第455話、肉薄する狂戦士たち


 精霊宮の前に陣取る俺たちの弾幕を前に、ダークエルフは屍の山を築いていた。


 魔力パックの魔力を切らしたシェイプシフター兵が、ライトニングバレットに新しい魔力パックを装填する。


 魔力の大放出。それによって積みあがる敵兵。ただひたすら突撃し、弾に倒れていく。


 前を行く同胞がそれで命を散らしているのに、後続の兵たちの士気は折れるどころか自らも戦死者の列に加わらんと向かってくる。


 凄まじいまでの精神力。ここまで彼らを突き動かすのは、自らの種族を闇に追いやったエルフへの強い怨恨か。


 まるで狂信者のようだ。戦って死ぬことが天国へ行く道だとひたすら信じているかのように。ヤバイ薬でもやってるんじゃないだろうか。


 俺は爆裂魔法を使い、精霊宮前に飛び出してきた新たなダークエルフ集団を吹き飛ばす。


 もう精霊宮前の死体は、一〇〇を越えて二〇〇に届くのではないか。すでにワスプらが掃射したことを考えると、そろそろ底が見えてくる頃だが……。


 その時、ひとつの動きがあった。正面に殺到するダークエルフとは別の横手から、一頭のグリフォンとそれに乗ったライダーが現れたのだ。


 まだグリフォンが残っていた!? しかもその狙いは精霊宮上層――女王か。


 精霊宮に張り付かせたガードゴーレムは……くそ、全部下りてきている。グリフォンを阻む者はなく――


 と、そこへファルケ戦闘機が一機、精霊宮上層の裏手からヌッと現れた。


 グリフォンライダーはビックリしてそれを見やる。次の瞬間、ファルケは横滑りするようにグリフォンに体当たりしてその片翼を潰すと墜落させた。


 よし!


 ぶち当てたファルケのほうは少しふらついたが、浮遊モードで静止した後、すぐに加速して再び飛行に戻った。よくやったぞ!



  ・  ・  ・



「よくやったぞ、クルータン!」


 アトーは、激突されて墜落したグリフォンに乗っていた第一遊撃隊隊長に喝采した。好戦的かつ粗暴で、個人的にはあまり好きになれなかった人物だが、最後の最後で奴が隙を作ってくれた。これがラストチャンス。


「フライ!」


 魔法を発動。アトーと特殊兵十数名は、光弾に倒れていく同胞たちの肉壁の後ろから飛び上がった。真っ直ぐ敵陣へ突っ込めば正面から撃たれるだけだが、飛び上がってしまえば、途端にその命中精度は下がる。


 一人二人ではない。いっせいに十数名が飛べば、果たしてわずかな時間でそのすべてを撃ち落せるかな?


 しかも正面から突っ込んでくる兵がいる状況で。


 アトーの読みは当たった。


 SS兵やエルフたちの攻撃は分散した。死に物狂いで挑んでくる地上の兵と、防衛線を突破して精霊宮に取りつこうとする兵の二つに。


 数人の特殊兵が撃ち落されたが、アトーを含め半数以上が、精霊宮の壁に足をかけ、さらに上層へとジャンプを果たした。


 そのまま上層のテラスへ飛び込む。おそらく女王が民に演説でもする時に使うだろうそこは、女王の間に繋がっており、奥へと視線を向ければ、床に届くかと思われる長い黄金色の髪を持つ美貌のエルフ女王。


「陛下をお守りしろ!」


 近衛兵が数名、侵入者を撃退しようと剣を抜く。


「やれ」


 アトーの命令に、随伴した特殊兵が双剣を構えて突進した。剣戟が室内に木霊し、局地的な魔法が吹き荒れた。


「エルフの女王!」


 靴音を響かせ、アトーは女王の間へと踏み込む。何百年を生きてきたとは思えない美しき女王は、ゆっくりと目を開き、ダークエルフの指揮官を見つめた。


「あなたが、ダークエルフの指揮官か?」

「いかにも。暗き森、ヴァン・ゲー・ハー出身、名はアトー」

「ヴァン・ゲー・ハーの勇者アトー。貴方は何故、戦いを求めるのですか? 何故エルフを滅ぼさんとするのか?」

「知れたこと。我が先祖を暗き森に追いやり、同胞の命を奪ってきたエルフに血の制裁を下すため。我らが先祖、同胞の恨みを知れ!」


 魔剣ラウグを手にアトーは女王に迫る。エルフの近衛は特殊兵が抑えている。ここで、エルフの親玉の首を取るッ!


 女王が手をかざした。魔法の構え――しかしこちらには魔剣がある! 


 ガキンと強い衝撃が手に伝わった。アトーの剣は、女王から五十センチほど手前で静止している。剣の刃が、見えない壁に触れるがごとく、光の膜を具現化させている。


「魔法障壁か……! だがッ」


 ぴしり、と障壁にヒビが入る。この魔剣、魔法を喰うぞ!


 エルフの女王の表情が歪む。障壁がもたないのを悟ったのだろう。


「風よ――」


 魔法の壁の向こうで、女王が詠う。すると室内に緑色の光が風となってアトーを襲った。


「ぐぬっ……!」 


 服の袖が裂け、手足に小さな傷が走る。ミスリルの軽鎧が魔法を防いでいるが、なければ果たしてどうなっていたことか。


 そうとも、対策はしてきた!


「魔法しか能がないか、女王!」


 唸れラウグ。その守りを喰い破れ! ――魔剣から闇が溢れる。それは女王を守る障壁を両断した。


「覚悟っ!」


 アトーが踏み込んだその時、すっと首が絞まった。


 何が起きたのかとっさにわからなかった。そして後ろから力強く引っ張られる。


「……!?」


 引っ張られる方向へと目を向ければ、そこにはエルフではない人間の魔術師が立っていた。


 黒髪の若い男――先ほど精霊宮の表で見かけたような。浮遊の魔法で追ってきたのか?


 彼の他に、黒い兜を被った兵たちが、ダークエルフの特殊兵たちを倒していて、残るは自分ひとりだとアトーは察した。


「ジン殿!」


 女王の声。ジンと呼ばれた男は答える。


「ご無事で? 女王陛下」


 睨みつけてくる魔術師を見やり、アトーは察した。この男があの得体の知れない化け物どもを操るエルフの助っ人であると。


「一応聞いておく。降伏するつもりはあるか?」


 ジンは問うた。降伏――ここまできて、それはない。アトーは笑い出したいが、首への圧迫感から声を何とか絞り出す。


「いいや……」

「そうか――」


 魔術師が静かに息を吐く。次の瞬間、アトーはさらに首が絞まり、そのまま見えない力によって首の骨をへし折られた。


 粛清軍を率いた指揮官ダークエルフは死亡した。

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