第456話、戦闘の終わり


 くそっ。


 精霊宮のそばに墜落したグリフォン。倒れていた第一遊撃隊隊長のクルータンは顔を上げた。


 立ち上がろうとして、右腕が動かないことに気づく。どうやら骨を折ったらしい。頭も打ったようで、ぐらぐらする。口の中に鉄の味がした。


「くそ……」


 自然と毒づく。戦いはどうなったのか? 戦場特有の音がまるで聞こえない。もう終わってしまったのか? 


 ふと、クルータンは気配を感じた。


 誰かが立っている。痛みをこらえて視線を動かす。


 そこにいたのは若いエルフの女。魔法金属製の弓を持っている――エルフの弓使いか。ちっ、とクルータンは舌打ちした。


 そのエルフ女は、殺意のこもった視線でクルータンを見下ろしていた。無言で弓を構える。


 ――どうやら、オレ様もここまでらしい。クソッタレが。


 刹那、クルータンの左腕を電撃の矢が撃ち抜いた。衝撃と痺れに、ダークエルフの戦士は呻いた。


 ちくしょう、エルフのくせにどこ狙ってやがる!? 一発で終わらせろよ!?


 悪態がでかかるクルータンだが、次の瞬間、今度は右肩が吹っ飛ぶような痛みを感じた。


「ぐあっ! っ……!」


 このド下手くそがっ! こんな至近距離で何やってんだ? 


 感覚がなくなり、倒れそうになるクルータン。だが前のめりに落ちる彼の顔面を蹴りが炸裂した。視界が真っ赤に染まった。


 そしてクルータンは悟った。


 ――ああ、この女。オレ様を嬲り殺すつもりだ……。


 ダークエルフがエルフの民を傷つけ、痛めつけ、殺してきたように。


 クルータンは、自分を見下ろすエルフ女の目を見てしまった。


 血の一滴も通っていないような冷血エルフの目。その奥に憎悪を滾らせた鬼の目。


 因果応報。


 クルータンの心臓が止まるまで、10発以上の矢がその身体を貫くのだった。



  ・  ・  ・



 精霊宮上層、女王の間に隣接するバルコニーから俺はヴィルヤを眺めた。


 世界樹の枝葉のドーム内にある建物は、ところどころに破壊の跡が見られ、薄く煙が立ち昇っているところもある。


 低空をゆっくりTH-1ワスプが飛行している。


 静かだった。


 怒号はなく、ライトニングバレットの放つ光弾の音も光もない。精霊宮の正面を見下ろせば、エルフ兵とシェイプシフター兵がいて、敵兵の姿は屍以外見えなかった。


 俺は通信機を取る。


「トロヴァオン・リーダーより、ヴィルヤ展開の全隊へ。報告」

『こちらトロヴァオン2』


 アーリィーの声が真っ先に返ってきた。


『世界樹周辺に、敵性グリフォン確認できず。……ベルさんがほとんど片付けちゃったよ』

『トロヴァオン。まあ、そういうこった。そっちはどうなった?』

「いま確認中だよ、ベルさん」

『こちらワスプ・リーダー』


 ヘリ中隊を率いるヒンメル君の通信。


『全機健在。敵性エルフを捜索中』

『こちら、チームα』


 精霊宮前のシェイプシフター兵の指揮官ガーズィから。


『正面入り口を確保。敵の姿は確認できず』

『お師匠、こちらはユナです』


 城下町にいたユナからの念話が来る。


『城下町の敵も撃退に成功。SS兵が二名消滅した以外は損害なしです。それとワスプ五号機が来ているのですが……』

「うん、迎えのつもりでそっちへ送った」


 コンテナ付きのワスプを一機、城下町へ送った。もしもの時は、ユナたちを回収できるように。


『負傷したエルフがいるのですが……どうしましょう?』

「……わかった。もう一機送れば全員乗れそうか?」

『はい。おそらく問題ないかと』

「了解した。ワスプ中隊からコンテナ付きを1機送る。……ワスプ1、聞こえたか?」

『了解。――ワスプ6、コンテナとドッキング後、城下町へ向かえ』


 大きな被害はなかったようで、一安心。が、手放しては喜べない。精霊宮から見えるヴィルヤの痛ましい姿を見れば。


 以前は見えていた結界石が二つなくなっていたし、蛍のように光っていた妖精の燐光もほとんど見えなくなっていた。


 俺は、トルネード航空団各機の魔力燃料の残量を確認し、先にウィリディスに帰投するように命じた。


 SS兵らには、ヴィルヤへ出て、ダークエルフ兵が残っていないかの確認と、逃げ遅れのエルフがいれば保護するように指示を出した。


 ほぅ、と自然とこぼれたため息。背後で、すっと近づく気配を感じた。カレン女王陛下が、しずしずとやってきたのだ。


「ジン殿、終わったのですね……?」

「ええ。いま部下に捜索を命じていますが、何もなければ、この戦いも終わりでしょう」

「こちらも近衛が確認作業を行っています」


 女王は俺の隣に立つと、戦災残る空中都市を見つめる。


「大きな犠牲が出ました。ですが、あなた方がいてくださってよかった。でなければ、きっとわたくしも、精霊宮に逃げ込んだ民も命はなかったでしょう……。ありがとう、あなた方は、わたくしたちエルフの恩人です」


 俺は目礼を返した。女王陛下はお守りできたのは幸いである。


「しかしジン殿、あの空を飛ぶモノたちは……あなたの?」

「ええ、まあ。あまり表沙汰にするつもりはなかったのですが、非常時でしたから」

「色々聞きたいことはありますが、お話してはいただけませんか?」


 当然のごとく聞かれた。まあ戦闘機にしろヘリにしろ、気にはなるよな。


「差し支えない程度でしたら。でも今は、里の復興と警備の強化が先でしょう」


 もしかしたら、まだ他にもダークエルフの部隊が残っているかもしれない。現状、結界水晶も機能していないヴィルヤは、その防備が大幅に弱体化している。


「ええ、そのとおりです。……まだ、本当に終わったわけではないのですね」


 憂いのこもった眼差し。カレン女王の心は晴れない。


 むしろ、ここからが本番である。

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