第436話、里からの使者


 冒険者ギルド内の談話室。エルフの里からの使者と会うことになった。


 何故か、エルフの魔法弓使いであるヴィスタも一緒だった。俺に非常に好意的な彼女がエルフの使者と並んでいるのを見た時、とても嫌な予感がした。


 談話室が三人になった時、案の定と言うべきか、使者――アリンと名乗るエルフは、恭しく一礼した。


「ジン・トキトモ様、いえ、ジン・アミウール様。エルフの里のカレン様より、貴方様をお迎えするように仰せつかっております。我が里へご足労願えませんでしょうか?」


 見た目は若いエルフである。種族特有の細身で美形。ただ顔立ちは少々幼く見え、パッチリした青い目に、温和そうだ。


 短めの金髪はボーイッシュである。エルフ特有の緑のマント、その下に着込んでいる服も緑。控えめな胸、ズボンの丈は短く、その細く白いふとももが露わである。活動的な感じで大変よろしい!


「まずは話を聞こうか」


 俺は席に付く。とりあえず理由も聞かずに足を伸ばす気はない。


 カレン様というのはエルフの里を治める女王の名前で、英雄時代に短いながら交流があった。


 具体的には里の危機を救ったりな。精霊の秘薬ことエルフの治癒薬を特別にわけてもらえる程度にはお世話した。


 大変美しいエルフだった。


「女王陛下が俺をご指名とはね。……なんでバレたんだ? 君が教えたのか?」


 俺は視線を、同席しているヴィスタに向けた。俺がジン・アミウールだと知っているエルフの冒険者は、首を振る。


「いや、私をアリンが訪ねてきた時には、もう貴方のことはバレていたようだぞ。何せ、最初から『ジン・トキトモ』を探している、と聞いてきたのだから」

「……そうなのか?」


 アリンを見やる。


「はい。女王陛下より、ジン様の今のお姿のことは伺っておりましたから」

「聖剣のことでバレたかな……」


 武術大会決勝の場で、悪魔を吹き飛ばすために俺が所有する聖剣ヒルドを使った。英雄ジン・アミウールが所有していたその剣をジン・トキトモが引き継いだ、ということになっているのだが……。


「はい……?」


 アリンが怪訝な表情をしたので、俺はそれ以上は言わなかった。もうバレているなら、いまさらどうこう言っても仕方ない。


「それで、カレン女王陛下はお元気かな?」

「はぁ、今のところは。ただ先読みの力で、里に危機が迫っていると申されまして……」

「なるほど。それで俺を呼んだわけだな」


 エルフの里の女王カレンは、時々未来を見るのだと言う。好きな時に自由に見られるわけではないが、その未来が現実になるというから恐ろしい。


「はい。里の崩壊と、里のエルフが全滅する未来です」

「なに……?」


 俺は目を見開き、同席していたヴィスタもガタンと思わず席を立った。


「アリン、それは本当なのか!?」

「ええ、そうなのです、ヴィスタ。私たちエルフの里は滅びると……」


 思いのほか深刻だった。


「何故、里は滅びるんだ?」


 まさか大帝国じゃないよな……? 竜の襲来、俺が先日関わった時のようにオークや悪魔が絡んでいたりとか……。


「わかりません。カレン様も何故、里が滅びるのかわからないと申しております」

「俺が行けば、解決する問題なのか?」

「それはわかりません」


 アリンは眉間にしわを寄せた。


「カレン様の見られたその未来にジン様のお姿はなかったそうですから」

「俺の姿がない? なら何故呼んだ?」

「ですから、貴方様のいない未来だとエルフの里が滅びてしまうのです。だから外部から、介入する者を呼び込んで、その滅びの未来を変えようというのがカレン様の考えです。しかし、滅びの危機ですから、相応の力を持ち、なおかつ信頼のおける方でなければなりません。エルフが外部で信用できる方は――」

「わかった」


 そこで英雄さんのご出陣を願う、というわけだ。まったく、聞きたくなかったが、聞いていなかったらエルフの里が滅びていたかもしれない。予め聞けてよかったのかな、これ。


「里の危機とあれば、見捨てるわけにもいかない。エルフの里に向かおう」

「ありがとうございます、ジン様!」


 アリンが席から腰を浮かせると、深々と頭を下げた。女王陛下のお使いの目的の半分は果たせたわけだ。あとは、俺が里に到着すれば、その使命もおしまいだ。


「それじゃ、一度ウィリディスに帰って準備しよう……」

「ジン、アリン、私も同行していいか?」


 ヴィスタが強い調子で言った。


「里の危機とあれば、我が故郷の危機だろう。ここで冒険者などやっている場合じゃない」

「もちろん。君の故郷だ。誰も君を止めないさ」


 俺が言えば、アリンも「ぜひ!」とヴィスタの手を握った。



  ・  ・  ・



 冒険者ギルドのヴォード氏に、ちょっとエルフの里に行ってくるので、しばらく来れないと伝えたあと、ギルド内のポータルを経由して、ルーガナ領、ウェントゥス、そしてウィリディスへ戻った。


 ヴィスタは一度来ていたが、アリンは初めて俺の屋敷に来たことになる。部外者を屋敷に入れることになるが、そもそもこの屋敷がどこにあるのか教えなければ問題はなかろう。内装を見られた程度で行き方や場所がわからないのでは意味がないからだ。


 ポータルの先はSS兵が見張っていたが、俺の姿を認めると構えを解き、気をつけの姿勢をとった。俺はダンジョンコアのサフィロに呼びかけ、ウィリディスにいる仲間たちに召集をかけさせた。


 ベルさんやアーリィー、他の面々にもエルフの里の危機を伝え、俺が出かけることを承知させる。……まあ、それを聞けば、戦闘員ではないクロハ以外は皆ついてくるだろうけど。


 一階の居間で、俺は皆にアリンを紹介して事情を説明した。案の定――


「放っておけないよね」


 アーリィーがいの一番に俺に賛同した。マルカス、サキリスもまた頷いた。ユナが顎に手を当てながら考える。


「しかし、私たちも行っていいのでしょうか? エルフは他種族には排他的ですし、呼ばれたお師匠はともかく、それ以外の人間が行くのは好まれないのでは?」

「……そこのところ、どうなんだ、アリン?」


 俺が確認すれば、エルフの使者は答えた。


「はい、少数であれば問題ないかと。とくにジン様のお仲間の方々でしたら」


 それは結構。俺が相好を崩せば、黒猫姿のベルさんが寝そべっていたソファーから顔を上げた。


「しかし、ジンよ。エルフの里へのポータルはもう消しちまったよな? どうやって行くんだ?」


 そうだな……。英雄の名を捨てた時、これまで配置していたポータルも利用されないように全部消した。それまで自由に行き来できたエルフの里への道も今はなく、再度ポータルを繋ごうとするなら、現地へ行く必要がある。


「現地近くまでは戦闘機で飛んで距離を稼いで、ある程度近づいたらポータル使ってデゼルトで地上から行く。……それでどうだ?」

「いいんじゃないか」


 ベルさんはうんと首肯した。そうと決まれば――俺は一同を見回した。


「じゃ、そんなわけで俺は一足先にトロヴァオンで行く。残りの皆は準備だけしたら、その時が来るまでのんびり過ごしててくれ」

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