第458話、分岐する道


 ウィリディスの魔石貯蔵庫から、結界水晶に必要な数の大魔石が運び込まれた。さっそくエルフの魔術師らを動員して、結界水晶の構築が行われた。


 仮設キャンプでの避難民の食糧配給に一時トラブルが発生したが、俺たちがウィリディスから持ち込んだパンや水を提供することで大事には至らなかった。


 ヴィルヤと破壊された城下町での不明者捜索が終了した翌日、俺たちはエルフの里を去ることとなった。


 別れの挨拶とばかりに、近衛魔術師のヴォルが俺に言った。


「このたびは、感謝の念に堪えません。貴殿方がいなければ、この里はどうなっていたことか」

「女王陛下の卓見のおかげでしょう」


 俺は控えめに笑った。呼ばれたから来ただけ。ウィリディスの仲間たちと共に青色エルフと戦ったが、カレン女王が呼ばなければそうはならなかったのだから。


 その点、使者として無事俺たちを導いたアリンは、よくその使命を果たしたと言える。勲章モノじゃないかね。


「本当に、ありがとうございました!」


 そのアリンは、バッと勢いよく頭を下げた。本当、この娘はエルフらしからぬ素直さよ。うむ、可愛い。


 それはともかく、結界が働けばエルフたちは里の復興に力を注ぐことができるだろう。自分たちの力で何とかするという話なので、色々大変だろうけど頑張ってください。


「結界水晶がありますからな。ま、気長にやっていきます」


 ヴォルは静かに光の精霊宮を見上げ、再び俺へと視線を向けた。


「エルフは長寿ですから。……ジン殿、あなた方の未来に光あれ」



  ・  ・  ・



 エルフのカレン女王から、俺たちに対する報酬が支払われた。


 使用した燃料、ミサイルなどの弾薬、少量ながらのポーションなどの医療品――普通に考えると経費うんぬんで赤字のため、エルフに対して請求するのが当然だったかもしれないが、今回、俺はそれを言わなかった。


 報酬面の話し合いをしていなかったというのもあるが、もともと見返りがほしくて協力したわけではなかった。……そう考えると、助っ人要請があった時に見返りを確認するのが普通だったのかもしれない。


 ウィリディスでの生活や設備を維持するためにお金が必要とか、そういうのがあったらガッツリ報酬面の交渉もしただろう。


 だが今の生活、大量の貯蔵魔石がある限り、お金は必ずしも必要ではないんだよなぁ……。ただ次回以降は、そのあたりもきちんと考える必要があるな、というのは反省点。


 そんな俺に対して、理解あるカレン女王陛下は、エルフの里を救ってもらった礼を忘れなかった。


 というわけでいただけたのは、エルフの持つ精霊の泉の使用許可――これは例の精霊の秘薬の素材である水なのだが、自由に持っていっていいというお達しだ。


 エルフの被災者を救うのに、この泉の水が今回多く使われたが、エルフ以外の人間が瓶一杯の泉の水をもらうなら、本来ならウン十万ゲルドの代物となる。それをタダでいただけることとなった。


 もちろん、俺が常識の範囲内の量しか持っていかないことがわかっているからの許可だろう。治癒効果の高い泉の水を使って商売とかするような人間だったら、許可は下りなかっただろうな。


 これの他には、エルフの魔法武具や腕輪などの魔法具など、ちょっとやそっとでは手に入らない希少な装備を数点。さらに魔法発動用の触媒。


 そしてこちらが要望した結界水晶の作り方を教えてもらった。これは大帝国との戦いでも、大いに役立つだろう。


 極めつけは――


「浮遊石、ですか?」

「やはりご存じでしたか」


 カレン女王が用意したのは、高さ80センチほどの青い正八面体。魔石のようで魔石ではない結晶である


「ジン様は空を飛ぶ機械を再現された。であるならば、もしかしたらこの浮遊石も使いこなせるのではないか、と思いまして」


 古き時代よりエルフはこの結晶を保有していたが、持て余していたという。


「何か乗り物などに利用できるかもしれません。……もしよい使い方があれば、その使い方などをご教授いただけると嬉しいのですが」


 なるほど、希少な品を渡す代わりに、有効な使い方がわかったら教えてくださいってことだな。まあ、こちらでも使っているから、好意的な提供ということで受け取っておこう。


 カレン女王陛下やエルフの重臣らから感謝をされつつ、俺たちは光の精霊宮を後にした。一応、女王の要請もあり、ポータルは繋いだままにしてあるので、帰りはウィリディス直行である。


 そしてもうひとつ、俺にとっての別れがあった。



  ・  ・  ・



「私はここに残るよ」


 エルフの魔法弓使いヴィスタは、やんわりと俺に断った。


「故郷はなくなってしまった。家族を静かに弔いたい」

「……そうか」


 今回の青色エルフの復讐により、ヴィスタはエルフの里にあるすべてを失った。残っているのは自身の身体と魔法弓、そして冒険者である証くらいか。


「家族や故郷を守れるように強くなるはずだったんだがな」


 兄をオークとの戦いで失い、家族がそうならないように旅に出たというヴィスタ。だが里を離れている間に、その守るべき家族は皆死んでしまった。


「肝心な時にそばにいられなかった。悔やんでも悔やみきれない」


 美しき女戦士は目を潤ませ、唇を噛んだ。やがて、彼女は言った。


「ギル・クを直してくれてありがとう。あなたに出会えたこと、私にとって一生の誇りだ」


 古代竜、ヒュドラなどと共に戦い、伝説の一部になれたこと――


「ヴィスタ」

「ありがとう、ジン・トキトモ」


 ヴィスタは笑みを浮かべた。作り笑顔じみていて、俺は胸が苦しくなる。


 なんともしみったれた感傷がよぎる。まるでもう会わないような雰囲気だ。……確かにいま俺が住んでいるヴェリラルド王国からエルフの里は遠い。ポータルがあるとはいえ、普通なら機会がなければ、もう会うこともないかもしれない。


「無茶だけはしてくれるなよ」


 俺はようやくそう言った。家族を失った彼女に頑張ってというのは酷だと思う。


「何かあれば言ってくれ。力になる」

「ありがとう。我が友よ」


 Aランク冒険者として名を馳せたヴィスタと別れ、ウィリディスへの帰途についた。


 エルフの里の壊滅を目論んだ青色エルフの軍勢を退け、俺たちの遠征は終わったのだ。

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