第462話、ルングの悩み


「ジンさん! 折り入って相談があるのですが!」


 そう言って声をかけてきたのは、先日Cランク冒険者になったルング少年である。


 悪ガキじみた小柄な魔法剣士は、かつて冒険者パーティーを組んでいたが、今は幼馴染みのクレリック、ラティーユ、猫亜人の弓使いフレシャと共に新しいパーティーにいる。


 最近は、冒険者ギルドでの魔法講座でよく顔を合わせている。彼は常連なのだ。


 ギルドのホールを歩いていた俺のそばにきたルング。その肩を軽く叩いてやる。


「調子はどう?」

「悪くないッス。……で、相談なんですけど、時間よろしいですか?」

「切実な問題?」

「オレにとっては切実です。後できれば――」


 キョロキョロと周囲を見回すルング。……なるほど、人に聞かれたくないような内容だな。


「人のいない場所で」

「わかった。トゥルペさん――」


 俺はギルドの受付にいる顔なじみの職員に声をかけた。 


「談話室、ひとつ借りるよ」


 あ、はい、とトゥルペ嬢。


 冒険者ギルドの職員でもない俺だが、談話室を借りるくらいは顔がきく。Sランク冒険者は、多少わがままを言っても許されるのだ。


 あまり広いとは言えない室内へ。簡素な机と椅子、俺とルングは向かい合って座る。


「落ち着きがないな」


 俺が指摘すると、ルングはびくりと肩を震わせた。


「い、いえ! その、経験豊富なジンさんに相談したいことがあってですね」


 それはもう聞いた。そういえば今日の魔法講義中も、何だかそわそわしていたような。いつもなら質問とか積極的なルングなのだが、今日は一度もなかった。


 座り方といい、何だか恋人に告白しようとしているが、うまく切り出せないやつのように見える。……おい。


「告白か?」

「えっ!? なんでわかったんですか!?」


 素っ頓狂な声を出すルング君。マジで告白だったか。俺は睨む。


「悪いが、俺は野郎を恋人にする趣味はないぞ?」

「は? いやいやいや何言ってるんですか!? オレだってそんな趣味ないッスよ!」


 マジ顔で返された。冗談の類と流せないほど、真剣なようだ。


「落ち着け。本番前からそんなに緊張してどうする?」


 おおかた幼馴染みのラティーユだろう。というか、俺はそれくらいしかルング少年の女性関係を知らない。……フレシャではないと思うが。


「あ、オレ、からかわれたんですね」

「落ち着きがなかったからな。それで、相手はラティーユか?」

「何でわかるんですか!? 魔法で人の心読んでるんですか?」

「そんな便利な魔法はないよ。というか、人の心を読む魔法なんていらん。煩わしいだけだからな」


 俺は机の上に肘をついて手を組んだ。


「そういうものですかねぇ……。オレは心が読める魔法あれば欲しいッス。好きな子が何を考えているか知りたいですから」

「もしその相手が、お前のことを何も考えてなかったらどうする? むしろ心の中で好意を抱いていることを迷惑に感じていたら?」

「や、やめてくださいよ! 脅さないでくださいよ~」

「だから、そういいものじゃないってことだよ。で、ラティーユのことだが」

「本当は読めてるんじゃないですか? もしかしたら他の女の子とかもしれないのに」

「他の女とは?」

「例えば、いま一緒のパーティーにいるルティさんのことかもしれないッスよ?」

「ないな」

「即答!?」


 ルティさん、とはBランク冒険者で、冒険者ギルドの長であるヴォード氏の娘である。やはりフレシャの線はないか。


「いいから話せ。前置きが長い男は嫌われるぞ」

「……わかりました。ラティーユのことが好きです! 告白を考えています」

「おおー」

「あいつとは幼馴染みでずっと一緒だったんですけど、その、きっかけが掴めないというか。どうやって告白すればいいのかわからなくて……」

「お前、他の誰かから恋愛相談されたことは?」

「ないッス」

「……答える前に質問するが、お前、なんで俺に相談した?」

「ジンさんならわかるかな、と思って。その、お姫様と婚約しましたし、他にも綺麗な女の人とスラスラと会話されているようなので――」

「けしからんな、そのジンという男は」


 俺は冗談めかした。


「でも告白の言葉自体はわかっているんだろう? お前、ラティーユのことが好きって言ったろ? それをそのまま伝えればいい」

「は、はぁ……。でもきっかけが――」


 普段から傍にいるから、告白のタイミングが掴めない。意識するあまり、声をかけれなくなるというのは、よくあることだ。


 何せ人は、告白に関して失敗したくないという思いが強くなる。だから普段話せている人間でも、あがり症さながら赤面したり動揺したりする。


「デートに誘え。綺麗な景観が楽しめる場所とか、一緒に見たい、いや見せたい景色でもいい。そういう場所にな。告白するよりはハードルが低い」


 それで誘えないと言うなら、告白なんて無理だから諦めろ。


「それか、プレゼントをあげるのも手だな。ラティーユが欲しがっているものとか、必要だろうと思うものをお前が選んで渡してやれ。それができれば、きっかけには充分だし、告白の前段階もできるから一石二鳥だ」


 用意したプレゼントも渡せないようなら、告白なんて無理だから諦めろ。


「デートかプレゼントですね……?」

「両方でもいいぞ。誠意を見せることが大事だ」


 真剣さが重要で、かつそれが相手に伝わらなくてはならない。誰だって不誠実な奴からの告白なんて、嬉しくもないし迷惑なだけだからな。


「後は、そうだな……」


 俺はストレージを漁る。


 出したのは布製のお守り袋。こちらの世界ではないもので、少々日本的な品だ。昔、想像の魔法の練習で作ったものの残りだ。


 さらに小さな紙を取り出し、その紙に魔法文字を刻んだ後、俺はその紙を折ってお守り袋に入れた。


「いわゆる恋愛成就のお守りだ。これがお前に、好きな女性へ告白する力を与えてくれるだろう」

「ほ、本当っすか!?」


 ガタンと、椅子を蹴るような勢いでルングが立ち上がった。……そうそう、この手の相談してくる奴が必要としているのは、勇気を後押ししてくる言葉や護符などだ。


 いざという時の責任転嫁アイテム、といったら言い過ぎか。


「あざっすっ! ……うわ、すげぇ、こんな魔法具があるのか」


 魔法具なんて大したものじゃないけどな。当然ながら金はとらんよ。詐欺になってしまうかもしれないからな。


 ともあれ、ルング少年の恋が実るのかは、先の話となる。


 なお、この一件の後、俺のもとに恋愛成就のお守りを求めに来る者が、ぼちぼち現れるようになるのだが、これもまた別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る