第460話、俺氏、冒険者に魔法講義をする
王都冒険者ギルド内。会議室は仮設の教室となっていた。並べられた椅子に座る中級冒険者たちを前に、俺は教鞭をとっていた。
「物体には魔力が含まれる。空気や水、木や草花、石などなど……。人にも存在するし、鳥や動物、魔獣にも存在する。ありとあらゆるものにだ」
「あらゆるものに?」
若い魔法剣士が腕を組んで言った。二〇手前、少々粗野な印象の少年だ。俺は頷く。
「あらゆるものに。可視化しようか。……君の好きな色は?」
「緑かな」
周囲の魔術師系冒険者を見渡す彼。
「よかった。赤と言われたら周りがスプラッターに見えるかもしれないところだった」
――可視化。
俺が教室内の魔力に緑色を着色するイメージを働きかける。すると室内は、次の瞬間緑系の色に満たされた。
うっすらと薄い緑が大気に混じり、場所によっては濃くなっている。椅子や部屋の備品、個人の装備にも色の濃い薄いに差が出る。
「うわぁ……」
「すご――」
絶句する者、思わず席を立ち上がり目を見開く者。反応はそれぞれだったが概ねビックリされた。
「これが自然界に漂う魔力だ」
俺は魔力の可視化を解除すると、世界は元の色を取り戻した。
「己の魔力で足りなければ、こうした大気や物体の魔力を借りて、ブーストをかけるということもできるわけだ。……魔法を使う者は、杖を失っても諦めないこと」
魔術師たちから小さな笑いが漏れる。
新米魔法使いが、魔物に懐に飛び込まれて魔法の触媒である杖を折られるという話は少なくない。
「せんせー」
ウサギ耳フードを被る十代半ばの少女魔法使い――Aランク冒険者のブリーゼが手を挙げた。……相変わらず可愛らしい声。
「いまの魔力可視化の魔法はどうやったんですか?」
「教室内の魔力に色をつける、そのイメージを送り込んだ。俺の魔力に反応して室内の魔力全体に魔法が浸食したんだな……。わかる?」
「何となく、わかりましたー」
わかったのかい。俺はブリーゼを見た。
「君は魔力眼が使えたね? あれの応用だな。魔力を見ることができるなら、あとはその魔力に色をつければ、魔力を可視化できる」
「それは、魔力への干渉でしょーか?」
「そのとおり。……自分から離れたところの魔力に働きかけを行うことができれば……」
教室の一番後ろに火の玉が浮かぶ。突然のそれに冒険者たちが驚きの声を上げた。
「上位の魔法も使いこなせるようになるだろうね」
小さく指を動かし火の玉を消す。
と、その時、ドアがノックされ、返事を待つことなく副ギルド長のラスィアさんが顔を覗かせた。
「ジンさん、お時間です」
「そうですか。……では諸君、本日の魔法講義はここまで」
ええぇー、と冒険者たちから声があがる。もっと聞きたいという暗に抗議する冒険者たちだが、ラスィアさんは平然と言い放った。
「もう10分も延長してます」
そう言われ、渋々ながら席を立つ冒険者たち。
冒険者ギルド主催の俺の魔法講義は有料である。時間が過ぎてもなお講義を続けてほしいという者が多いというのは、教えるほうとしては評価されていると言っていいのだろうか。
多くの冒険者は、自己流や先輩冒険者の指導で自らを鍛えている。学校で習うようなきちんとした教育は受けていない。そのせいか俺の講義に金を出してまで来る奴らは非常に熱心だった。
「Sランク冒険者の指導を受けられる機会なんて早々ないですからね」
ラスィアさんはそう言うのである。
「非常に実用的ですし、学校の先生方のように冒険者を見下していないですから」
「冒険者は卑しい職業」
俺が皮肉げに言えば、ダークエルフさんは笑みを浮かべる。
「低ランクの冒険者は、身なりや装備も相まってそう見られる傾向にありますね。上位冒険者になると貴族や騎士にも引けをとらず、敬われるのですが」
「ランクで身分が変わる、ですね」
「そうなります。だから、上位ランクを目指す冒険者は多い」
会議室兼教室を出る俺とラスィアさんは、ギルド1階のホールへと出る。
「それで、講義は終わりましたけど、ヴォードさんはどこに?」
いつものパターンだと、ギルマスと打ち合わせや世間話をする。大抵はギルド長の執務室なのだが、ラスィアさんはギルド建物の奥へと向かっていく。
「裏の作業場ですよ。ジンさんの講義が終わったら、ぜひ来てくれと」
「魔法車ですね」
ギルド用の。先日、ヴォード氏から打診され、製作に取り掛かっているのだ。もっとも材料は全部ギルドで集めさせているが。……何から何まで手は貸さないよ、うん。
通路を抜け、扉をくぐると、そこは屋根付きながら屋外の作業場。近くには馬車の乗り入れ口や駐車場がある。
さて、作業場には、プチデゼルトというべきか、四輪型の装甲車に似た魔法車が一台。横幅があり、四輪の車としては大型。見るからに戦地に飛び込みますよと主張する硬そうな外観だ。
近くには数人の作業員と冒険者の姿。ひときわ大きな体躯の人物は、ギルマスであるヴォード氏である。
「よう、ジン。遅かったな」
「どうも、ヴォードさん。……ほとんど外装はできてるみたいですね」
「おう、設計図に合わせて部品を加工したからな。いまユナ坊が、魔力伝達線を繋いでる」
ユナ坊――銀髪巨乳の魔術師にして俺の弟子であるユナが、車の中で作業していた。彼女には魔法車の構造と作り方を教えてあるので、俺がいなくても作業は進んでいた。
「素材集めに苦労はしたがな。特に動力になる魔石は」
「結局、何の魔石を使ったんです?」
「前におれたちでヒュドラを討伐しただろう? あの時、手に入れたヒュドラの小魔石のひとつを使った」
「あー……」
そういえばボスケ大森林地帯に発生したヒュドラ退治したときに、魔石をいくつか手に入れていたな。小魔石といっても、大型魔獣から手に入る魔石より大きくて上質だった。確かに希少価値で言えば苦労して手に入れたといっていい素材ではある。
「でも前に手に入れたやつですよね?」
「そうだ。つまりだ、あれから車用に使える手ごろな魔石を手に入れられなかったということだ」
そっちの意味での苦労か。なるほどね。と、俺の視界を、ひょこひょことウサギ耳が通過した。
俺の魔法講義に参加したAランク魔術師のブリーゼが、興味深げに冒険者ギルド製作の魔法車にベタベタ触れながら見ている。
なんだコイツは、と言わんばかりに、ブリーゼを見やるヴォード氏。どうやら少女魔術師は俺とラスィアさんの後をついてきていたらしい。そういえば、この娘、魔法車に前々から興味持っていたな。
ラスィアさんがヴォード氏を呼び、ギルド長はそちらに行ってしまった。俺は近くのベンチに座って、魔法車の製作とそれを見守る野次馬の様子を眺める。そういえば魔法車、こいつの名前は決まってるんだろうか。
「あー、こっちにいたかー」
ふと、女の声が聞こえたので視線を向ける。いたのはAランク冒険者パーティー『アインホルン』のリーダーである魔法剣士、アンフィだった。
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