第435話、第二の屋敷


 北方の対飛竜戦線は落ち着きを見せていた。


 最大の懸念であったフォルミードーを討って以降は、他の飛竜が飛来する件も激減。レイド基地から迎撃の戦闘機が飛び立つことも少なくなった。


 スカウト・ホークによる哨戒活動は継続されたが、航空戦力についてはシェイプシフター戦闘機であるファルケを一個飛行隊配備したことで、トロヴァオン、ドラケンの両隊はウィリディスへと帰還した。


 ポータルは繋いだままだが、ベース・レイドはコピーコアとシェイプシフターによって運営されることとなる。


 俺はウィリディスでの生活や、魔法騎士学校、そして冒険者ギルドを行き来する日々に戻った。


 さて、そのウィリディス屋敷だが、地下格納庫を拡張するなどで後回しになっていた居住区や施設の仕上げを終え、完成となった。


 さらに上の丘に別宅を建てる。というのも、日の当たる場所に普通に屋敷があったほうがいいのでは、と家人や王族の方々から貴重なご意見をいただいたのだ。どうやら、壁面を掘り進めた家が秘密基地っぽくていいと思っていたのは、俺だけだったようだ。


 トドメとなったのは、クロハのこの言葉だった。


「あの、旦那さまの魔力乾燥機も素晴らしいと思うのですが、お天道様の下で洗濯物を干したいと言いますか……」


 やはり人は地下にこもらず、太陽の下で生活しろというわけだな!


 そんなわけで、ウィリディス屋敷の上、小高い丘の上にも建物を建てることになった。


 白亜の豪邸。一部、城を思わす石レンガの外壁がアクセントとなりのっぺりした印象を緩和している。


 というのも建物の形はブロック状の四角い部屋を並べたり重ねたりしたシンプルなもので、屋根は三角屋根としているが、少々飾り立てないと味気ないのだ。


 しかし、日の当たる部屋は壁一面の大きな窓を置くことで、このウィリディスの自然を一望できる景色を獲得している。

 日当たり良好、外からでも部屋の家具の配置や住人が見えるくらいだが、周囲に他に建物がないので大した問題はない。プライベートが気になるなら、遮蔽カーテンを窓に展開すれば外からの覗きにも対処できる。


 そんなオープンなお屋敷の中は、非常にまったりできる空間。室内はもちろん、部屋の外には広々ベランダがあって、デッキチェアなどを置いても、まだ余裕がある作りになっている。


 食堂もまた大きく開いた扉が三つあり、バルコニーに出ることも、そこで食事をすることもできるようになっている。ちょっとしたレストラン。バーカウンターも別に作った。


 庭にはプール、中にも大きな浴室と、実にリッチな作りと設備が備わっている。魔石照明も非常に明るく、魔力で動く家具や道具も揃っている。


 夢の大豪邸その2。超絶セレブ仕様となったのは、ちょくちょくやってくる王族の方々が滞在できるように配慮した結果だったりする。


 俺やアーリィー、ベルさんの部屋をそれぞれ豪邸にも作ったのだが、同時にフィレイユ姫殿下のお部屋や、エマン王、そして休日に城ではなくこちらでのんびりしたいジャルジー公爵の部屋も置いてあったりする。


 自分の城を持っている王様や公爵にとっては別荘みたいなものだろう。ただし極上の。魔力家電に満たされたウィリディスの屋敷は快適そのもので、事実フィレイユ姫はこちらに引っ越している。


 それにより、人とその構成に変化が出ている。第二の屋敷ができたことで、SSメイドが増員された。また、仮にも王族が利用するということで、その身辺の世話をする執事や侍女、近衛兵が入るようになった。


 もっともそれら外部の人間は主に、第二の屋敷をメインとして、それ以外の屋敷や地下格納庫などの施設には立ち入りが制限され、サフィロやシェイプシフター兵たちによって厳重に監視されていた。


 それに、このウィリディスで世話をする人間は、王族側でも厳重に人選を重ねていて、家族や身内がいない者や、一生外部に戻らなくても平気であると誓える人間のみと徹底されていた。


 エマン王やジャルジーがそれを徹底させたのも、俺、かつての英雄魔術師ジン・アミウールという存在を重要視していて、またその機嫌を損ねないように配慮しているのだろうと思っている。


 戦闘機とか魔力発明品はもちろん、秘匿ひとくすべきことと認識しているが、普通にウィリディスでの生活を知ってしまったら、もう手放したくないのだろう。


 アーリィーと正式に婚約した手前、いちおう家族的な関係になっている、というのは彼らやお姫様たちにとって大変好都合だろうが。


 ちなみに、最初に作った第一屋敷と丘の上の第二屋敷の間は、地下の通路を通して繋がっている。第一屋敷の居住区、地下秘密工房などから伸びる通路は大ホールとそれを見下ろすことができる展望席と使用人たちの居住区を経由し、第二屋敷へと向かうことができる。逆もまた然り。


 そんな下手な城より巨大建造物となったウィリディス屋敷が完成した頃、ヴェリラルド王国は秋を迎えていた。



  ・  ・  ・



 その日、俺は王都冒険者ギルドの執務室でヴォード氏と会談をしていた。


 議題は、依頼遂行中の冒険者の遭難や事故に対する早期救出案について。だがこの議題について、俺はそもそも疑問に思っていた。


「冒険者の依頼遂行中の問題は、基本的に自己責任ですよね?」


 これまでがそうだし、おそらくそれも変わらないだろう。だがギルドマスターであるヴォード氏は、その厳つい顔を横に振った。


「自己責任ではあるが、そうとも言えないこともあるだろう」


 例えば必要な物資の輸送中、自然災害にあって遭難、ないし依頼遂行が不可能になった場合。被害を受けるのは冒険者だけでなく、輸送に携わる人員や、場合によっては輸送先で物資を待つ人間にも影響することもある。


「そうなった場合のフォローだな。ギルドとしても、受けたからには依頼は果たしてもらいたいのは本音だし、ギルドに対する信用にも関わる」

「なるほど」


 しかし、俺は首を傾げるのである。


「でも大抵の場合、そういう救助要請が届いた頃には手遅れになっている場合がほとんどだと思いますが?」

「だろうな」


 ヴォード氏は否定しなかった。


「だが間に合う場合もあるだろう。そういう時に手が打てるようにしたいという話なんだ」


 その手の応援が必要だった時のための手段を、冒険者ギルドとして確保しておきたいということか。理解した。


 俺の頭の中には、TH-1ワスプが浮かんだ。ヘリによる救助は早いだろうなぁ。ただ人目を考えると、言うのはためらうのだが。


 ヴォード氏は言った。


「魔法車などはどうだろうか? デゼルトのような、魔物が出没する場所へ乗り込んで、救助対象者を保護しつつ突っ走れるような」


 要するに、車が欲しかった、ということかな? 俺は表情には出さず、そう思った。


 その時、トントンと執務室の扉がノックされた。おう、とヴォード氏が反射的に返事すれば、副ギルド長のラスィアさんが入ってきた。


「失礼します。ジンさん、あなたにお客さんが来ています」

「俺に?」


 予想外で驚く俺に、ヴォード氏は眉をひそめた。


「いま会議中なんだが?」

「急ぎの用件のようですよ」


 ラスィアさんは事務的に告げた。


「エルフの里からの使者だそうです」

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