第437話、道中の話


 ウィリディス屋敷に繋がる地下格納庫。


 俺は愛機のトロヴァオン1号機に向かう。シェイプシフター整備員が俺に一枚のメモを差し出した。


『ご指示のとおり、複座仕様にしてあります。主翼下に増槽を二基搭載して、航続距離を伸ばしてあります』

「ありがとう」


 装備内容を確認してメモを返した後、俺は振り返った。


「じゃ、ヴィスタ。行こうか?」

「話は聞いたが……」


 エルフの魔法弓使いヴィスタは、地下格納庫に圧倒され、そしてトロヴァオン戦闘機を見た。


「これが空を飛ぶ乗り物なのか?」

「おめでとう。俺たちを除けば、実際に飛行を体験できるのは君が初めてだ」


 以前、ジャルジー公爵をコクピットに乗せたことがあるが、飛んだわけではないからな。コクピットにかかる梯子を手早く登ると、初めてであるヴィスタが後ろの席に乗れるように手助けする。


 シートに座るのを確認すると、俺も前の席につき、機体のコピーコアナビにエンジン始動を命じた。


 アーリィーとベルさん、そしてアリンが見送りに来ていた。もっとも、アリンは見慣れない光景にビックリしてキョロキョロしていたが。


 俺はアーリィーたちに小さく手を振る。コクピットのキャノピーが下り、外の音が小さくなったとき、ヴィスタが口を開いた。


「なあ、ジン、本当に私でいいのか?」

「ああ、エルフの里までは俺もうろ覚えだからな。ナビゲートしてくれると助かる」


 何せコピーコアは、エルフの里の場所を知らないからな。ナビがナビゲートできない以上、一回しか行ったことがない俺やベルさんでは少しばかり不安なわけだ。


「それなら、アリンでも良かったのではないか? そもそも案内人は彼女だ」

「空を飛ぶ貴重な機会を逃すのか?」


 ふわりと、浮遊が働き格納庫内で浮かぶトロヴァオン。シェイプシフター整備員が誘導員を務め、格納庫の外へのルートを指し示す。


「まあ、理由を言うとだ。アリンにはここの場所を教えるつもりはないんでね。空に上がった後、エルフの里までの飛行ルートから場所を探り出されるのも面白くないわけだ」


 ジン・アミウールがポータルを使うことは、エルフの里のエルフは知っている。だからポータル経由で、ウィリディスまで導いた。だが、ここで見たものについては口止めが必要だろう。


「後ろの計器は気にするな。装置にも触れるなよ」

「あ、ああ」


 ヴィスタの了承が聞こえた。トロヴァオンは地下格納庫を出て、日差し降り注ぐ外に出た。緩やかに浮遊によって高度を上げ、スロットルを開く。エンジンが唸り、トロヴァオンは空へと飛び上がった。



  ・  ・  ・



 エルフの里は、ヴェリラルド王国の国外である。場所はうろ覚えだし、正直言うと真っ直ぐ行き着ける自信はない。


 何せ、俺はこの世界の世界地図というものを持っていなかったし、以前見かけたものは大雑把過ぎて縮尺も違えば、実際に行って間違いだったなんてこともあったからだ。


 なので、俺がヴェリラルド王国に来るまでの道中を思い出しつつ、空から目印になるようなランドマークを探し、それを記憶と照らし合わせながらエルフの里へと向かう。


 後座のヴィスタも、空からの景色は初めてだから、俺と同じくランドマーク頼りだが、うろ覚えの俺よりはおそらく正確だろうと思う。


 とはいえ、数時間も飛んでいれば退屈さが押し寄せてきて、探しものをしつつも口がよく動くのである。


「――父と母、それに弟だな。実家は自営業だったんだが、俺が家を継がなかったから、喧嘩別れさ」


 俺は操縦桿を握ったまま言った。ヴィスタが笑う。


「しかし意外だな。ジンが魔術師だから、そういう家系だと思ったんだが……」

「とんでもない! 魔法とは無縁の生活だったよ」


 苦笑しかない。喧嘩別れしたが、結局家は弟が継いだ。あいつには悪いことしたな。まあ、もう会うこともないのだが。


「ヴィスタは? 家族は」

「私には両親と弟がいる。もうひとり兄がいたんだが……。ジン、あなたがオークから里を守った戦いで命を落とした」

「……そうか」


 あの時、エルフの里に立ち寄ったのは、迷子のエルフの子供を保護したので近くの里へ送り届けたのがきっかけだった。


 はじめはエルフの子供を誘拐したと誤解されて、矢を射掛けられた。その時ちょうど出くわしたエルフ貴族の横柄さと人の話を聞かなさ、そして差別意識むき出し感情が、俺のエルフに対する心象を複雑なものとした。


 こんなところ、さっさとおさらばしてやると思っていたら、運悪くオークの大侵攻に遭遇する羽目となり、エルフ側の助っ人として参戦した。


 ……保護した子供が必死に俺たちの無罪を訴えてくれたからね。恩に恩で返してくれた子供のためにも、その故郷が蹂躙されるのは見過ごせなかった。


 恐るべき数のオークの大侵攻。そのオークを操っていたのが大悪魔のひとりだった。エルフの里を守る結界を悪魔が破ったことで、里にもエルフにも少なくない傷跡を残した。


 俺はベルさんや当時の仲間たちと共にオーク撃退に貢献。悪魔討伐に現れた天使ヒルドを助け、彼女から聖剣を託されることとなる。……遺品なんだけどね。


 その働きから、俺たちはエルフの里の女王カレンと交流を持ち、精霊の秘薬と言われるエルフの治療薬をタダでいただけるという栄誉を賜った。


「あの時のジンは凄まじかった。オークどもを圧倒的な水魔法で押し流した」


 ヴィスタは懐かしむような調子で言った。


「そんなこともあったな」

「わたしの魔法弓ギル・クは、その時、兄が貴方から受け取ったものだ。兄はギル・クを使い、仲間たちが無事逃げ出せるまで最後まで戦った」


 それで、お兄さんは死んだ、か。……俺が渡したと言ったが、そうか、あの時俺はヴィスタのお兄さんに会っていたんだな。かつて自分が作った魔法弓を見たとき、それに気づくべきだった。


「……すまなかった」

「ん、なんだ? ジン」

「俺が君のお兄さんにギル・クを渡さなければ、お兄さんは死ぬこともなかったかもしれない」


 矢がなくても魔力で魔法の弾を撃ち出す、それが魔法弓だ。おそらく矢が尽きていれば、ヴィスタの兄も最後まで踏み止まることはなかっただろう。魔力が豊富なエルフだからこそ、引き際を見誤らせた。


「それは違うぞ、ジン。あの時、兄が最後まで戦わなければ、私と弟は逃げ切れなかった。兄の死は辛いが、それがなければ今の私や弟はない。だから、謝らないでくれ」


 ああ。俺は頷いたが、暗鬱たる気分は晴れない。


「そうだ。里に行くなら、私の村にも来てくれないか? 弟はジンに会ってお礼がしたいって言っていたし、魔法使いを目指しているから何か助言をしてくれると嬉しい」

「それくらいならお安い御用だ」


 俺は少し気分が軽くなった。ヴィスタが本気で言っているのか、あるいは気を使ってくれているのかわからないが。


「それに母の作るアップルタルトは格別なんだ。ぜひ食べていってほしい」

「タルトか……そういえば俺のおふくろも作ってたな。それは作るところから見たいな」

「ジンの母君も?」

「お菓子作りはそこで覚えた」


 俺が菓子を作るのが意外だったのだろう、ヴィスタが声を弾ませた。


「ジンはお菓子も作るのか! それはぜひご馳走になりたいものだ」

「ああ、機会があれば作ろう」


 トロヴァオンは飛行する。そろそろ行程の四分の三程度は進んだと思うのだが……。


 ふと、眼下の森の間を走る街道を進む集団があるのに気づく。――なんだ? 俺は違和感をおぼえた。

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