第459話、祝勝会の夜


 エルフの里を巡る騒動からウィリディスに戻った俺たちは、ささやかながら祝勝会を開いた。


 俺個人としては、そういう気分ではなかったのだが、共に戦ってくれた仲間たちに感謝と労いを込めて、パーティーをすることにした。


 ウィリディス地下屋敷の一階パーティーホール。なお、この会にはエマン王をはじめ王族の方々、そしてジャルジー公爵も参加した。


 これには理由がある。最近ウィリディスに出入りしている方々は、俺たちがエルフの里へ遠征に行ったことを知っていたためである。


 俺はほとんど留守にしていたが、デゼルトで里に乗り込む前に、ベルさんがエマン王に話していたらしい。極めつけは、トルネード航空団戦闘機隊の出撃を目撃された。


 フォルミードー討伐の時もそうだったが、今回も王族ご一行様が勢ぞろいだった。知ってる。美味しいもの目当てですね、わかります、ええ。


 ついでにエルフの里での武勇伝を聞きたいというのもあるだろう。意外に娯楽に乏しいご時世。辺境から大都会の貴族まで、異郷を旅した人間を招いて詩や話を聞くことは珍しくないのだ。


 ホール内に複数のテーブルを並べ、その上にはうちのメイドさんたちが作った料理と、魔力生成で作った各種のお酒がところ狭しと並ぶ。


 この世界でのワインももちろんある。椅子はバーカウンターを模した壁際に並んだもののみ。中央のテーブルは、席順など気にせず自由に料理がとれるようにした。立食パーティーというやつだ。


 さて、戦勝会が始まったが、こういう時、場を盛り上げるのが上手なのがベルさんだった。あの黒猫は、エルフと青肌のダークエルフの因縁を語って聞かせ、里の窮地をいかに救ったか皆の前で披露した。


 ジャルジー公爵とフィレイユ姫が前のめり気味で、それに聞き入り、俺とアーリィーはホールの端のカウンター席で、ちびちびワインをあけながら聞いていた。


 ちなみにそばにはエマン王がいて、時々アーリィーにベルさんの話す内容が大げさではないか確認していた。……仲がよろしいことで。


 そこへマルカスがやってきた。


「あー、えー。ジン殿、旦那様、それとも隊長とお呼びすればいいでしょうか?」

「何なんだいきなり」


 俺がグラスを差し出すと、この真面目な騎士生もグラスをカチンと合わせて答えた。


「ずっと、どう呼んでいいか考えてました」

「俺が正体を明かしたからだな」


 とうとう敬語を使い出したマルカスに、俺は苦笑する。ジン・アミウールだと言ってから、ずっと悩んでいたのか。本当に真面目な奴だ。


「年上で、英雄で、しかも所属する翡翠騎士団のリーダーで、Sランク冒険者で――」

「いいんだ。そんな改まらなくても。これまでどおりで」

「落ち着かないんです。ケジメはつけないと」


 確かにマルカスは、俺より年下で、優秀ではあるが学生で、翡翠騎士団の団員で、Bランク冒険者だ。……いや、Bランクだって結構凄いんだぞ。


「わかった。団長でも隊長でも、ジンさんでも、好きに呼んでくれ。ただし『様』はやめろ」

「了解です」


 相好を崩すマルカスに、俺も微笑してからグラスのワインを呷った。


「なあ、マルカス。俺からもいいか?」

「何なりと」

「フォルミードーの時もそうだったが、俺は褒章や名誉にあまり関心がない。ジャルジーにも言ったが、皆の前で表彰されるようなことも、面倒だから断っている」


 マルカスは黙って聞いている。隣のアーリィーもエマン王もだ。


「個人的には誇らしいと思っても、世間に出ないから知名度に繋がらない。道行く人が君を見ても、『フォルミードーを討ち取った英雄よ!』って気づかないわけだ」

「フォルミードーを討ち取ったのはジン、あなたですよ?」


 呼び捨てありがとう。確かにトドメを刺したのは俺だけどさ。


「君も騎士を目指しているなら、自身の名誉だけでなく、人からの称賛も受けたいと思わないか? 功績によっては領地や褒美を与えられて貴族――君の家は貴族だけど、独立して爵位を受けることだってできるぞ」

「何が言いたいんです?」

「もし、名誉や地位がほしいと思っているなら、俺のところにいると損するぞってことさ」


 歴史に名を残すような武勲を立てても記録に残らない。それは騎士という職業のロマンのひとつを放棄するに等しい。


「何を言い出すかと思えば」


 マルカスは小さくため息をついた。


「おれは自分の家以外でなら、仕えた主に生涯の忠誠を誓おうと思ってやってきました。名をあげて爵位を得たいとか、そういうのは考えてません。仕えた主に全霊をもって忠義を捧げる――それがおれの理想の騎士像ですから」


 だから、とマルカスは背筋を伸ばした。


「あなたにお仕えできるのなら本望というもの。あなたは仕えるに値する主です」


 少し酔ったかな。胸の底が熱くなった。涙がほろり。視線を向ければ、アーリィーは目を潤ませているし。エマン王が口を開いた。


「ジン、お主の騎士は忠義者よな。マルカス――ヴァリエーレ家の者だったな。よき騎士であるよう、精進せよ」

「ハッ、陛下」


 その場で頭を下げるマルカス。エマン王は苦笑した。


「よい。この場はお主らが主役だ。私のことは、ただの爺とでも思ってくれ」


 それ、無理ありますよ国王陛下。


 わぁ、とホールの中央が盛り上がる。ベルさんが、戦闘機でいかにグリフォンを追い詰め、撃墜したかを語っていた。


 さて、マルカスは、今のままでいいと言っていたが、他のメンツはどうだろうか。サキリスは俺にメイドとして仕えるつもりだから、表彰されなくても気にしないだろうか。ちょっと聞いてみたいところだ。


 ユナは……あれは、魔法にしか興味ないから勲章もらっても、机の端に無造作に放りっぱなしになりそうだ。彼女については元お仲間であるラスィアさんあたりに相談してみよう。


「ジンよ」


 唐突なエマン王の声に、俺は我に返る。


「なんでしょうか、陛下」

「そんなに改まらなくてもよい。私のことは、義父上と呼んでもよい」

「お義父さん!?」


 思わず口にしてしまうと、エマン王は目を丸くした。


「お義父さん、か。悪くないな、それも」


 へ、陛下……。


 そういえばそうなんだ。アーリィーが嫁さんである以上、彼女の父親であるエマン王は、義父ということになる。国王って意識が強すぎて考えてなかった。


 でも、お義父さんでいいのか……?


「なんだかベルさんみたいだな」


 ぼそり、とエマン王は呟いた。……ひょっとしてそれが気に入った理由だったりするのか。エマン王はベルさんと親しいようだし。ひそかに、さん付けされたかったのかもしれない。


 隣でアーリィーがそんな父親を見て穏やかに笑っている。シェイプシフターメイドにワインのお代わりを注いでもらうと、そのヒスイ色の瞳を向けてきた。


「ジン、お疲れ様」

「アーリィーも。ありがとうな、一緒に戦ってくれて」

「ううん、ボクも助けたいって思ったから」


 グラスを合わせる。俺も静かに笑みを浮かべる。


「お疲れ様」


 夜は更けていく。勇者たちの祝宴は、多くの酒と食べ物が消費されて終了した。

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