第451話、飛来する脅威


 粛清軍の指揮官であるアトーは報告を受けていた。


 城下町はほぼ制圧した。だが街の端で奮戦している部隊がひとつと、単独行動のエルフ戦士がいまだ抵抗を続けているという。


 なお、抵抗している部隊は、エルフではないと言う。


「何者だ?」

「わかりません。見たこともない装備を使う黒い兵と騎士型ゴーレム、それと魔術師です。敵の攻撃凄まじく、接近することもままなりません」

「倒せないのか?」

「数を投入すれば、あるいは」


 報告する百人長は言葉を選んだ。


「ただ、そのために主力部隊の半数以上の損失を覚悟する必要があるかと」

「その損害は許容できないな」


 若々しく端整だと言われる顔立ちを、アトーはわずかに歪めた。


「エルフでないのだろう? では、それは牽制程度に留めて、本来の目的であるヴィルヤ制圧を優先させよう」


 そう、優先順位の問題だ。エルフを抹殺しにきたのに、エルフでない者にこだわって目的を逸してはならない。


 アトーが副官に視線を向ける。


「クルータンからの報告は?」

「まだですが、観測兵の報告で、第一遊撃隊ならびに第二遊撃隊は合流。もう間もなく空中都市へ達するとのことです」

「ふむ。では我々も世界樹を登って、エルフの女王を挟み撃ちと行こうではないか」


 アトーは部隊の集結を命じると、本隊を率いて世界樹へと行軍を開始した。



  ・  ・  ・



 グリフォンに騎乗したダークエルフ遊撃隊が世界樹を目指す。


 その数100。エルフとの交戦で少々数は減らしたものの、一頭につき、ライダーのほか、歩兵2名を運んでいるので200名の兵を空中都市へ降下させることが可能だ。


 地上から進んでくる主力部隊と合わせれば、ヴィルヤに残っているエルフどもを殲滅するのは容易かろう、と、クルータンは思っている。


 馬鹿でかい木だ――世界樹を見やり、クルータンは思わずにはいられない。周囲の古代樹でさえ百メートルクラスなのに、それの優に三倍以上はある。無数の枝葉に囲まれた空中都市があるというのも、わからなくはない。


「侵入口は南側!」


 クルータンはグリフォンの背から、後続する味方に腕を振って合図した。


「続け!」


 グリフォンの編隊、その第一陣であるクルータンの遊撃隊は、さながら蛇の身体のように、その隊形を細くしながら、ドーム上の枝葉、その一角である大穴へ飛び込んでいった。


 視界が暗くなるが、昼間だけあって、飛べないほど暗くはない。葉の隙間から差し込む光と魔石の光が合わさって暗さについては問題なかった。


「ふは! 敵は城下町にばかり気がいっていて、こちらから乗り込んでくるとは思うまい!」


 クルータンは、女王のいる城――光の精霊宮へ一気に乗り込まんとした。


 だがその時、精霊宮から無数の電撃弾が放たれ、グリフォンライダーたちをかすめた。


「うおっ!?」


 思いがけない反撃。避けそこなった後続のグリフォンが被弾し、運んできた歩兵もろとも墜落していく。


「くそっ。馬鹿野郎が!」


 予想外の対空射撃。電撃魔法の砲台でも仕込んでいたのか――精霊宮に球体状の何かがくっついていて、それが電撃弾を放っているようだった。迂闊に飛び込むのは危険だ。


「仕方ねえ、手薄な場所に降下だ!」


 もとよりエルフの弓による射撃を警戒はしていたから、対空に関しての判断は素早かった。


 ついてこい、と部下たちを先導し、クルータンを乗せたグリフォンは、精霊宮より比較的近い空き地へふわりと下りる。


「おらぁ、行けェ!」


 続くグリフォンが運んできたダークエルフ兵が一頭につき二名、プラットフォームじみた地面の上に着地する。


 グリフォンが地面近くに下りている間は、時間にすればわずか数秒だった。だがそのわずかな間で兵を降下、軽くなった魔獣はそのまま再び浮き上がる。


 さながら空母の飛行甲板に下りた直後にエンジンを噴かして飛び上がる、タッチ&ゴーに似ているが、もちろん、この世界の人間にそれを知る者はいない。


 ヴィルヤに残っていたエルフの守備兵が遅まきながら、弓を使って侵入者への迎撃を行う。


 だがグリフォンライダーの手によって素早く、次々に降下を終えたダークエルフ兵およそ100名はすぐさま展開して戦闘に突入した。


「よしお前ら、外の第二隊と交代だ!」


 クルータンは、攻撃魔法を使える一部のグリフォンライダーを地上援護に残し、残りを一度、世界樹の外へと離脱させる。枝葉のドームの中は、百近い数のグリフォンが飛ぶには少々狭いためだ。 


 入れ替わりのために第一遊撃隊のグリフォンが飛び出していく。だがそこで彼らは信じられないものを見ることになる。


 空に無数に開く鮮やかな花、そして墜落していく第二遊撃隊のグリフォンの姿を。



  ・  ・  ・



 大ポータルを飛び出した俺たちトルネード航空団の戦闘機隊は、全速力で世界樹へと飛んでいた。


 航続距離とか燃料のことは気にしない。戦闘態勢のまま、平均七、八十メートルほどの高さの古代樹の上を飛び抜ける。大気を切り裂く航空機が風を巻き、古代樹の葉を散らせた。


 視界の中に古代樹の三、四倍はありそうな巨大な大樹が映っている。世界樹と呼ばれるだけあって、そのスケールは森の木々を圧倒している。


 そしてその青々とした葉が生い茂る上方に、小さなゴマ粒のような点が数十……。ダークエルフのグリフォンだろう。コピーコアナビが魔力放射で、黒点を識別。コクピットパネルに結果を表示した。


 奴ら、世界樹の上から乗り込むつもりのようだ。……残念ながら、こっちから丸見えだ。


「トロヴァオンリーダーより各機。まずはグリフォンを蹴散らす。AAM、用意」


 AAM――空対空ミサイルの略号である。エア・トゥ・エア・ミサイル。


 これが航空機などから放つ対地ミサイルだったりするとAGMとなる。ちなみに地上の車両からのミサイルだったりするとGGMとかGAMだったははずだ。……昔遊んだゲーム知識。


「トロヴァオン、ドラケンは各2発。ファルケは1発だ」


 今回、各戦闘機が搭載する空対空ミサイルは対グリフォン想定のタイプⅡ型。飛竜用のタイプⅠより威力は落ちる。というかワイバーンより柔らかいグリフォンに、飛竜用ではオーバーキルでもったいない。


 ナビの照準用魔力レーダーがグリフォンをロックオン。他の機体のそれと被らないように戦術リンク。それぞれが別個のターゲットに狙いを定める。


 まずは先制。対空誘導弾、発射――


「トロヴァオン1、ミサイル発射!」


 AAMタイプⅡが煙を引きながら主翼から分離する。


 蒼空に航跡を刻み、飛んでいく対空誘導弾。ロケット推進のミサイルは、戦闘機よりはるかに小型軽量だけあってあっという間に音速を超え、こちらに尻を向けているグリフォン集団に殺到した。


 何かが飛来することに気づいた個体もいた。だが音速を超えたミサイルは、音の到来より速く集団に突っ込み、空の魔獣を血と肉片に変えた。

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