第434話、歴史のひとコマ


 ジンは手柄などどうでもいいと言い放った。


 それを受けたジャルジーは衝撃を受けた。伝説の飛竜を退治する偉業を成し遂げ、歴史に名を残すほどの活躍をしたのに、それを拒むと言う。


 ジン・トキトモ、いや、ジン・アミウール。


 かつて連合国で最強の魔術師として活躍した英雄。名を変え、この国に来た後も、古代竜討伐や武術大会の優勝、王都での悪魔騒動で一躍脚光を浴びた男。フォルミードーの討伐は、それらに匹敵、いやそれ以上の武勲にもかかわらず、見向きもしない。


 そんなことがあるのか!? 名誉の機会をむざむざ捨てるなんて! わからない。どうしたらそんな風に生きられる?


 畜生め。……かっこ良過ぎるじゃないか!


 ジャルジーは羨んだ。名誉を得ること、それはジャルジーにとって人生の目的のひとつだ。


 王になる。貴族であるからには、武勲や名誉は喉から手が出るほど欲しかった。親の七光り、身分の上に胡坐あぐらをかいているヤツにはなりたくなかった。


 今でこそ忘れているが、かつてジャルジーがアーリィーを嫌っていた理由がそれだった。王子と言われても、強くもなく、いつも引きこもっている弱いやつ。……もっともアーリィーが真に男として生まれていたら、元来の真面目な性格ゆえ、そこまでジャルジーが嫌うような人間には映らなかっただろうが。


 女に生まれたのを隠さなくてはいけなかったアーリィーの事情を考えれば、責めるのは正直無理があるのだが、知らない故に仕方のないことだった。


 お飾りの貴族ではいたくない。そのために努力をしてきたジャルジーは武勲に飢えていたし、名誉を蹴るなんて正気の沙汰ではないと思っている。


 だが目の前にいる英雄魔術師は――名誉に価値を見い出していないようだった。


 もうすでに英雄だから、これ以上は名誉はいらないということなのかもしれない。だがそれはそれで贅沢だと、ジャルジーは思う。彼の挙げた武勲のひとつでも自分にあれば、と嫉ましくなる。


 オレとは真逆なのだ。だからこそ、羨ましくなる。人は自分に持っていないモノを持っている人間が眩しく見えるものだから。


 オレにはできない生き方だ――だからこそ、ジャルジーはジンを『兄貴』と呼ぶのだ。


 ジャルジーが求めて届かない、英雄である彼を。尊敬と羨望をいだいて。



  ・  ・  ・



 ズィーゲン平原で、フォルミードーと思われる超巨大飛竜の死骸が発見された。


 フォルミードーは倒したのではなく、勝手に落ちた――世間にはそう発表されることになった。


 その証拠としてフォルミードーの頭が、クロディス城城下町に運び込まれる。


 俺の要請を、ジャルジーは受け入れた格好だ。


 戦闘機の存在を可能な限り秘匿する。当然ながらジャルジーはその理由を聞いてきたので説明すると、他国や大帝国に存在を知られて注目されたくないことに尽きる。


「飛竜と対等に戦える空飛ぶ武器があると知ったら、他の国はどうすると思う?」


 その兵器を欲しがる。手に入れようと交渉したり、あるいは盗もうとするかもしれない。特に大帝国には知られるわけにはいかない。それ目当てに対連合国戦の部隊を引き抜いてまで、こちらに派遣することもありえた。


 対大帝国用に用意した兵器がきっかけで、その大帝国の攻勢を呼ぶなんて冗談じゃない。


「敵に対策されるのも面白くない」


 そう遠くない未来に、ヴェリラルド王国へ侵攻してくるだろう大帝国。邪魔をする敵は排除せねばならない。


 が、英雄になるつもりはなく、目立つのも御免である。影の戦力として行動し、歴史の表舞台に名を残さないようにやるつもりだ。


 そのためには、知っているのはごく一部の人間だけでよい。


 フォルミードーを倒した名誉を放棄すると言った俺の言葉に、ジャルジーは相当驚いていた。どうしても俺を英雄として祭り上げたいのか。俺があまりに乗り気がないので、公爵はため息と共に諦めたようだった。


 だが約束として、ベース・レイドにジャルジーを招待し、戦闘機群を披露することになった。


 ポータルを経由して、ズィーゲン平原の拠点に到達したジャルジーだったが。


「この短期間でこのような拠点を作ったとは……!」


 戦闘機一個飛行隊が駐留する広さである。整地して、壁を構築。その他建物をが揃っているベース・レイド。下手な砦より広いので、ジャルジーが驚くのも無理はなかった。


 さて、戦闘機を見せる。


 小型無人機のファルケ。これは魔法使いの使い魔のように動くものだと説明した。……ドラケンやトロヴァオンも使い魔扱いできれば楽なのだが、コクピットがあって、人が乗れる座席を見れば、動かせるだろうことは素人でも予想できるので嘘はつかなかった。


 この世界の人間からしたら奇異に映るだろう空飛ぶ金属の塊を見て、邪な感情を抱かないか警戒する俺だったが、ジャルジーは新しい玩具を見つけたように無邪気な反応を見せた。


「これがフォルミードーを倒した乗り物か!」


 搭載したプラズマ砲や、空対空ミサイルなどを見せると、「おおっ!」と素直な反応を返された。


「兄貴、これを量産できないだろうか?」


 戦闘機の量産――当然の問いだったので、俺は予め用意していた答えを発した。


「できるが、恐ろしく金がかかるよ」


 金はいくらかかってもいい、なんて言ったら、たぶん数揃える前に破産するよ、と付け加えておいた。


 実際はプチ世界樹の魔力を使って作っているのだが、それは黙っておく。繰り返すが嘘はついていない。言わなかっただけだ。


 まあ、通常の方法で手に入れようとしたら大変なのは事実なので、俺はさほど演技を必要とせずジャルジーに説明することができた。


「うーん、難しいか……」 


 本気で悩んでいる素振りを見せるジャルジー。この分だと信じてもらえたようだ。


 どんな優秀な兵器でも数が作れない――それについては、剣や槍、鎧といった武具でもよくある話なので、さほど違和感がないのかもしれない。


 その後、ジャルジーは実際に俺が操縦したトロヴァオンのコクピットに乗った。実際に飛ばしはしなかったが、あれこれ説明してやった。


 写真で撮れるか聞いたので、カメラで撮影した。……それを見てたら、何だか戦闘機ファンの青年のように見えてきた。


 ともあれ、ジャルジーは権力を行使して、俺に強制したり拠点や戦闘機を取り上げようとしたりはしなかった。……仮にやったら、もう一度脳に電流を流してやるところだったが。


 今後も北方の飛竜対策でベース・レイドは活動する。飛竜の襲来に対する備えができて、ジャルジーとしても損はしない話だ。


 なお、撃墜したワイバーンやフォルミードーの死骸は、俺たちが報酬代わりに回収。一時期、王都でもワイバーン素材が多く流通することにもなった。


 またフォルミードー討伐や飛竜の集団撃退の功を公の場で発表するのはしなかったものの、ジャルジー曰く、それではあまりに味気ないということで、俺のウィリディス屋敷にて王族を招いてのささやかな祝勝会が開かれた。


 ジャルジーは写真や俺の話でしか一部始終を知らないが、いかに俺たちの活躍が凄いことか、招待されたエマン王をはじめ、フィレイユ姫らに語った。


 とても楽しそうだった。



  ・  ・  ・



 後年、とある資料が発掘された。


 伝説の超巨大飛竜、フォルミードーと呼ばれる魔物を討伐したヴェリラルド王国初の飛行航空団、通称トルネード航空団の記録である。


 その存在は公の資料にほとんどなく、実体の見えない存在として語られてきたが、ここにきて、王族所有の遺産の一部として魔法保存された写真が発見された。


 トルネード航空団は、王家直轄の近衛隊とする説が有力だ。


 が、今回の発見で興味深かったのが、フォルミードー討伐を率いていたのは、かの勇猛王ジャルジー・ヴェリラルドその人だったというものだった。


 発見された資料によれば、フォルミードーを攻撃する戦闘機の写真の他に、その戦闘機のコクピットから、にこやかに撮影者にポーズをとるジャルジー王の姿がおさめられていた。


 その発見から数年後、当時公爵だったジャルジーを主役としたフォルミードー討伐を題材にした映画が上映され、大ヒットすることになる。


 歴代ヴェリラルド王の好感度ランキングで、建国王を抜いてしばらくのあいだ一位になったことを追記しておく。


 なお、ジャルジー王自らフォルミードー討伐に当たったという話について、懐疑的な意見も存在する。


 その証拠は、彼が戦闘機に乗っている写真の服装がパイロットスーツではなかった、というものだが、古い写真ゆえ断定が難しく結局のところ少数派意見に留まっている。


 新たな資料の発見が待たれるところである。

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