。


 季節は秋であり、やや肌寒くはあるが、うちのプールは温水プールで、まだまだ水着シーズンは続いていた。とはいえ、ウィリディスを囲む森の木々は、すっかり黄色く色づいている。


 休暇を過ごしにきたジャルジーは、少女たちの水着姿を少し眺めていたが、すぐに俺と屋敷内散歩に同行した。お前は水着の女の子に興味ないのか?


「興味はあるし、もっときわどいのを着せたいが――」

「フムン」

「北方のオレの領地では、もう泳ぎのシーズンは過ぎてるからな。水着など着ていたら寒くてかなわんよ」

「もうそっちじゃ、雪が降ってるのか?」


 ヴェリラルド王国の冬というのを俺は知らない。そもそも雪、降るよな?


「まだだが、もう少ししたら降るんじゃないか?」


 さてさて、この国の積雪量はどんなものか。暖房装置の用意はいるだろうか。この屋敷内はエアコン完備だから問題ないが。


「それで兄貴、聞いてくれ。親父殿がオレに言うんだ」


 ジャルジーは語気を強めた。


「そろそろ王位を譲る準備に入りたいが、お前は后を決めたのか、と」

「あー、義父殿は譲位を考えているのか。……とりあえずおめでとう、次の王様」

「ありがとう。だがオレはまだ妻を娶っていない。国王になるはいいが、跡継ぎのこともある」

「ああ、とても大事だ」


 跡継ぎ問題で、かつてジャルジーは王子だったアーリィーと対立していた。今は解決したとはいえ、これまでのことを考えるとエマン王も気が気でないかもしれない。……ひょっとして孫云々言われたのは、そのとばっちりではないだろうか。


「それで、お相手はいるのか、ジャルジー?」

「うーん、それがな、少し前までは狙っていた娘がいた気がするんだが……思い出せない」

「……」

「ただ后にしようとか、それとも少し違うようだったんだが」

「そいつはきっと、お前さんの見た夢だろうよ」


 たぶん、あれだ。アーリィーを女だと疑い、自分のものにしようとした時の残滓ざんしだろう。俺が、ジャルジーにとってのアーリィーとの確執を消した時に、一緒に吹っ飛んだ記憶だ。


「そうか夢か。まあ、それならモヤモヤしてもしょうがない」


 ジャルジーは頷いた。


「しかし妻をとらんといかん。そう、遊びではなく、本気の、つまり正妻をだ」


 何故、それを俺に言うのか?


「誰か知らないか、兄貴? 兄貴のまわりにいる女は美人揃いだ。誰かいないだろうか?」

「外見で妻を選ぶのか?」

「身分もだが、外見もそれなりにないと諸侯からバカにされる。見る目のない王だとな」

「大変だな、王様って」


 完全に他人事だった。


 何だか最近、他人の相談ばかり受けているような気がする。何でだ?


 とりあえず、誰かよさそうな女性がいたら紹介するとだけ言っておいた。


 とはいえ、独身公爵で、次の王様確定のジャルジーである。


 おそらく妻候補は、俺が何もしなくても、彼のもとに押し寄せてくるだろうと思った。

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